第百十二話 パン食い競争

 「うおお、なんだあのジャンプ力!? 余裕で咥えてるぞ」

 「あれ多分スキルじゃないかな! わたしと同じ強化系だよ!」

 「凄いねー」


 ――パン食い競争。

 向こうの世界にもあった単純な競技。ぶら下がっているパンを、手を使わずにくわえてゴールへ走る。ただそれだけなのだけど、この世界には魔法やスキルがある。

 魔法はご法度だがスキルは使っても構わない……となると、どれほどの激戦になるか想像に難くない。今の勝負はジャンプ力があがるスキルでも使ったのだとクーデリカが言う。

 だいたいジャンプすれば届く代物だけど、そいつは高くジャンプして、紐から無理やり紙袋入りのパンを叩き落としていた。


 「くそ、熱いじゃねぇか……! 次が一年か?」

 「そうだね。ほら、マキナからみたいだよ」


 ジャックが興奮気味に誰にともなく聞くとウルカが指さす。

 見ればマキナが伸びをしながら笑顔で立っていた。残りのクラスは男二人に女二人といいバランスだ。俺達がテントから出ると、スタート位置でマキナ達が話しているのが聞こえてくる。


 「……紙袋でパンは見えないのね」

 

 マキナが呟くと隣の男子生徒が笑いながら呼応する。


 「気になるのか? 購買の女王ともあろうお前が。できれば全部行きたいとそう思っているんだろ?」

 「できればね? でも、一個だけだから仕方ないわ。あの甘い匂いのは私がもらうわ」

 「ここからわかるのかよ……恐ろしい奴だ……。しかし、勝負はどうなるかわからない。いい勝負をしようぜ!」

 「ええ。ソーニャ、全部違うパンらしいわよ」

 「ホントにー? 甘いパンだったらいいけど、激辛だったらあたし勝てないわよ」

 「まあ、どちらにしてもマキナ相手は厳しいし、ゆっくり味わおうぜ」

 

 何かよくわからないけど、マキナは購買組では有名らしい。……なんだろう、知らない男子がマキナの肩に手を置くのはなんかモヤっとするなあ……なんでだろう?


 「位置についてー!」

 「おい、何難しい顔してるんだ? 始まるぞラース」

 「あ、ああ。頑張れマキナー!」


 俺が声をかけると、一瞬こっちを向いてにこっと笑ってくれ、直後スタートした。そこで実況席からバスレー先生が声をあげる。


 「さあ、今度のレースですがベルナ先生とわたしが副担任を務める一年生組。この勝負どうみますか!?」

 「もう始まっていますよぅ」

 「え!? てか速っ!?」


 バスレー先生のタイミングの悪さをベルナ先生が指摘。というか位置について、の時点で話始めたら遅いだろうに……そんなどうでもいいことは置いておき、俺は再びレースに目を向ける。

 

 「うおおおおおお!」

 「だああああああ!」

 「うわあああああ!」


 全員……かと思いきや、さっきの男子生徒とソーニャと呼ばれていた女の子、そしてマキナだけが突出して走る!

 

 「マキナちゃん速い!?」

 「もうパンのところに着いた!」

 「おおっと! Aクラスのマキナちゃん、ものすごいスピードで半周し、パンに食らいつく!」


 「やあ!」


 ルシエールとクーデリカが飛び上がって驚きの声をあげる。練習の時から足は速いと思っていたけど、圧倒的だった。 今度は解説通りパンのところへ辿り着いているマキナ。シンプルに飛び上がって、一番大きなパンを掴みとった。


 「なんとマキナちゃん、一番なのに大きなやつを取りましたよ!?」

 「あのお店のパン大好きですからねぇ♪」

 「いやいや、ゴールまで食べきるのもルールに入っているんですから小さい方が有利でしょう!? っと、マキナちゃん袋を破り捨て口に咥えて走り出した!」


 中のパンを見たマキナはご満悦の表情……どうやら甘いパンだったらしい。満面の笑みで租借する顔は幸せそうだ。


 「よし!」

 「マキナちゃんゴール! ゴール前で咀嚼する余裕っぷりを見せ、堂々の一位でした!」


 「くそ……速すぎる……!?」

 「うう……辛いパンだった……」


 ゴール前で味わって食べても追いつかれなかったマキナ。男子生徒が二位で、ソーニャが三位。残り二人はほぼ同着だった。


 「干しぶどうのパンおいしー」

 「Dクラスは平和だからねえ、他で取り返すよみんなが! ああーコロッケが入ったパン、美味しいなあ」

 「レオース、お前ふざけんなよ!? 平和なのはお前の頭ん中だけだろうがよ!」

 「ふふ、喧嘩はいけませんよー♪」


 BとDクラスの子は呑気にゴール前で食べていた。クラスのブーイングにも屈さず、ゆっくりと。

 ベルナ先生が窘めると、しぶしぶブーイングをしていたDクラスの生徒はテントに引っ込んでいった。

 

