第百十話 それぞれの事情


 「なになに? 何を思いついたのかなあ♪」

 「近い近い!? ……ちょっと思ったんだけど、歌って踊るのがいいんだよね? 演劇とかじゃなくて」

 「そうねー。お母さんはそっち方面をやって欲しいみたいだから一応目指すけど、なんかあるの?」

 

 ヘレナから距離を取り、俺はヘレナに尋ねる。今のままでいいと言えばそれまでだけどね。


 「ダンス競技って決められた演目とか無いんだろ? ふたつほどヘレナにやって欲しいことがあるんだけど、聞いてみるかい?」

 「ふうん? 面白そう♪ 言ってみてよ、あまり日数が無いからあまり凝ったことはできないと思うけど」

 「確かにそうだね。まず、一つ目だけど”チア”ってやつをやってみないかい? こう、わさわさしたポンポンっていうやつを持って踊るんだ。名前の通り主に応援をするダンスだけど、ヘレナには合っているかなって。もう一つは振り付けをもう少し機敏にする”アイドル”ってやつ」

 

 俺が片手でチアリーディングみたいな動きと、テレビで見たことがあるアイドルの動きと歌をやってみる。


 「あはははは! 面白いー♪ ……でも、よくそんなのポンって思いついたわねえ? 昔から知っているみたいな感じじゃない?」

 「そ、そんなことはないよ。ヘレナの動きを見て閃いたんだ。どう?」

 「そうねえ……今の演技に追加するだけなら”チア”の方がいいかな? ”アイドル”は振り付けと歌が大変そう。でも、ラースが考えてくれたら上手くいくかも♪」


 ヘレナの琴線にはふれたようで、できれば両方やりたいと言う。さらに、


 「確かに……ラースの動きは少しおかしかったけど、意外と上手かったと思う。やってみたらどうだい?」

 <歌が良かったと思うぞ? 我はずっと封印されていたから詳しいことはわからぬが、人間の良い部分はこういう【文化】を感じられるところにあるのだと思ったぞ>


 ヨグスとサージュまでそんなことを言い出す。そういえばドラゴンにもスキルってあるのかな? そんなことを考えていると、ヘレナが続ける。


 「うん、やっぱり両方やりたいかも! ラース、手伝ってよ♪ お母さんやみんなにあっと言わせることができそうだし、どうせ腕が治るまで暇なんでしょ?」

 「いや、暇ではないけど……」

 「そうと決まれば、早速さっきの歌を文字にして、楽器で演奏してもらえるように五年の先生に渡さない? 振り付けも一からやってみてよ。覚えるからさ!」

 

 ヘレンの何かに火が付いたようで、ぐいぐい詰めてくる。言い出しっぺなのでやっぱり無理とは言えないか……アイドルは前世の仕事柄、目にする機会もあったから記憶を頼りにすればなんとかなる……はずだ。


 「わかった。じゃあこれから俺の家に行こう。ここだと折角秘密の特訓をしててもバレちゃうし」

 「そうねえ♪ ヨグス君も来るでしょ?」

 

 ヘレナがヨグスに声をかけると、ヨグスは頷いて眼鏡を直しながら口を開く。 


 「ああ、サージュと魔法の訓練でもしていよう。……みんなより先に見れるという興味もあるし」

 「それじゃ、急ごうか。楽器ができるメイドさんがいるといいんだけど……」


 そうと決まればと、俺達はホールを後にしようと出口へ向かう。そこへ、先ほどのCクラスの子が声をかけてきた。


 「ヘレナちゃん! 練習はもういいの?」

 「あ、アンシア。うん、ちょっと別のところで練習しようと思ってねえ♪」

 「そうなんだ? ダンス競技、お互い頑張ろうね!」

 「うん。それじゃあね!」

 「と、ヘレナ急ぎすぎじゃないか……?」


 そう言ってヘレナは俺達を引っ張りホールを出た。顔は笑顔だけど、若干引きつっている気がする。


 「どうしたんだ? 強引に?」

 「……」

 

