第百六十六話 大激怒の先生達

 

 「あ、ああ……」

 「くそ……」

 「ガダルはダメか? 俺達だけでも……!」


 俺が手首を折ったガダルという男以外の三人が固まって武器を構えながら呟く。だけど、俺達相手に逃げる隙などあるわけがない。


 「ラース君、そいつ! そいつがルシエールちゃんをさらった片割れですよ! あとそこの灰色のロンゲ!」

 「くっ……痛めつけが足りなかったのか……!」

 「くっく……このバスレー、復讐するためなら例え地獄からでも帰ってくる女……さあ、覚悟してもらいますよ?」

 「大人しくすれば……などとは言わん。かかってこい、生徒を誘拐したらどうなるかを思い知らせてやる」


 バスレー先生が指を突きつけ、学院長先生が首をコキッと鳴らしながら手招きをする。ぴくぴくと眉を引きつらせ、恐怖よりも怒りが上回った誘拐犯達はティグレ先生達に襲い掛かっていった。


 大人しく捕まれ、と言わないあたりウチの先生らしいけど学院長先生まで挑発するとは意外だった。


 「俺も!」

 「悪ぃなリューゼ、今回は俺達教師に譲ってくれや……」

 「お、おう……」


 悪い目つきをさらに悪くし、いつもなら戦いの時は口元に笑みを浮かべるはずのティグレ先生が真顔でリューゼに言う。リューゼはその気配に押され、一歩下がった。


 「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞオラぁ! ガキどもをまとめて売りに出してやる!」

 「学院の教師が現役冒険者に勝てると思うなよ!」


 一番最初に陰気な男が語気を強めて大剣を振るい学院長先生に斬りこんでいき、続いて御者をしていた男が盾を前にしティグレ先生へ突撃していく。

 別角度にいる俺から見ると、盾は目くらましの意味合いのようで盾の後ろに刺突剣、いわゆるレイピアを隠している。


 「ティグレ先生気を付けて!」

 「チッ、だがもう遅い!」


 レイピアを持った男は構わずティグレ先生に攻撃を仕掛けた。ティグレ先生はぐっと膝を落とし、右手を腰の後ろに持っていく。


 「ラース、誰に言ってんだ? 気を付けるまでも……ねえだろうがよ!」

 

 そう言ったティグレ先生は攻撃を……いや、すでに攻撃を終えていた。瞬き一つ。たったそれだけの時間で、相手は言葉を発することも無くティグレ先生が振り下ろしたであろう棍棒を後頭部に受け、地面に伏せていた。


 「タニー!? くそ、ジジイてめえだけでも!」

 「ほう、ジジイか。子供達になら、まあ、言われても納得はするが、お前のような相手に言われては腹が立つだけだな? <アイスニードル>!」

 「う、お、おお!」


 初めてみる魔法だ! 俺は不謹慎だと思いながらも、ツララのような氷の塊に興味をそそられた。男はカウンター気味に発せられたアイスニードルを慌てて大剣で打ち払いながら詰め寄り、そのまま振り下ろす。

 

 だけど――


 「打ち払わずに食らいながら突っ込んでくるべきだったな? その一瞬が命取り……冒険者ならわかっているだろうに<アースブレイド>」

 「が……!?」


 地面から突き出たアースブレイドが胴体に直撃し、宙を舞う。鎧が無ければ無事では済まない。さらに学院長先生は魔法を使う。


 「<ファイアランス>」

 「ぐへ!?」


 すかさず宙を舞う男にファイアランスを放ち、八本のランスが次々とヒットし火傷と切り傷を生む。地面に叩きつけられ地面に転がった。


 「容赦ねぇ……」

 「あれでも手加減してんだぜ?」

 「学院長先生が怒っているのは初めて見たわ……」


 マキナが驚いて言う。学院長先生は基本的に優しいからその通りなんだけど、対抗戦なんかでよくバスレー先生が怒られているからそれ以外の人間に対してあの仕打ちは見たことが無い。


