第八十一話 涙


 「みんなをいじめたらダメなんだよー!!」

 <ぐ、ぐぐ……>

 「オラたちの先生を返してー!」

 「ノーラ……」


 ノーラの怒声が響く中、ドラゴンは動けなくなりぶるぶると震えだしていた。これは多分【動物愛護】の効果のような気がする。涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらノーラがドラゴンに近づいていく。


 「ノーラ!」

 「ん!」

 

 制止しようとする兄さんの手を取り、さらに進む。慌てて俺も追いかけ、マキナとジャック、母さんとベルナ先生がついてきた。


 「待ってよふたりとも!」

 「ウチの子達はもう……!」

 「お、俺も!」

 「わ、私も行くわ!」


 ベルナ先生救出にきた俺達が近づいていくと、グレース様の声が後ろから聞こえてきた。


 「ちょっと! 大丈夫なんですの!?」

 「大丈夫ですよう……多分」

 「多分って……!?」


 ベルナ先生の言葉に驚くグレース様。しかし今はノーラの方が心配だと、見守る。するとノーラはドラゴンの足に『触って撫でた』。


 「あれ? 魔法障壁は……?」


 兄さんが恐る恐るノーラと一緒に触りながら呟く。俺はなんとなく思ったことを口にする。


 「……多分あれは『攻撃』に対しての『防御』なんだと思う。だから発動しないんだよ」

 「なるほどね」


 兄さんが納得していると、ジャックやマキナもぺたぺたと触れていた。子供はこういう時強いなと思う。

 

 「かてぇなあ」

 「見た目どおりごつごつしてるわね」

 <うぬう……>


 呻くドラゴンに、ノーラが兄さんの手を離して足首に抱きつき、語り掛けるように話す。


 「ドラゴンさんはお名前なんていうのー? オラはノーラだよ」

 <名前……我は……”サージュ”……レイナがつけてくれた名前だ……>

 「サージュは寂しいんだねー……こうやって触ると、レイナさんって人がどれだけ好きだったかわかるよー……」

 <……>


 ノーラが落ち着かせるようにポンポンと足を撫でる。そこへジャックがノーラの手を掴む。


 「悪いねお兄さん。ノーラの手をちょっと借りますよっと。……みんな俺の手を触ってくれ。【コラボレーション】」

 「「「あ……」」」


 【コラボレーション】で【動物愛護】の効果が俺達に伝わる。これは悲しみと寂しさかな……あれほど吠えていたドラゴンの胸中はぽっかりと穴が開いたように何もないような気がした。


 「寂しいならオラが友達になるよー。オラも小さい頃はひとりだったけど、ラース君とデダイト君が友達になってくれて嬉しかったんだー。今は学院の友達もいて本当に楽しい。サージュも友達になってほしいなー?」

 <……>


 ノーラの言葉を無言で聞く古代竜のサージュ。しばらくノーラと目を合わせていたが、目を瞑り、ぽつりぽつりと呟き出す。


 <……我がレイナに出会ったのはまだ卵から出たばかりだった。トカゲとあまり変わらない我をレイナは城で可愛がってくれたものだ……>


 サージュ曰く、レイナ姫は結構なおてんばで、よく城を抜け出して山へ遊びに来ていたらしい。帝国の姫だったけど、独裁政治のせいで他国はおろか、自国民からもあまりいい評判ではなかったと、いつもサージュに愚痴を零していたのだとか。


 <楽しかった日々にも終わりは来る。我はドラゴン故、体がどんどん大きくなるにつれ、城に置いておくことはできないと追い出された。それ自体は良かった。レイナに迷惑をかけたくは無かったからな>

 「それじゃあどうして封印されたのかしらぁ……」

 <今となっては分からない。最後に合ったレイナはテイガーという男と一緒に居て、また必ず戻ってくるからと言い残し去っていった。それから五年か十年か……少しだけ年月が経ったころ、南の空が赤く染まっているのをぼんやり見ていた。その後、久方ぶりにテイガーが我の下へ訪れたのだが、声をかける前に数人の人間が我を取り囲み……我を封印したのだ。レイナを我に渡したくなかったのだろうとは思うが、なぜかあの時、テイガーは泣いていたな>

