22話「エンジェルズラブ」






   22話「エンジェルズラブ」





 先ほど飲んだシャンパンよりも、樹とのキスは菊那を酔わせる。

 短い彼のキスのはずなのに、菊那の頭はポーッとしてしまうのだ。

 樹の唇が柔らかく、熱い事も。離れてしまう時に、唇がくっついているのを恍惚したまま感じてしまう。


 樹はキスをした後に、菊那の頬に触れた。そして、もう1度同じように彼が身を寄せてきたので、菊那は思わず手を出して、それを止めてしまった。



 「…………どうしました?」

 「どうしたもなにも………ど、どうして、キスを………」

 「それは、あなたが可愛らしいと思ったからですよ」

 「か、かわいい………」

 「えぇ。だから、あなたに触れたいと思った。………菊那さんは違いますか?私に触れたいと思いませんでしたか?」

 「その質問はズルいです………」



 菊那が恥ずかしさから目が潤んできてしまったが、それを誤魔化すべく、彼を睨んだ。けれど、それでも樹は笑みを崩さない。



 「………菊那さんは私を気になってくれていたんですよね?」

 「どうして、わかるんですか?」

 「あんなに熱い視線を向けられては、わかってしまいます。それに、私も同じようにあなたを見ていたのですから」

 「………本当ですか?」

 「えぇ。………もちろん。怖がらないで、不安にならないで………もっと私の近くに来てほしいと思っています」

 「…………それも、本当ですか?」

 「えぇ」



 そう言うと、樹はコツンと菊那の額に自分の額を当てた。鼻と鼻とが、触れるような距離。樹は間近で菊那の瞳を見つめた。



 「……私はあなたを助けたいと思った。それから、あなたの強さを知ったのです。夢を語るあなたはキラキラしていた。それを見ていたいと思ったんですよ」



 樹は、菊那の手を取ると、自分の頬へと近づけた。菊那の手が彼に導かれるままに、彼の少し熱くなった頬に触れられる。



 「………樹さんに、触れてもいいんですか?」

 「もちろんですよ。触れて欲しいと思っています」

 「…………」



 菊那はゆっくりともう片方の手を伸ばし、彼の顔を手で覆った。両手に彼の肌の感触を感じる。

 艶があり、白く綺麗な肌。少しだけ熱く、その熱が手に移ってしまうようだった。



 「もう1回、キスをしてもいいですか?」

 「…………それをしたらおしまいじゃないですよね?」

 「今日はもう何もしません。けれど、同じ気持ちを確かめあった男女は、恋人になるものだと私は思っていたのですが………」

 「………信じられない……私が樹さんと恋人になるなんて……」

 「では、それを実感してください。今から……そして、これからも………」

 「………はい………」



 先ほどより少しだけ長いキス。

 彼との2回目のキスは、涙の味がした。

 いつの間にか自分は涙をこぼしていたのだと、菊那はその時にやっと気づいたのだった。



 それから、2人は別々にお風呂に入った後、同じベットで眠った。

 菊那は、とても恥ずかしく緊張してしまっていたけれど、樹が優しく抱きしめてくれた事で、初めは絶対に眠れないと思ったが、彼の鼓動が全身で感じられると心地よさから、すぐにウトウトしてしまった。

 同じバスローブを着て、同じシャンプーの香りがして、そして同じベットで眠る。

 好きになった人と「同じ」がどうしてこんなにも嬉しいのか。

 菊那は、そんな気持ちを久しぶりに感じる事が出来たのだった。






 

 次の日に2人は飛行機に乗って住み慣れた土地へと戻った。飛行機に乗っている間に、樹が菊那と手を繋いでくれたり、「いつでも屋敷に遊びに来てくださいね」と終わりではないことを伝えてくれたりと、本当に恋人になれたのだと、実感出来た。



 それからも言うもの、菊那は樹の屋敷にお邪魔する事が多くなった。庭でお茶をのんで話しをしたり、菊那が家で作った料理を屋敷で食べたり、もちろんデートにも行くようになった。

