第百五十五話 到着、エネイブルの町
「へえ、大きい湖だなあ。ルツィアール国はもう抜けたのかな?」
<うむ、そろそろ抜けているはずだな>
サージュが速度を緩め、ゆっくり俺の方へ首を回して返事をしてくれる。
この高度からだと小さく見えるけど、地上から縦長の部分を測ったら1キロくらいはありそうな大きな湖が眼下に広がっていた。
「後ろにルツィアールの国境が見えるぜ。ここはもうオーファ国の中だな」
「そういえばティグレ先生、国境を空から越えるのは問題ないんですか?」
兄さんの疑問は確かに気になる。すると、ティグレ先生は頭の後ろに組み、カゴに背を預けて目を瞑って回答をしてくれた。
「オーファ国は国境を越えるときにお金を取っていないから問題ないだろ。本当なら国境で国に行く目的は明かした方がいいが、空から飛んでいくなんてのは想定外だろうしな。最悪何か尋ねられても俺が居る。親父さんが大人を、と言ったのはその辺も考えてんだろ」
「頼もしいなあ」
こういうことに慣れているティグレ先生は頼りになる。勝手に国境を越えると捕まったりするんじゃないかと思っていたけど、どうやら結構ファジーらしい。
「……見た目じゃ犯罪者かどうかの判断は難しいんだよ。だから国境を越えること自体は難しくねぇんだ。だから町に入り込んで悪さをするのをいかに防ぐかの方が重要なんだよ」
「そっか……この前ガラの悪い二人組に絡まれたから父さんに警備強化をどうにかできないか言ったけど、良かったみたいだね」
「おお、バスレーから聞いたなそれ。あいつが大活躍したって吹いてたな。最近確かに見ない顔が増えているから、学院が終わったら教師で町を見回るか、なんて話もあったくらいだ」
学院も考えているんだなあ。
オブリヴィオン学院の出資はレフレクシオン国じゃないらしいけど、どうやって運営しているのか謎である。
「あれはお城ー?」
「えっと……うん、地図の方角からするとそうだね。でも、今回はそっちに用は無いから見るだけかな」
「さっきみたルツィアール国より小さいお城ね?」
「この国は土地があるけど、人が少ないって授業でやったろ? あまり大きくしても意味がねぇんだ」
「そういえば、歴史の授業でやったような……」
ルシエラがそっぽを向きながら怪しい返答をしていると、しばらくして目的のエネイブルの町付近へ到着する。町がとても少ないので迷いようがない。
<そろそろ降下するぞ、しっかり掴まっているんだ。……あの山がいいか。少し歩くが構わんな?>
「オッケー、夜の山だから気を付けないとね」
ふわりとサージュが月明りを気にしながら山の中腹に着地し、全員カゴから飛び降りる。すぐにサージュは小さくなり、目の前をパタパタと飛ぶ。
<これでいいか……アイナが泣いていたのは気になるが……>
「心配するなって、案外泣きつかれてすぐ寝るかもしれないだろ?」
「まったく僕達より兄らしいことを言うねサージュは」
兄さんが苦笑しながらサージュを撫で、すぐに下山に入る。暗い山道は生活魔法”ライト”を使い、俺がレビテーションで空を飛んで足元を照らす。
「空が飛べるのっていいわよねー。私も覚えたいわ」
「古代魔法は相当魔力が無いと厳しいから今から修行して四十歳くらいで使えるようになるくらいじゃないかな?」
「ううう……もうおばちゃんじゃない……」
「ルシエラはやりたいことを見つけるのが先かもね」
「ルシエラちゃんキレイだし、アイドルもいいかもー?」
ノーラが首を傾げてそういうとルシエラはノーラの首に腕を回し忌々しげに呟く。
「あ・ん・た・が、デダイト君を諦めてくれればいいだけじゃないの」
「あははー、それはダメー」
「僕の意思もあるからノーラにだけ言っても……」
兄さんが呆れながら呟きていると、するりとルシエラがの腕から逃れてノーラは前へ駆けていく。