 ヨグスの言葉にも耳を傾けず、そのままずんずん歩いていく。しばらく歩いたところでようやく立ち止まり口を開いた。


 「……アンシアって外面はいいんだけど、中身は最悪なのよねえ。さっきのもアタシ達が自分の方が勝っているアピールしてるの」

 「へえ、可愛い顔をしてるのにね」


 俺が振り返ってそう言うと、ヘレナの空気が変わり、一言。


 「……ルシエールとマキナとクーデリカに言うわよ♪」


 と、言い放った。

 

 「なんでその三人……」

 「いや、僕でもわかるけど……」

 <我もだ>


 サージュもか。何か悔しいなと思っていると、ヘレナが少し前に出て俺に言う。


 「まだ早いかもだけど、誰かに決めないといつか刺されるわよ? そりゃあみんな可愛いけど、いつまでも生殺しはねえ?」

 「……」

 「まあ、いいじゃないかヘレナ。羨ましい限りだけど、お兄さんみたいにいつか選ぶんじゃないかな?」

 「まあねえ。でも、王都に行くとなったらついてきてくれるかしら?」

 「!?」


 俺の懸念をヘレナは知ってか知らずか言い放ち、僅かばかり動揺する。まだ決まったわけじゃない。だけど、ずっとこの町で居るかと言われれば答えはノーだ。

 父さんや兄さんの手伝いをしながら町の平和を守るためにギルドに入る。それもいいと思う。だけど、国王様の前で言ったように【超器用貧乏】がハズレではないと知らしめるためには、王都にも行かず、旅に出ようかとも考えている。

 俺が静かになったのを気にしたのか、門を出たところでヘレナが俺の肩に手を置いて笑いかけてきた。


 「あ、ああ、言い過ぎたわ。ごめんね♪ アタシはラースに興味はないけど、三人がちょっと可哀想でさ。……マキナ、真面目だから気にかけてあげてね?」

 「言い争いしてる癖に」

 「羨ましいのよ。騎士になるんだ! って意気込むのがね。アタシはなんとなくスキルがそうだから、って理由で踊り子だし、ね? あ、みんなに言っちゃだめよ♪ ヨグスもね!」

 「うわ、か、絡むなって……」


 腕に抱き着いてきたヘレナに、ヨグスが顔を赤くして言う。俺が苦笑したその時、サージュが指をさして声を出す。


 <む、あれはニーナではないか?>

 

 見れば確かにいつものメイド服とは違うニーナが歩いていた。ハウゼンさんとデートだったはずだけど、終わったのかな?


 「おーい、ニーナ!」

 「え?」


 俺が声をかけるとニーナが振り向いてくれた。近づいていくと、ヘレナとヨグスが挨拶をする。


 「こんにちは♪」

 「こんにちは」

 「はーい、こんにちは! あれ? もうお帰りですか、ラース様?」

 「うん。ちょっと家で二人とやることができたんだよ。ニーナはハウゼンさんとデートじゃなかったっけ? その服似合ってるよ」

 「ありがとうございます、ラース様。ええ、先ほどまでご一緒でしたよ」


 そう言って笑うニーナ。少しだけ力なく笑ったような気がしたので聞いてみる。


 「何かあった? ハウゼンさん、いい人だと思ったけど……」

 「ああ! 大丈夫、ハウゼンさんはいい人でしたよ。きちんとエスコートしてくれましたし、お食事もいいところを知ってましたね。公園でお話をした後、病院の近くにあるカフェに行ってから帰るところでしたよ!」