 菊那は仕事以外ではあまり外出をしないタイプだったので、生活がガラリと変わった。それでも、樹に会うのが楽しみで仕方がなく、日々が充実しているな。と、感じていた。



 「いつも料理を持ってきてくださって……本当にすみません」

 「いいんです。私が樹さんと食べたいだけなので」

 「ありがとうございます。……料理は全くダメなので、久しぶりに食べた手料理は本当においしくて……楽しみにしてしまってます」

 「そう言われると、頑張ってまた作りたくなりますね」

 「あぁ……お願いしたわけでは……いや、ぜひ食べたいのですけど。今度は外食をしましょう。菊那さんがゆっくり出来る時間も必要です」

 「それも楽しみです。……それにしても意外でした。樹さんが淹れてくれる紅茶はとっても美味しいので、お料理が好きなのかと」




 菊那は、クスクスと笑いながらそう言って樹を見た。菊那の料理を食べながら少し恥ずかしそうに苦笑いしている。

 樹は料理が全く出来なく、ほとんどが外食で家で食べるときもコンビニやお総菜がほとんどだというから驚きだった。菊那は樹が優雅に紅茶を淹れるイメージから、料理上手なのだと勝手に想像してしまっていたので、それを知った時は驚いてしまったものだった。

 そのため、栄養不足も心配なので週に何度かは夕食を届けに来ていたのだ。もちろん、菊那も一緒に食べて、彼との時間を作りたいのが本音でもあった。 

 


 「菊那さん、作って欲しいという訳で言うのではないのですが……この屋敷で作ってくれてもいいんですよ?」

 「え……でも、その………実は私も料理が得意ではないので、手際が悪かったり、失敗してしまうのは見られたくないので……上手くなったらお借りしますね」

 「わかりました。それまでに菊那さんに似合うエプロンを準備しておきましょう」

 「それは楽しみです!」



 菊那は思わず声を上げてそう言うと、「どんなのが似合うと思いますかー?」などと、隣に座る樹を見ながらはしゃいでしまう。

 すると、樹は菊那の方に手を伸ばすと菊那の首の後ろに腕を回し、引き寄せると菊那にキスをした。食事中に、そんな事をされるとは思わずに菊那はすぐに赤くなってしまう。



 「んー………トマトの甘い味がしますね」

 「………樹さん、食事中にこんな事するなんて………」

 「可愛らしくてつい……ダメですか?」

 「………ダメっていいたいけど………ダメじゃないです」

 「それでは、お許しが出たのでもう一度………」



 樹の甘いキスが菊那の食事になってしまうのか。キスをすると、満たされテイクのを感じ、お腹がいっぱいになりそうだな、なんて思ってしまう。


 紳士的な彼だったが、付き合いはじめてわかった事がある。それは、とても距離が近いという事だ。菊那に気を許してくれているからなのか、ソファに座る時も迎えよりも隣りを選ぶし、歩くときも手を繋いだり腕をからめて歩くことを求めてくれるのだ。

 甘い雰囲気になる事も多く、突然キスをしたり、頭を撫でてくれたりもする。けれど、キス以上の事は今のところ何もない。付き合い始めたばかりという事もあってから、彼の屋敷に泊まったとしても、菊那を抱きしめて眠るだけだった。



 「次のデートはどこに行きますか?少し遠出して、バラ園に行きますか?」

 「バラ園もいいですね!……ですが、少し温かくなったので海に行きたい」

 「わかりました。では近くの海に行って、水族館にも寄りましょう」

 「やった!楽しみです」



 優しい年上の樹。

 菊那の昔の辛い記憶から開放してくれた恩人でもあり、今は恋人。


 こんなにも素敵な恋人がいると、もう離れたくないと思ってしまう。

 もちろん、自分から離れるつもりもない。いつも一緒に居たいと思っているぐらいなのだから。



 菊那は、いつまでも樹の優しい笑みを傍で見続けていたい。そう強く思った。





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