「危ないから走るんじゃないわよ」
「山は慣れてるから……わ!?」
「ノーラ!?」
<大丈夫か?>
兄さん言うが早いかノーラは何かにつまづき転んでしまう。慌ててルシエラがノーラに駆け寄っていく。
「ほら、言わんこっちゃない!」
「へへ、転んじゃった」
「あ、手をすりむいているじゃない<ヒール>」
「ありがとー!」
ルシエラがヒールを使いノーラを治癒する。ギルド部でベルナ先生に教えてもらっているんだけど、何気にきちんとしたヒールを使えるのは俺とルシエラ、リューゼだけだったりする。……ケガが多いから自ずと覚える、ということなんだけどね……
「これでいいわ。あんたも一応女の子なんだから、そろそろはしゃぐのも止めなさいよね。領主をデダイト君が継ぐなら、その妻ってことでしょ? バタバタしていたら笑われるのはデダイト君なんだから」
「あ、確かにそうだねー! ありがとうルシエラちゃんー」
「こら、抱き着くな、動きにくいでしょ!?」
「ルシエラ、最近落ち着いている、かな?」
「兄さんにはそう見える?」
「うーん、何だかんだでノーラには突っかからなくなったし、お姉さんみたいな振る舞いがよく見られるからね」
兄さんはそう言うけど、俺の見解は違っていた。
「どうかな……今もルシエールを連れず、鍛冶屋に行きたいって付いてきたりしているし、まだルシエラの中に自信と呼べるものが無いんだと思うな、俺は」
「え? それはどういう意味だい?」
「あ、いやなんでもないよ、行こう」
「まあ、ラースの読みは遠からずってところだなあ」
俺は再び宙に浮き、足元を照らす。ティグレ先生が誰にともなく呟くが、兄さんは首を傾げてノーラ達の下へ向かった。
学院を卒業するまでに何か手に入れたい。そんな焦りにも見えるのは昔の俺みたいだと感じる。ルシエールもそうだけど、他の子に比べて優れている、と思えるところが自分で見えないのだと思う。姉妹故、よく似ている。
その後、夜に徘徊する魔物と遭遇したもののティグレ先生もいる俺達がやられるはずもなく、そのまま無事下山し、エネイブルの町へと到着した。サージュはニーナお手製の帽子を被り、俺のカバンから顔を出す形で収まっている。全体像が見えなければペットのトカゲにも見えるからだ。
サージュは難色を示したけど、美味しいものを食べさせるという約束で承諾してもらった。
さて、町に入った俺達。町並はそれほど変わらないけど、やっぱり普通の町だから規模は小さいかな? 自分の町と、ルツィアール国の城下町しか行ったことがないので普通の町は新鮮だ。
ゆっくり飛んできたので、時間ももう遅い。見て回るにも夜だし、早々に宿へ到着する。
「すまねぇ、二部屋頼めるか?」
「あら、制服? 学生さんですか?」
「ああ、俺は教師やってる」
夜更けに制服を着た子供数人という怪しいシチュエーションに、訝しむ宿の受付に居る女性。そこへティグレ先生が免許らしきものを見せると、笑みを浮かべてくれた。
「こんな時間にお疲れ様です。女の子と別々ですね、何か見に……とは言ってもこの町には何もないですけど」
「えっと、俺達この町の鍛冶屋さんに会いに来たんだよ」
「へえ、鍛治に興味……って、アルジャンさんに、ですか……?」
鍛冶屋さんの名前はアルジャンと言うらしい。でも、その名前を口にした受付女性は、宿帳を記入しながら困惑気味に言う。
「止めておいた方がいいと思いますけど……」
「え……?」
「ああ、いえ、何でもありません! そ、それではお部屋にご案内しますね!」
それ以上何も言わず、俺達は部屋に通され、すぐに就寝することにした。時間も遅かったし、空で夕食は済ませていたからね。
そして翌日、俺達は女性の言葉の意味を知ることになるんだけど……
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