第百三十七話 それは極刑に値する行為
「それじゃあ行ってくるね、ラース君!」
「うん、無理しないようにね」
「はーい!」
にこにこと笑うクーデリカが木の斧を持ち、元気に手を振りながらフィールドへ向かう。対戦相手はもう待ち受けている状態だ。
「よろしくお願いします!」
「よろしくね」
[圧勝と言うべき展開でしたが、Cクラスは諦めていないようですねぇ]
[ポイントによってはギリギリ二位をキープできるので、そこを狙っているのかもしれませんね]
[取れるところは取っておくの貪欲さは必要ですねぇ]
「当然だ! せめて二位だけでもっ!」
「ベルクライス、頑張ってー!」
「作戦通りになー!」
無難な実況……だけど最初にバスレー先生が飛ばしていたせいか、少し物足りないような気がするのは俺だけだろうか?
それはともかく、ベルナ先生とロザリア先生の実況にCクラスの面々がフィールドに立つ仲間に声援を投げかけていた。相手は体格が他の子よりも少し大きく、全身鎧を着こんでいた。防具は自由だけど、あれで動けるのだろうか?
「始め……!」
何とか意識を保とうとしているティグレ先生が合図を出し、まずはクーデリカが様子見で距離を取る。先ほどのセプターと違い、今度は木でできた長剣……ロングソードといわれる長い得物だった。
木斧で、さらに小柄なクーデリカとはかなりのリーチ差があるのでこれは明らかに不利だ。しかし、クーデリカは臆さず、手を伸ばし相手との距離を目算する。
「うん! これなら!」
「なんだい? その距離からなにを――」
クーデリカがぐっと膝を曲げ、にやりと笑うと、ベルクライスも身構え不思議そうな顔をする。その様子を見て俺とマキナは口の端を上げて笑う。その瞬間、ベルクライスの表情がこわばった。
「消えた……!?」
「ベルクライス、上」
魔法戦闘競技の時にノーラと戦ったディースという子が指を上に向けて声を出すと、慌てて見上げた。よく見てるねあの子。
「やぁぁぁぁぁ!」
「チィ!」
大きな掛け声と共に斧を振り下ろすクーデリカ。迎撃しようと剣を突き出そうとするも間に合わないと判断し受ける体勢を取った。
「クー、そのままいけぇ!」
マキナが拳を振り上げて叫び、その直後、斧がロングソードへ触れた。
「おごっ!?」
【金剛力】のスキルを使っているクーデリカの攻撃力は並ではない。常時発動して負荷をかけていたので、今までよりもさらに威力が高いのだ。
受けた時の重さでがくんと上半身が前のめりに折れ、膝も曲がる。クーデリカは着地すると、体を回転させて追撃をかけた。ごう、という風切り音がここまで聞こえてくる。
「もう一撃……!」
「……!? なんの!」
ベルクライスは迫りくる斧を、自ら前のめりに倒れこむことで回避。しかし、クーデリカはそれを見逃さず、脇に移動してキックを入れた。
「えい!」
「うおおおお!? 今、メキっていった!? 鉄の鎧なのにメキっていったぁぁぁ!?」
ごろごろと転がっていくベルクライスに、フィールドの外にいる女の子が怒声を浴びせ始めた。
「こらベル! 逃げるんじゃないわよ!」
「馬鹿野郎アンネ!? こんなの受けてたら死ぬぞ……!?」
「死んで来い! こうなったら例の手しかないわよ」
「ええー……」
「まだ行きますよ!」
酷く嫌そうな表情をしつつも、すぐに体勢を立て直すベルクライス。対してクーデリカは優勢と見て、力任せに斧を打ち付ける。
「この! この!」
「おう!? ほっ!? ……おらぁ!」
「ひゃあ!?」
乱暴に振ったロングソードがクーデリカの胸当てにヒットし、びっくりして距離を取る。猛攻によりベルクライスはすでに肩で息をしていた。
「これはクーの勝ちね」
「うん。あれで押し切られたら降参しかないよ」
「俺でも近接だけだと苦しいから、もっときついと思う」
マキナとウルカがぐっと拳を握り勝利を確信していた。俺も余裕だろうと思っていたけど、ベルクライスは深呼吸してクーデリカに剣を向けて喋り始めた。
「……ロープ引きの時から思っていたがすごいな。俺の【強身】でも受けるのがきついぜ」
「えへへ」
賞賛の言葉にクーデリカが笑う。しかし、ベルクライスはにやりと口を歪め、次に出た言葉でクーデリカの顔が凍り付く。
「……つーか、あそこにいるラース君のこと好きみたいだけど、そんな怪力の子、ラース君は……というか男はそんなに好きじゃないと思うなあ」
「え」
「ほら、やっぱり男は女の子を守りたいって思うもんだからさ、自分より力が強い女の子はどうかと思うぜ」
「う、ううん、ラース君はそんなこと言わないよ……」
あいつ、何言い出すんだ!? 焦るクーデリカに俺は声をかけてやる。
「クーデリカ、そんなやつの言うこと気にするなよ! スキルはスキルだ、力があった方が冒険者にはいいし! いつも怪力ってわけじゃないからね」
「うん、そ、そうだよね!」
「まあ、今聞いていたらそう言うしかないじゃないか?」
「う、うう……」
あいつ、動揺を誘って勝つつもりか? 目に涙を溜め始めたクーデリカに何て声をかけようかと思った瞬間、ベルクライスが動いた。
「今だ……!」
「いけない! クーデリカ、来るぞ!」
「もう遅い! 場外に押し出してやるぜ! その怪力が仇になったな」
剣を構えてタックルを仕掛けようと迫る。強身を使えばいけると思ったのだろう。
だが――
「わ、わたし、それでもラース君が好きだもん! ばかぁぁぁぁ!」
「んな!?」
[おお、挑発を仕掛けたベルクライス君、これは裏目に出ましたねぇ]
[女の子の恋心をまぜっかえしてはいけないということですね。男子生徒の諸君は覚えておくように。ベルクライス君は後でお仕置きが必要かもしれませんね]
[怖いですねぇ♪]
クーデリカは斧を捨てて、向かってくるベルクライスに両手を突き出した。もちろん【金剛力】込みの。
そしてベルクライスが吹き飛ばされるであろう瞬間、彼はクーデリカの手を取った。
「げほっ!? な、なら作戦その2だぁぁぁぁぁ!」
「え!?」
なんとベルクライスは吹き飛ばされる瞬間、クーデリカの手首を掴んでいた。そうなると当然、クーデリカも一緒に飛んでいき――
[おやおやぁ、これは予想外でしたねぇ!]
