第百七十三話 努力の価値


 <うむ、アイナの枕になっていないのは久しぶりだったな>

 「サージュはアイナ溺愛しすぎだろ……。甘やかしすぎると良くないから程々に頼むよ?」

 <もう少し成長して言葉分かるようになればな。今は甘やかしても良かろう。母君もそんな感じだ>

 「学院に行っている間、面倒を見てくれるのはありがたいけどね」

 

 朝の開口一番、サージュがとんでもないことを言い、兄さんがツッコミをいれる。他のドラゴンは見たことないけど、絶対サージュは特殊だと思う。


 <ほら、皆起きろ。待ちに待った日なのだろう?>

 「う、うーん……ごつごつしてるー」

 「もうちょっと……」


 サージュは寝ているみんなの頬をぺちぺちと叩きながら起こして回っていた。面倒見がいいどころじゃないなあ。


 「ノーラ、起きて。女の子達を起こしてよ」

 「んー、分かったー」


 流石に手伝わないわけにもいかないので兄さんにノーラを起こしてもらい、朝食を食べてからアルジャンさんちへ向かう。


 「お、煙が上がってるぜ!」

 「鍛冶屋さんもう開いてるのかな?」

 「前行った時は全然人が居なかったけど……」


 俺達が角を曲がると――


 「わ、凄い!? 並んでいるの?」

 「めちゃくちゃ盛況じゃん!?」


 ざっと三十人くらいの列が目に入り、ルシエールとジャックのお家が商売をやっているコンビが驚き、ティグレ先生も顎に手を当てて口を開く。


 「まあ、あの男の腕前なら当然だな。親父さんの腕も良かったし、やっぱり息子もってなったんだろうな。ま、とりあえず話は前につけているし行こうぜ」

 

 ティグレ先生が脇を抜けて前へ進もうとすると、列に並んでいるお客さんと思われる男に声をかけられた。


 「おいおい、順番を守ってもらわないと困るぜ? 俺達もずっと待ってるんだ。子供がいるからってひいきはしてくれないぜ?」

 「ああん? 俺達は半月前から依頼かけてるんだよ。客が全然いねぇ時からな」

 「嘘ついてどうするってんだ? ならアルジャンに聞きゃいいだろう。多分名前が売れたのはここにいるやつらのおかげだぜ」

 「そんな話――」


 ティグレ先生が悪い目つきをさらに悪くして男を見ると、若干怯みながらも反論をしようと詰め寄る。しかしその時、前の方から声がかかる


 「あー! やっと来やがったな! ああ、兄ちゃんすまねえな。こっちの先生の言う通り、この子達の依頼はかなり前に頼まれていたんだよ。依頼自体はちゃんと受けるからもちっと待っててくれや!」

 「本当かよ……まあ、そう言うことなら仕方ないな」

 「おう、国王様に見せたドラゴン素材で作った剣の持ち主だぜ」


 アルジャンさんが得意げに言うと、男は目を丸くして俺を見ていた。とりあえず驚く彼は放置し、俺達は奥の工房へと案内された。


 「あらあら、ノーラちゃん久しぶりねえ」

 「こんにちはー!」

 

 アルジャンさんのお母さんが順番待ちの人の依頼を受け付けているところに出くわし、ノーラが手を上げて挨拶をする。


 「こんにちは」

 「今日はみんなで来たのね? ちょっと待っててね、受付を済ませたらお茶を出すから」

 「お気遣いなく! 手伝いましょうか?」

 「ああ、ルシエラちゃんいらっしゃい。髪、切ったのかい? それも似合うねえ。なら、ちょっとお願いしていいかい?」

 「お安い御用よ!」

 「お姉ちゃん、私も手伝うよ。私、妹のルシエールです」

 「あら、妹もよく似ているね」


 そう言って俺達に工房へ行くようルシエラがウインクしてくれたので先に入る。炉も動いているし道具も使われている。だけど、人はアルジャンさんだけ。そう思っていると、アルジャンさんがフライパンを手に取りながら笑う。


 「一日に二十五人って決めて仕事をしてるんだ。おふくろにゃ悪いが受付を頼んでもらっててな。なあに、お前達が来たなら話は別だ。今日のが終わったら優先してやってやるからな!」

 「えっと、職人さんはいないんですか? こういうところは役割を果たす人達とやるのでは?」


 ヨグスが不思議そうに工房を見渡しながらそう言うと、アルジャンさんが答えてくれた。


 「……本当は親父の代の時に手伝ってた奴らが帰ってきてたんだがな。俺が引き継ぐと決めた時に、お前じゃ無理だと離れて行ったくせに、なに勝手なことをぬかしてやがるんだと追い返してやったんだ。まあ、少人数なら俺一人で問題ねえしな」


 そう言ってたははと笑うアルジャンさん。結構嫌な思いをしたんじゃないかなという表情をしていて、多分喧嘩したんだろうなということが伺える。


 「あ、それで俺の剣は?」

 「おう、こいつだ」


 鞘に入っていた剣を渡され俺が抜くと、


 「うおお……」

 「ごくり……」

 「キレイ……」

 

 リューゼ達が息を飲む。もちろん俺もあまりの見事さに言葉が出なかった。サージュの白い牙を使っているため白い刃に銀の鍔があり、コバルトブルーの柄が白を際立たせている。


 「へえ……完成させたじゃねぇか」

 「先生のおかげだよ。あと少し、親父より劣るとハッキリ言ってくれたおかげでな。職人たちは見もしねぇでダメだって言いやがったが、先生はちゃんと良し悪しをみてから判断してくれた。どうせ他に客もいねえし暇だったからつい、な?」

 「それでもこの短期間でやれるとは天才じゃねぇか?」


 天才、と聞いて俺は一瞬委縮する。あまり聞きたくないフレーズだなと思っていると、アルジャンさんは手を目の前で振って言う。


 「よしてくれ、俺ぁそんな立派なもんじゃねぇ。もしそうだったら親父をすぐに越えられていたはずだろう? 努力を無視されているみてえだからあまり気持ちよくはねえかな」

 「おっと、確かにな……すまねえ」

 「ああ、気にすんな。真面目だなあんたも」

 「ああん? 『も』ってアルジャンは真面目なのか?」

 「はっはっは藪蛇かよ!」


 そう言って笑うアルジャンさん。

 なるほど、確かに天才と呼ばれるのが嫌なこともあるのか……俺は少し目からうろこが落ちたような気がした。

 それはそれとして、なんだかティグレ先生と仲が良くなったよね。似た者同士っぽいからだろうか?

 

 「なんか友達同士っぽくていいよな先生とアルジャンさん」

 

 俺達がその様子を微笑ましく見ていると、ふとアルジャンさんが言葉を漏らす。


 「……実を言うと、親父にも見せてやりたかったよ。墓で報告はしたんだけどな? 俺はあんたを越えられたかいって」

 

 その直後、ウルカが何もないところを見ながら頷きアルジャンさんに告げる。


 「うん、うん……アルジャンさん、見事だって言ってるよ。良く成長したなって」

 「なんだって?」

 「ああ、そうか。見えないんだよね、ならこうすれば――」


 「あ!? まさか!」


 俺達が言うが早いか、ウルカが【霊術】を使うと――

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