 それにしてもそんなに美味しいのか……俺も一回買いに行ってみようかな? そう思っていると、マキナが一位のメダルを持って帰ってくる。このメダルの数を争う……のではなく、ポイント制なので巻き返しは図りやすい。メダルは名誉みたいなものだね。一位は五ポイントで一つ下がるごとに一ポイントずつ減るので分かりやすい。


 「生クリームと苺ジャムのパンだったわ。サクサクしてお菓子みたいなやつ!」

 「いいなー。オラもお菓子食べたいー」


 ミルフィーユみたいなやつだろうか。俺は労うためマキナに声をかけようと近づいていく。さっきの光景がちょっと頭をよぎり、頭を小さく振って口を開いた。


 「おかえりマキナ、めちゃくちゃ速かったね」

 「あ、ラース君。うん! あの店のパンの新作なら絶対食べたかったの!」

 「そんなに美味しいなら俺も今度買いに行ってみようかなあ」

 「ホント? な、なら、今度お休みの日に一緒に――」


 と、マキナがパン屋のお誘いを言おうとしたところで、両脇からひょっこり顔が出てくる。


 「わたしも行く!」

 「わ、私も!」

 「うわ!? ルシエールにクーデリカ!? どっから出て来たんだよ!?」

 「うう……し、仕方ないわね……」


 マキナが項垂れ両脇をふたりに抱えられ去っていく。一位を取ったのに背中が寂しい。なんか声をかけようかと思ったが、ヨグスが俺を呼ぶ。


 「ラース、リューゼの番だ」

 「お、そうか!」

 「今度は男が四人で女の子一人だね」


 ウルカの言う通り、リューゼ含む男四人に、小柄な女の子がいた。体が小さいのは走るのもジャンプも不利な気がするけど……


 「おっし! なんでもいいからパンだな」

 「リューゼ君、だっけ? いつも購買で見かけるよ」

 「へへ、なら俺の実力は知ってるだろ? ここはAクラスがダブルで貰うぜ」

 「そうはいかないよ……!」


 みんながスタート位置につきながら各々、言い合う。マキナは聖騎士部で他の人と交流があるし、リューゼは購買で有名人らしい。


 [さあ、第二走者の準備が出来たようです! チルアちゃん、ここは勝つのよ! 勝ってぇぇぇ!]

 [はいはい、落ち着いてくださいねぇ]

 [おぶ!? さ、さあ、選手が構え……今スタートしました! 先頭は……またしてもAクラスのリューゼ君!]


 「おお、いいぞリューゼ!」


 俺は思わず声を上げる。伊達に俺達と練習やギルド部で鍛えていないので、身体能力は抜群だ。パンの袋を走りながらダイビングキャッチをする。


 「おおおおおおお! せりゃああああ!」

 [おお! 走りながら飛んだ! んで届いたぁ!]

 [いいわねえ。あ、Dクラスの子も追いついてきたわ、チルアちゃんも来ましたねぇ]


 ベルナ先生が言うように、少し遅れて二人がやってくる。だが、リューゼのような荒業は無理なので巻き返すことはできなかった。


 「くそ……ダメか……!」

 「ま、Aクラスは鍛えまくってるからな! じゃーな!」


 リューゼはそそくさと俺達のテントに戻ってくる。妙だな……よく見れば顔が青い……? 戻ってくると、ジャックが出迎えて話す。


 「よう、流石じゃねぇか!」

 「お、おう……まあな……」

 「どうしたのー? 顔が青いよ? 美味しくなかったの?」


 ノーラが首を傾げて尋ねると、リューゼが膝から崩れて言い放つ。


 「……美味かった……シチューのパンだったんだ。……だ、だけどシチューの中にある……人参……が俺苦手で……」

 「あー」

 「ああ……」


 ノーラもピーマンが嫌いなので納得し、俺は何かあったのかと思っていた俺はホッとした。


 「ああああ!? ニンジンの味がああああ!? ジュース……俺に果物のジュースをくれぇぇぇ!?」

 「はいはい、これでいい?」


 犠牲はあったけど、まずは一位を二回取れて10ポイント獲得だ。次は……魔法無しの戦闘競技。


 さて、みんながどれくらい強いのか楽しみだね……!

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