第百七十話 収束と驚異


 ――結局、真相は闇の中となってしまい立ち尽くす俺達。リューゼが大剣を地面に突き刺し、地面を蹴る。


 「くそ……!」

 「ハッ!? い、息をしていなかったです……!」

 「よしよし、怖かったなあパティ」

 

 ずっと青い顔をしていたパティがようやく言葉を出し、ジャックが頭を撫でる。彼女もAクラスで学ぶ子だけど、スキルは【調理】というニーナの【裁縫】と同じ家庭用スキルのため戦闘は苦手だ。

 ただ、料理はとても美味しくホッとする感じの味だった。将来は食堂か学食で働きたいのだとか。

 

 それはともかく、俺と学院長先生で付近を捜索するも怪しいやつらはこの短時間で本当に煙のように消えてしまい気配も辿れず仕方なくみんなの下へ戻った。

 ちょうどルシエールがルシエラを起こしているところに出くわす。さっき一度目を覚ましたけど、すぐに目を瞑ったのでよほど強力な粉なのかもしれない。


 「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 「う…」


 ルシエールの呼びかけに反応はするけど起きては来ない。必死なルシエールの肩に手を置き、諭すように言う。


 「心配だけど、今は戻ろうルシエール。先生達も捜索に出ているみたいだから、無事だってことを伝えないと」

 「うん……」

 「気持ちは分かるけど、家で休ませた方がいいよ」


 サージュの足元で横たわるルシエラを見ながらルシエールは力なく頷く。姉が自分の身代わりになって昏倒しているとなると心苦しいに決まっている。もし兄さんが同じ状況なら俺も焦ると思うしね。

 そんな時、ガサガサと足音が聞こえ、俺達は身構える。さっきの声の主か……?


 だけどそんな緊張感はよく知った声で霧散する。


 「おお、見つけたぞラース君! 森からものすごい光が立ち上ったのが見えたから来てみたがビンゴだったな! 近くなったらサージュが見えたのもあるが! はっはっは!」

 「お前……リースじゃないか!? どうしてこんなところに!」

 「先生達や自警団がぞろぞろと町から出ていったからボクもワクワクしながら出て来たって訳さ!」


 そこには二年前からちっとも成長していないリースが腰に手を当て、高笑いをしながら説明してくれる。ひとりで来たのかと思っていると、後からサムウェル先生とロザリア先生が姿を見せリースの頭を小突いた。

 

 「こらリース、勝手に進むんじゃない!」

 「まあ、いいじゃないか、見ろ、ちゃんといたぞ」

 「まったく……急に後ろから声をかけてきたと思ったら勝手に進むんだから……。あ、ルシエールちゃんも居るわね。みんな無事? 学院長、こちらにいらっしゃったんですね」


 「君たちか、色々話したいことはあるが、この通りルシエール君は発見した。私と共に戻りながら捜索隊に見つかったことを報告をお願いしたい」

 「分かりました。リース、君はみんなと一緒にドラゴンに乗って帰るんだぞ」

 「くっく、ここまで来るのは骨が折れたからお願いしたいね」


 学院長がそう言うと、先生達は頷き、リースも大人しく俺達と来るという。そこでバスレー先生が背伸びをしながら俺に尋ねてきた。


 「では帰りましょう! ラース君、今日の献立はなんですか?」

 「え? えっと、ハンバーグにトマトサラダに――」

 「ハンバーグ! ふひひ、わたし、夕食まだだったんですよ! ラース君ちでご馳走になりたいんですけど!?」

 「うん、別にいいけど」


 俺がそう言うと、バスレー先生が目を輝かせ、軽い足取りでサージュの下へ向かう……ことはできなかった。


 「あ、あれ? なんでわたし足が地についてないんですかねえ……」

 「そりゃ俺が捕まえているからな。お前も先生なんだから、俺達と行くぞ」

 「いやあああ! わたし頑張ったのにまだ頑張るなんていやああああああ!」

 「うるせえ、とりあえず行くぞ。あーでも子供達だけはダメか。ロザリア、ラース達と戻ってくれるか?」

 「はい」

 「なんでぇぇぇぇぇ!? わたしのジョセフィーヌゥゥl」

 「ラース、後は任せる」

 「あ、はい」


 ジョセフィーヌってなんだろう。ハンバーグ……?