 「ならどうして寂しそうだったの……わ!?」


 俺が聞くと、ニーナはふと俺を抱っこする。


 「……よっと、大きくなりましたねー。ってもう十歳ですからそうですよね」

 「いやいや、ふたりが見てるし恥ずかしいよ……」

 <我も見ているぞ>

 「確かに……じゃなくて――」


 俺が抗議しようとしたら、ニーナは憂いを帯びた表情で語り始める。なんとなく口を挟む雰囲気じゃなくなったので黙って聞くことにした。


 「……お付き合いをお願いされたんですよ、ハウゼンさんに。でも、保留にして帰ってきました」

 「どうして……」

 「……わたし、今でこそ元のメイドに、旦那さまや奥様が領主に戻られていますが、あの一件はわたしがもっと早く告発しておけば、無駄な十年にはならなかったはずなんです。我が身可愛さに黙っていた。そんなわたしが今更幸せになれるわけありません。だからお断りしようかと思っています」


 そう言って俺に笑いかける。

 ……まだニーナの中ではそれが引っかかっていたのか……。でも、俺が同じ立場ならそう考えるかもしれない。

 だけど――


 「それこそ今更だよ……」

 「え?」

 「もう、あの話は終わったんだ。ブラオが捕まり、レッツェルが消えて、俺達が元に戻った時点でね。それに病気のお母さんが人質だったようなものだったんだ、選択の余地はあったかもしれないけど女性のニーナが何かをしようとしてもきっとダメだったと思う」


 これは慰めでもなんでもなく、正直なことだ。父さんも母さんもニーナのせいだとは思っていない。むしろ俺としては彼女のおかげで復讐をすることができた。


 「だから、ニーナはニーナの思う通りに生きていいんだ。俺達に気を使う必要はないよ、十年苦しんだのはニーナも一緒……いや、事情を知っていて言い出せなかったニーナの方が辛かったかもしれないしね」

 「ラース様……」

 「父さんと母さんも、兄さんだって気にしちゃいないよ。なんならこの後聞いてみてもいいと思う。母さんだってハウゼンさんとのこと、凄く嬉しそうだったよ? 俺が後を付けようと思ったら怒られたし――」

 「え、ラース後を付けようとしたの!?」

 「あ、やば……!?」


 黙っていたヨグスが驚いて口を開き、俺も慌てて口を噤む。そこへヘレナが笑いながら言う。

 

 「ちょっといけないわねえ♪」

 「ラース様……!」

 「ご、ごめん! ニーナが幸せになるのを見たくて!」


 俺が頭を抱えて謝ると、ニーナはプッと吹き出して俺の頭をくしゃりと撫でた。目に涙を浮かべながら。

 

 「本当に、もう……大きくなって……。いいんでしょうか、わたしも、幸せになって……」

 「そりゃあそうだよ。ニーナは俺達のお姉さんみたいなもんだし、家族だろ?」

 「ラース様……」

 「だからハウゼンさんのこと、考えてみてよ」

 「はい……はい……」


 俺がそう言うと頷いて笑ってくれた。

 

 そのままヘレナとヨグスと共に一緒に屋敷へ帰り、やっぱり追いかけたのかと母さんにこっぴどく叱られて、誤解を解くのが大変だった……。

 

 ニーナは何かが吹っ切れたようで、母さんにハウゼンさんとのことを話していた。どうやらハウゼンさんとニーナの気は合うらしく、その時の様子を嬉々として語る様子は見ていた俺も嬉しくなる。

 ……やっぱり、何を話していたか後をつけるべきだったかなあ……ハウゼンさんの様子も見たかった……ガチガチだったもんね。


 それはともかく、俺はヘレナの踊り……チアとアイドルの歌と振り付けを作る作業に入り、これが予想以上の苦労をすることになった。

 俺が踊り、歌い、見本をやることになったのだけど、ノーラがめちゃくちゃ笑っていたり、マキナもやりたいと言い出すなどなかなか酷い有様を呈していた……

 

 それでも各競技の調整は終わり、できる限りのことはやった。

 腕の方も母さんの薬で早めに治り、俺の出るお姫様抱っこ競技の練習もばっちりである。……ただ、連れて行くクーデリカに合わせて持ったおもりを見て『わたしそんなに重くない』とへそを曲げたりもしたけどね。


 そして日は流れて、対抗戦の日がやってきた――

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