 「さあ、お仲間はもうダウンみたいですよ? まとめてかかってくるくらいしないと勝てませんよー? 愚かなことですね」

 「……だったらお前を人質にして逃げるだけだ。誘拐する時に何もできなかったやつが俺の前に出ているのも愚かってことでいいんだよな!」

 「んっふっふ。残念ながら、あの時は近距離でしたが今回は違いますよ? ……お前はもう、詰んでいる……!」

 「訳のわからんことを! ……ん!?」


 バスレー先生が謎のポーズで挑発をすると、陰気な男が動き出そうとする。しかし男はその場から動くことは無かった。


 「な、なんでだ……!?」

 「んっふっふ……太ももに痺れ薬を含んだ針を打ち込ませてもらいました。そこ、あなたの弱点みたいですし、効果は抜群みたいですねえ~」

 

 そう言って不敵に笑い、懐から何やら革の袋を取り出し中身を手のひらに乗せる。中身は親指の先ほどの鉄の玉でそれが何個も、何十個もあった。


 「ま、まさか……それを……」

 「くっくっく……そう……そのまさかですよ……! 食らえ! これはルシエールちゃんの分! これはあの時殴られたわたしの分! これは給料を減らされたわたしの分! これは彼氏ができないわたしの分! これは――」

 「ぐああああ!?」


 バスレー先生が理不尽な言葉と鉄の玉を投げ、男の顔や鎧の無い部分に突き刺さる。これはかなりえぐい……。

 

 「ふはははは! ズタズタのひき肉になりなさい!」

 「ぐ、ぐお……うぐ……」


 「味方だけど怖いです……」

 「……見ちゃダメよパティ」


 マキナがぶるりと震えながらパティの肩に手を乗せる。

 正直、先生の中で一番えぐい攻撃方法だと思う……男はバスレー先生の宣言通り顔をボコボコにして前のめりに倒れた。


 「すっきりしましたね! それでは捕縛しましょうか!」

 「俺よりこえぇな……ラース、ルシエラは無事か?」

 「うん、眠っているけど大丈夫みたいだよ。ガダル、だっけ? 命までは取らないけど、ルシエールを誘拐した理由を話してもらうよ」


 他に仲間がいてまたルシエールを狙われたらたまらない。それを防ぐためにもこいつらを尋問する必要があるのだ。


 「う、うう……いてぇ……う、腕が動かねぇ……」

 「腕が折れたくらいで情けねぇおっさんだぜ。こいつは俺が連れて行くから、ルシエラを頼むぜ」

 「ありがとうリューゼ」

 「おら、立て!」 


 リューゼとティグレ先生にガダルを任せ、ルシエラをサージュの背にあるかごに乗せようと背負いなおすと、ルシエールが駆け寄ってきた。


 「お姉ちゃん! ……やっぱり私の代わりに……もう、無茶ばっかりして……」

 「ん、んん……こ、ここは……私……」


 ちょうど、その時ルシエラが目を覚まし俺とルシエールの顔が綻ぶ。大騒動になったけど、これで終わりだ。


 そう思っていると、立つのを渋っていたガダルがブルブルと震えだし大声を上げ始めた。


 「……ぐ、くそ……捕まってたまるか……! こうなったらこれを使ってやらあ!」

 「切り札か! させねぇぞ!」


 ティグレ先生が手を伸ばすが、ガダルは瓶の口を開け、中の液体を全て飲み干した。


 「う……ぐぐ……ぐあああああああああ!? か、体が焼けるように熱いぃぃぃぃ!?」


 直後、ガダルがのたうち回り、見れば他の三人も同じものを服用したらしく胸を掻きむしりガクガクと体を震わす。一体何を飲んだんだこいつら……?

 

 俺は訝しむが、すぐにその答えを知ることになる――

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