 俺と同じことを考えているであろうリューゼ達も複雑な表情をしながら、サージュのかごに乗り込んでいく。


 <よし、乗ったな戻るぞ>

 「頼むよサージュ」


 眼下では俺達を見送るためティグレ先生達が見上げてくれていた。手を振って挨拶をし、サージュはゆっくりとガストの町へ進路を取る。

 少し進んだところでリースがマキナとルシエラを見て口を開く。


 「ん? ルシエラ姉はどうしたんだ? マキナも顔色が悪いな」

 「それが――」


 俺はことの経緯を説明すると、リースは腕を組んで目を瞑り、しばらくしてから白衣の袖に手を入れて小瓶を取り出した。


 「覚えているか? 昔マキナに使った薬だ。少し調合を変えてあるが、副作用はないはず。こいつを飲ませてみよう」

 「気付け薬ってやつだっけ?」

 

 ジャックが挟むと、リースは頷く。前はマキナが白目をむくという事態になったけど、体に異常は無かった。今回はさらに副作用が無いならと俺はふたりに飲ませてもらうことに。


 すると――


 「ん、んん……こ、ここは……一瞬ラースが居たような……」

 「お姉ちゃん!」

 「わ!? ルシエール? ……ルシエール! 良かった無事だったのね!」

 「うん、うん……お姉ちゃんのおかげだよ……! もう帰って来ないんじゃないかって……ぐす……」

 

 姉妹は泣きながら抱き合い、これでとりあえずの解決をみたと俺は安堵する。……ルシエールをまた狙ってくる可能性が否定できないので注意は必要だけど。


 「うう……い、痛かったあ……」

 「マキナ、具合はどう?」

 「ラース君のおかげで傷は大丈夫。だけど、ちょっと疲れたかな、あはは」

 「ごめん、俺がもっと早く決断していれば……」

 

 俺が頭を下げると、マキナは首を振って笑う。


 「ううん。できれば殺したくないって私も思うし、それはラース君だけのせいじゃないよ。私がもっと強かったら良かったんだしね?」

 「いや、それは俺が……」

 「むー!」

 「「うわ!?」」


 急にクーデリカが間に入り、頬を膨らませて俺とマキナの距離を離した。


 「ど、どうしたんだよクーデリカ」

 「なんでもないもん!」

 「ははは、アテが外れたなクーデリカ?」

 「むー……リューゼ君はナルちゃんとお幸せに!」

 「な、なんでそこでナルが出てくんだよ!?」


 リューゼが顔を真っ赤にしながらそう言い、俺とマキナはむくれるクーデリカの理由が分からず顔を見合わせてきょとんとする。


 「はっはっは、女心は難しいな! さて、ラース君、いつボクと付き合ってくれるのかな?」

 「……色々分からないけど、リースと付き合うことは無いとだけは言えるかな?」

 「手厳しいなあラース君は! はっはっは!」


 何が面白いのか、リースは腕を組んで高笑いをする。俺はなんだか疲れてかごに背を預け座り込む。

 目の前にはルシエールが泣き笑い、ルシエラが照れながらルシエールの頭を撫で、マキナやジャック、リューゼが話しかける。そんな様子を見ながら俺は頬を緩ませる。


 ――今回は無事だった。だけど、次も上手く行くとは限らない。それに人間を魔物に変える薬を与えたと思われる人物は逃げた。


 「……もっと強くならないとな」


 剣技、魔法……そして精神を。


 俺は再び領主を奪還した時のような訓練をすると決意を固めるのだった。

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