第五百六十八話 最後のピース


 「つまんない……」

 <どうしたアイナ?>

 「おじいちゃんと遊ばないの?」

 「だって、ラース兄ちゃんもサージュもデダイト兄ちゃんもノーラちゃんもどっか行ってるし、ティリアちゃんもベルナ先生も居ないんだもん……」

 

 ここはアーヴィング家。

 ラースの自宅ではアイナがふくれっ面をして、グランドドラゴンであるボーデンの背中に張り付いていた。

 

 「みんなお仕事で忙しいんだから我儘言わないの。魔物の園に行く? お母さんが連れて行ってあげるけど」

 「むー……」

 「ラースはともかくサージュにべったりだった上、デダイトやノーラも居ないからなあ。たまにはお父さんと遊ばないか?」

 「……遊ぶ。じいじ、ゆっくりしてていいよ」

 <う、うむ>


 渋々とローエンと手を繋いで部屋を出て行くアイナを尻目に、マリアンヌは苦笑しながらボーデンへお茶を差し出していた。


 「すみません、我儘な娘で。あまり構わなくても大丈夫ですから」

 <いや、ワシが好きでやっておることだから構わぬよ。少し可哀想な気もするが>

 「うーん……ラース達が普通の旅なら転移魔法があるし、すぐ帰れるからいいんですけど、生死をかけた戦いに幼子はただの足でまといにしかなりませんから」

 <まあ、そうじゃな……。しかし、息子二人と嫁をよく送り出したものだ>

 

 ボーデンが紅茶の香りに目を細めながら口にすると、マリアンヌもソファに座りながら回答する。


 「……自分たちで決めたこと、だからですかね。私達は昔、あの子達になにもしてやれませんでした。なんとかこの地位を取り戻し、上手くいっていますが、二人ともいなかった可能性もあります。だから、やりたいことはやらせていますわ」

 <なるほどのう。ま、ラース達なら無事に帰ってくるだろう。なんせ、我等ドラゴンが味方についていて、修行もしたのだからな>

 「心強いですわ。ウチの子達だけでなく、みんな無事で帰ってきて欲しいです……」


 マリアンヌは窓の方へ目を向けて不安げな表情をし、神妙な顔でボーデンは紅茶をすするのだった。


 そして、庭に出たローエンは困っていた。


 「……」

 「おいおい、アイナ。アリさんの巣を埋めようとするんじゃない。可哀想だろう」

 「みんな一緒で羨ましいもん」

 「帰ってきたらいっぱい甘えればいいだろ? 兄ちゃんたちは今、俺達の為に戦っているんだ」

 「アイナも戦えるもん……魔物さん達いっぱい連れて……」

 「【召喚】か、でもサージュだけだろ」

 「……」


 アイナは膨れたままローエンの首にぎゅっとしがみ付いて離れなかった。

 逆効果だったかな、とローエンはそのまま少しだけ散歩をし、屋敷へ帰る。


 食事もお風呂も終わり、アイナはラースの部屋でごろごろと転がっていた。

 

 「ラース兄ちゃん帰ってこないかなぁ……ティリアちゃんも。明日はトリム君と遊ぼうかな」

 <アイナや、ここに居るのか?>

 「じいじー」

 <ラースの部屋か、ここは? ふむ……書物に妙な道具……あやつらしいのう>

 「帰ってきたらいっぱい遊んでもらうの! アッシュもなでなでしたい」

 

 アイナはボーデンにそう言いながら、散らかったラースの机を漁る。急ぎで転移魔法陣の作成をしていたため、いつもより散らかっているので、アイナには暇つぶしになっていた。


 「魔法の本!」

 <あまりいじるでないぞ?>

 「んー。これ、なんだろう」

 <む? ……あ、それはまさか……!? アイナ、それは触っちゃいかん>

 「ふえ?」


 振り返った瞬間、アイナの体がスゥっと薄くなる。

 慌てたボーデンがアイナの腕を掴むと同時に、彼もまた、姿を消した――


 ◆ ◇ ◆


 「リューゼ=グート……問題ないな、通って良し」


 夜遅く。

 門番にギルドカードを見せながら俺とファスさんが門を通っていく。

 ラースに言われて、ベリアースへ入国したがさすがに俺も緊張を隠せない。

 

 「サンキューっと。さて、いよいよか……」

 「気負うんじゃないよリューゼ、まずはバチカルやエーイーリー達とコンタクトをとらねえと」

 「とはいえファスさん、ティグレ先生達は後から入って来るから実質三人だぜ?」

 「いいじゃない、いきなり戦う訳じゃないんだし」


 ナルはあっさりそう言い放ち、俺の恋人は割と肝が太いなと肩を竦める。あー、でもマキナもこんな感じだし、ラースも似たような思いをしてんのかな?

 本当ならルシエール達と同じようにエバーライドに残って欲しかったが、ナルはついてくると言って聞かなかったんだよな。


 結局、城への攻略メンツは俺、ナル、ファスさん、ティグレ先生、コールドドラゴンのジレだけ。

 欲を言えばウルカは欲しかったが、向こうが手薄になるのは避けたいしな。


 そんなことを考えながら宿を探していると、広場らしき場所に差し掛かった時に声をかけられた。


 「……遅かったな」

 「いや、ティグレ先生達が早いだけだから……。ジレ、見つからなかったか?」

 <問題ない羽音を消すくらい訳はない。それより、ここが敵の本拠地か>

 「ああ。キシェの仇、今こそってな。ヒッツライトもそれがあるから、騎士団長なんて国王に近い場所にいるんだろうし」

 「ふむ……あくまでもあたし達の目的は城の制圧。そこは間違えるんじゃないよ?」


 ファスさんに窘められてティグレ先生は深く頷いていた。

 だけど果たせないであろうと思っていたチャンスは逃さないだろう。殺すとは思えないけどな。


 そんな俺達は宿を取り、飯を食い、二日ほど様子見をしたところでようやくヒッツライトと連絡が取れた。


 「よく来たなティグレ。他の者も」

 「様子はどうだ?」

 「ラース君は教主と出たまま戻ってきていないが話は聞いている。エリュシュ王女はラース君に惚れたらしくついていっているが、陛下と王女、王子は健在だ」

 「福音の降臨はどうなってんだ? バチカルは?」


 俺が尋ねると、ヒッツライトは首を振って口を開く。

 

 「実はこの数日、バチカルとエーイーリーの姿が見えない。アポスについていったのは別の十神者だしな。まあ、裏切ったという可能性はあるが、逆に陛下を抑えればあいつらも抵抗はできないだろう」

 「味方は……」

 「三分の二は俺についてくる。ドラゴン相手は流石にきついからな」


 ジレを見ながら苦笑するヒッツライトは確実に計画を実行できる地盤はできたと語る。

 十神者が居ないことが気になるけど、ジレが居るし俺達もあれから修行を重ねたので、ファスさんが一人、俺とナルで一人を請け負えば制圧はできるか。


 そして善は急げとばかりにリューゼ達は翌日の夜間、作戦を決行する――

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