 

 サージュは遠い目をしてそう言い、ふと俺達に目線を移してまた口を開く。


 <……なぜ、お前達が泣いているのだ?>

 「多分、テイガーさんと同じ理由だと思う」

 

 兄さんがそう口にし俺も頷く。テイガーさんのやったことは褒められたことじゃない。けど、気持ちはわかる。


 <どういうことだ……?>

 

 分からないといった感じでサージュが俺達に尋ねると、ベルナ先生とティグレ先生が答えてくれた。


 「ここから南はルツィアール国……昔だと帝国があります。恐らくその赤く染まった空は……城や町が燃えていたんだと思いますよぅ……」

 「……帝国が攻め入られたんだろうな。その時、レイナって姫は……死んだんじゃねぇかと思うぜ。テイガーってやつは婚約者かなにかだったんじゃねぇのか?」

 <……わからぬ。レイナが大事な人だと紹介してくれたことはあるが……>

 

 サージュが困惑して言うと、ノーラが泣きながら叫ぶ。


 「きっと婚約者だったんだよー! オラもデダイト君の婚約者だもん! 大事な人ってそういうことだよきっと!」

 <そうか……あやつはそれを我に知られないよう封印をしたのか……>

 「だと思うよ……結局、サージュは激昂して国を滅ぼそうとしたわけだから、テイガーさんが真相を隠したのは良くなかったけどさ」

 <真実を教えず倒してくれれば良かったものを……>

 「きっと、あなたのことも大事だったのよ。だから殺せなかったんじゃないかしら?」

 <……>


 母さんの言葉を聞いて再び目を瞑る。そこへノーラが明るい声で話しかけた。


 「オラ達と友達になろうー? ……もうレイナさんって人はいないけど、オラはサージュと仲良くなりたいなー! 一緒に遊んだり背中に乗せてほしいかもー」


 ノーラに便乗する形でジャックが言う。

 

 「だなー。ドラゴンが友達だったら自慢できるぜ?」

 「学院のグラウンドなら迎えに来てもらえるかも」

 「俺は空を飛べるから一緒に飛べるな」

 「んー、わたしはレイナさんに似ているくらいかなぁ。でも、みんながいれば寂しくないわよねぇ!」

 <お前達……>

 「冷たっ!?」


 サージュが呟くと同時に、俺達の頭に雨が降り注ぐ。それは、サージュの涙だった。


 <我は寂しかったのだ。必ず戻ってくると言って戻ってきてはくれなかった! レイナやテイガーがここへきて笑って話してくれるだけで良かったのに……! 何故死んだのだレイナ……何故我をひとりにしたテイガー……!>

 「ちくしょう……なんかやるせねぇな!」

 

 ボロボロと泣くサージュに同情するジャック。ノーラの【動物愛護】の感覚を貰っているのでもろに悲しい感情が伝わるのかもしれない。ひとしきり泣いた後、サージュは手足が動くことを確認し、ティグレ先生の体から足をどける。

 

 「サージュ!」


 友達になれるかと歓喜するノーラ。


 だが――


 <……だが……やはりレイナのいない世界に意味はない……! 死ね!>

 

 動けるようになった直後、サージュが俺達に牙を剥いた! 狙いはノーラか……!


 「……!? させないよ!」

 「ひゃあ!?」


 最初に動いたのは隣に立っていた兄さんだった。ノーラを突き飛ばし立ちはだかり魔法を使うため手をかざす。俺もレビテーションで浮き構え、足元では解放されたティグレ先生が槍を掴んで胴体めがけて突き上げる。

 ドラゴニックブレイズを使えるほどの魔力は残っていないけど、ハイドロストリームなら撃てるかと手を突き出す。


 「<ハイドロストリーム>! 障壁でガードされても一瞬隙が出来れば逃げれ……あれ!?」

 「障壁が無い? <アクアスプレッド>!」


 バシャァァァァ!

 ドドドドド!


 <ぬううう……!>


 そして、ティグレ先生の槍が胴体へ――

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