第六十四話 相手国の教師


 わーわー……


 今日は学院はお休みだけど、聖騎士部同士の対抗試合があるグラウンドにやって来ていた。マキナの雄姿を一目見ようとAクラス全員とベルナ先生、ティグレ先生、それと兄さんもここに居る。左右の斜面には俺達オブリヴィオン学院の面々が。反対側には相手学院の応援者がいる。

 わざわざ馬車で国境を越えてきてくれたみたいだけど、敵国でない場合は貴族のお茶会や夜会でもあり得るので気になることでもなかったりする。


 「うおおお、燃えるなこれ」

 「だなあ、練習風景は体操着だけど、実戦だと本当に鎧を着るのがびっくりしたね」

 「ウチのクラスからもひとり出ているんだよ」

 「マジですかお兄さん、誰です?」

 

 何気にブラオが殺しかけたという情報のおかげでリューゼは兄さんに対してとても素直だったりする。気に病むことはないと言っているんだけど『それはそれとしてお兄さんいい人じゃん』ということらしい。

 ふたりがそんな感じで会話をしていると、袖が引っ張られたので俺はそちらを振り向く。


 「あの……今日、お弁当持ってきたから一緒に食べよ?」

 「本当? そりゃ嬉しいな、なら俺のお弁当はみんなで食べようか」

 

 なんとルシエールが弁当を作ってきてくれたらしい。一度謝罪しにウチに来たっきりだし、今度はルシエールの家へ挨拶するため遊びに行こうかな?


 「なんと、私も手伝いました!」

 「ルシエールは料理よくするの?

 「うん、お手伝いでね」

 「無視!?」


 まあ、あの場で話を聞いていたルシエラもいるわけだけど、相手にしない方向でいくつもりだ。断固として。


 「わ、わたしもパンを持ってきたの。でもルシエールちゃんに先を越されちゃった……」

 「あ、クーデリカも持ってきてくれたんだ? 折角持ってきてくれたんだしもらうよ。食べきれないから俺の弁当も食べてくれよ」

 「わあ! うん!」

 

 俺が笑いながらそう言うと、ヨグスとジャックが口を尖らせて言う。


 「いやあ、モテモテですなあヨグスさん」

 「だね。まあ、それだけ魅力があるってことだろうから僕達も負けていられないね」

 「僕は牛乳飲んで背を……」

 「んふふーガンバー♪」


 ……モテモテではないと思うけど……クラスメイトふたりだし。でもクーデリカは積極的に声をかけてくれる印象があるかな? 次いでマキナだ。ルシエールは例の件があるからか遠慮がちに話してくる気がする。

 結果的に危なかったのはふたりだし、姉の半分くらい図太くてもいいと思う。正直、リューゼといいルシエールといい、いい子だよね。


 「へっくち!」

 「お姉ちゃん大丈夫?」


 さて、そんなこんなで試合が始まるようで選手が並んでいく。だけどグラウンドの状況を見て俺達は戦慄する。


 「……なんだありゃ!?」

 「で、でけぇ……」

 「ほ、本当に同い年なんですか……」


 みんなの言うことももっともで、鎧を着ているとはいえ、体の大きさはこちらのメンバーよりも大きい。マキナに至っては、前に立っている女生徒と頭一個分くらいの差がある。


 「こりゃ、嵌められたかな?」

 「どういうことですか!? あ、あんなのとぶつかったらマキナちゃん大怪我しますぅ! 辞めさせないと」

 

 冷静なティグレ先生にくってかかるベルナ先生。言いたいことはわかるけど、多分ティグレ先生が今から言うことが正しいような気がする。


 「親睦を深めよう、みたいな感じで打診を受けたんじゃねぇかな。顧問のサムウェルのやつ人がいいだろ? 向こうの教師に生徒に自信をつけさせるために騙されたんだよ」

 「なら猶のこと……」

 「証拠がねぇ。それに顧問はあいつだ、口出しは難しい」


 五年制だけど、ウチの学院は先生に変な人はいない。むしろ色々と手を尽くしてくれるいい先生ばっかりだ。だけど、他の学院はそうもいかないらしい。俺は一応、向こうの学院の名前を聞いておこうとティグレ先生に尋ねる。


 「ティグレ先生、あいつらってどこの国の学院なの?」

 「ん? 俺達のいる”レフレクシオン”王国の隣国である”ルィツァール”国だな。学院名はナイツだ。……変な気を起こすなよラース?」

 「いや、そんな気はないけど……」

 「……!?」

 「どうしたベルナ先生?」

 「なんでもない……」


 俺が反論をしていると、ティグレ先生の隣にいたベルナ先生の顔色が変わった気がした。様子がおかしいと思ったので、声をかけようとしたけどジャックが頭の後ろで手を組んで俺に言う。


 「いや、だってリューゼの件があるからそりゃ先生はそう言うだろ。……今度は俺も混ぜろよ?」

 「やらないって……」

 「ラース君は、オラ達に相談してくれないもんねー」

 「本当だよ」

 

 ノーラと兄さんも口を尖らせて抗議する。

 だいたい俺がどういう風に思われているかわかった気がする。ま、まあ、今度切羽詰まるような状況になることはないだろうし、この印象も払しょくできるはずだ。うん。

 そこで、サムウェル先生が相手の先生に抗議の声をあげるのが聞こえてきた。


 「――れは、話が違う! グルドー先生、あなたは軽い練習試合だと言っていたはずだ!」

 「いえいえ、ウチとしても今回のメンバーはまだ実力がそれほどないのを集めているのです。胸を借りるつもりで、ね?」

 「へへ……」

 「ぐっ、どう考えても四年生か五年生だろう……!」

 「歳は関係ないでしょう? 実力で決めたのですから」


 なるほど、ティグレ先生の言う通り騙されたというのは間違いなさそうだ。

 相手は間違いなく腕が立つ生徒だしね。実力差を見せつけるか、先生の言う通り自信をつけさせるのが目的か。

 サムウェル先生がマキナを選抜したのは、実力的にそれほど強くないなら、いい勝負ができた方が後の成長につながると思ったからだと思う。


 「……先生、やりましょう! ね、先輩!」


 一番下のマキナが拳を作って言うと、主将っぽい人がサムウェル先生へ言う。


 「そう、だね。先生、やりましょう。俺達なら問題ないです!」

 「う、む……来てもらったからにはやるしかないか……メンバーの入れ替えを……」

 「いえ、最初のメンバーで行きましょう。それが約束というものでしょう?」


 オールバックの茶髪眼鏡の先生が眼鏡を上げながら言い、口をへの字に曲げながらもマキナ達はそれでいいと口々に声を上げていた。

 

 「あのクソ眼鏡むかつくな」

 「気が合うな、俺もそう思っていた」

 「僕もだ、同じ眼鏡として許せないね」


 珍しくヨグスが静かに怒っていた。それでも今のところ俺達にできるのはこっちのメンバーが勝つことを祈るばかりだ。


 「始まるぞ」


 固唾をのんで見守るなか、戦いが始まった。

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