ベルナ先生の声が高くなり、俺達も思わずあっと、小さく口にする。そのままクーデリカとベルクライスは、
「お、おお、二人ともフィールドの外……引き分けだ!」
「くう……いってぇ……」
ベルクライスが満足気に笑いながら上半身を持ち上げると、ぬっとクーデリカがその前に立ち、拳を振るう。
「嫌い嫌い嫌い!」
「うわ!? ご、ごめんって!? さ、作戦だったん……ぎゃぁぁぁぁぁぁ!?」
[自業自得ですねぇ。あ、そろそろ止めてあげてください、次の試合に出れなくなっちゃいますからぁ]
「く、クーデリカ! もう止めなって、俺は怪力とか気にしてないから!」
「クーの持ち味でしょう? 自信を持ちなさいよ」
「うう……ぐす……うああああん! 引き分けてごめんー!」
俺とマキナに止められ、クーデリカは何とか手を止めてくれた。ベルクライスにはささやかだけど、ヒーリングをかけておいたのでその部分は回復したはずだ。
クーデリカを泣かせたので放置したかったけど、そうもいかないよね。
「……それじゃ、僕の番だね」
「頼むよウルカ」
「うん。クーデリカの仇を取ってくる!」
「その意気よ! ほら、クーデリカもいつまでも泣いてないで応援するわよ!」
「う、うん……ぐす……」
マキナが慰めつつウルカの方へ視線を向ける。クラスメイトを泣かされたからか、ウルカの気合は十分だった。ウルカの戦闘レベルは可もなく不可もなく、といったところだけど両方そつなくこなすタイプなので、落ち着いてこなせば問題はないと思う。
「……」
「……」
[次はウルカ君と、ディースちゃんの戦いですねぇ]
[ウルカ君は戦闘競技に出ていませんでしたから今のところ未知数。対するディースちゃんは魔法が得意です。距離を取って一方的な試合も見えますが、頑張って欲しいところですね]
相手はあの子か……ボーっとしているけど侮れない魔法があるからな。でもウルカにも得意とするスキルがあるから悪い相性ではないはずだ。
「……すぐに終わらせる。そして次も勝ってAクラスとの戦いは終わり」
「僕も簡単にやられるつもりはないんだよね。【霊術】を使わせてもらうね」
「……? 霊術?」
知らない、とディースが首を傾げた瞬間、ウルカの右隣にぼんやりとした人影が出現する。そして左の地面がもこもこと浮き上がり、スケルトンが登場した。
「……!!???!?」
「これで数の上では僕が有利だ、悪いけど押し切らせてもらうよ。頼むね、オーグレさんにヤーマスさん!」
人影が静かに頷く仕草を見せ、スケルトンがカタカタと体を震わす。ウルカの霊術はあのルツィアール国で皇帝と戦った後、急激に伸び、さらにこの一か月でコツを掴んだのか、幽霊を視認化させることができるようになっていた。
「おう……すげぇなウルカ……始め! ……ってあれ? おい、しっかりしろ」
「あれ?」
[ディースちゃん、倒れましたねぇ。始まる前からすでに落ちていました]
[いや、あれを目の前にしたらああなるでしょう女の子は」
ベルナ先生のとロザリア先生が困った感じでそんなことを言う。ディースは幽霊とかが苦手だったようで、杖を持ったまま仰向けに倒れて目を回していた。
「俺も初めて見た時はどっきりしたもんな。仕方ないよ。これでCクラスとは勝ちになったからマキナは次の出番は――」
「……」
「うわあマキナ!?」
「しっかりしてぇマキナちゃん!?」
横を見るとマキナが泡を吹いて倒れていた。
そう言えばアンデッドが苦手だったっけ!? 俺は目を回すマキナを揺さぶり、クーデリカと共に声をかける。
……と、とりあえずCクラス、撃破だ!
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