リンチミンチ
「物陰に隠れろ」とケイ君が言って、僕達は各々物陰に隠れた。何が起きたのか解っていないアランだけが、その場で佇んでいた。アランは「アウチッ、アウチッ、アウチッ」と言っている。アランはその場でへたり込み、ずっと狙撃され続けハチの巣にされた。オーバーキルだ。
「10時の方向に一人居る」とムラサキが言うと、アランは咆哮をあげながら走り去って言った。アランが走って逃げた方向は6時だった。
「10時って何時やねん?」とあっくんが叫ぶ。ムラサキは「東の方向よ」と言うと、あっくんは「東ってどっちやねん」と返した。
アランという盾が消えてから、僕達もBB弾で狙撃され始めた。アランのお陰で、皆がそれぞれ物陰に隠れる時間は稼げたが、敵の猛攻は止まらない。僕は町内掲示板の裏に隠れたが、看板に「パチパチ」とBB弾が当たる音が鳴りやまないし、跳弾が時々足に当たって痛い。
看板から顔や体を少しでも出せば致命傷は避けられない。おまけにサングラスは僕の熱気で曇ってしまい、視界が良好ではない状態だ。
「オカッパ。あんたのピストルを投げてこっちに渡しなさい」
「いやや」
「馬鹿言ってないで。飛び道具はオカッパと大ちゃんしか持ってないのよ。大ちゃんの位置からだと反撃は危険だわ。私の位置からの方が有利なのよ」
あっくんがベティを渡すのを戸惑っているのが見えたので、僕はムラサキが隠れている団地の影へ走る事を決意した。
僕は「あっくんベティを投げて」と言いながら走り、あっくんは「落とすなよっ」と言って、走っている僕に投げた。僕は大量のBB弾を浴びながら、あっくんが投げたベティをキャッチして、ムラサキが隠れる所まで向かった。
「貸して、大ちゃん」
決死の覚悟で到着した僕に、労いの言葉一つなくベティを奪い取り、ムラサキは敵へ目掛けて発砲した。僕も持っていたスリングショットで反撃を開始する。敵がこちら側に気を取られている内に、ケイ君は木刀を片手に特攻した。ヤーさんもアランが投げ捨てたバットを拾ってケイ君に続いた。
僕とムラサキの元にはロケット花火や爆竹も飛んできた。あっくんが「爆竹野郎を何とかするわ」と言って、爆竹を投げている奴が潜伏している建物へ向かった。
僕ははムラサキを連れて敵の裏側へ回る事にした。
駐輪所の隅で隠れながら「あっくんとケイ君とヤーさんは大丈夫かな?」と僕は言った。
「あと、アランもね。兎に角、隠れながら進んで、裏から攻撃しましょう」
「せやな。こっから時計回りに建物を回っていこう」
僕達はゆっくりと行動を開始した。空に浮かんでいた夕日は沈んでいき、辺りは既に暗くなり始めている。そろそろ帰らないと親が心配するだろう。
峰が丘団地の中に在る小さな公園に、ヤーさんとケイ君が居た。6人の敵に囲まれて、木刀もバットも取り上げられた上に、2人ともリンチされてミンチに成りかけている。その6人の中には小林も居て、首からミズゴロウの財布をぶら下げていた。
僕達の負けだ。
このまま2人を見捨ててムラサキと逃げるか、ムラサキだけでも逃がして玉砕覚悟で突っ込むかの2択だ。きっとどちらも間違っている。
「大ちゃん。私に考えがあるの」
「考え?」
「私が合図を送るから、合図を聞いたら小林が首に掛けてるオカッパの財布を取り返して頂戴」
「合図ってなんやねん?」
「いいから、待ってて」
ムラサキはそう言って団地の1つに入って行った。合図ってのが何か解らないままだし、ムラサキの考えってのも解っていない。信用しても良いか迷っていると、ムラサキが入った団地の1つから「ジリジリジリジリ」とけたたましくベルが鳴る。きっと非常ベルを鳴らしたのだろう。そして、それが合図だろうと思い当たり、辺りを気にせず小林目掛けて体当たりをした。僕は小林と共に倒れ込んだ。それを好機としたヤーさんとケイ君は、他の敵に殴りかかる。僕はミズゴロウの財布を掴んで離さなかった。
6対3なので僕達はあっという間に不利になった。ヤーさんは2人から蹴り倒され、けいくんは1人に羽交い絞めにされ、もう1人に殴られている。僕は1人に髪を引っ張られ、小林ともみくちゃに成っている。だけど僕は反撃もせずに、ただミズゴロウの財布を掴んでいた。くんずほぐれつ争ってる内に、小林の首から紐がちぎれてミズゴロウの財布は僕の手に渡った。それを見計らったかのように、いつの間にか現れたムラサキが「逃げるわよ」と叫びながらこちらへ近づき、何処からか持ってきた消火器のレバーを引いた。非常ベルの音を聞きつけたあっくんとアランもやって来た様で、あっくんは敵から奪ったのであろう爆竹を投げつけ、アランは落ちている木刀とバットを回収した。爆竹は爆発しなかったけど、多少の威嚇にはなったと思う。
やがて、辺りはピンク色の粉塵に包まれて、皆が目を覆いながら咳き込む。僕が「ミズゴロウは取り返した」と叫ぶと、ケイ君が「撤退。後に自転車の場所へ集合」と叫び返した。僕達は蜘蛛の子を散らすように戦線を離脱した。
§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§
子供だった僕達にとって、大人に頼るっていう選択肢は存在しなかったんだ。大人に成った今なら、大人に頼るという選択肢しか存在しないけど、それはあくまでも大人的発想に過ぎない。
きっと、僕達は全力で少年の時代を過ごしていたんだ。
そこに大人が関わると碌でもないことになるって、子供ながらに解っていたからね。
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