第四十九話 状況証拠と毒薬
「先生……!」
「よう、リューゼ! 領主様はどこか具合が悪いのですか?」
「ま、まあな……き、貴様もどこか悪いのか? ……ふふん、頭がおかしいのだな?」
「否定はしませんがね」
「くっ……減らず口を……」
皮肉をあっさり返され歯噛みをするブラオ。しかし先生がどうしてここへ? リューゼは先ほどまで沈んでいた顔が少し明るくなったような気がする。聞き耳を立てていると、先生が口を開く。
「俺は通りがかりですよ。子供たちが帰るのに危なくないかチェックをするのも我々の務めですから。ほら」
ティグレ先生が指さす先に女性がいた。こちらには気づいていないようだけど、あれは……兄さんの担任だったかな? 彼女が道の向こうに消えていくとブラオが目を細めてから言う。
「……仕事熱心なことだな? 学院内の貴族も平民も同様という部分は気に入らんが、生徒や親は安心できるだろうな」
「ええ。身分はどうあれ、ひとりの子供ですからね。では、俺も巡回に行きます。悪いところがどこか分かりませんがご自愛ください」
「うむ」
ティグレ先生は目が怖い笑顔でその場を去る。こっちに来たので咄嗟に姿を消し病院の屋根に飛び移った。下ではブラオが鼻を鳴らして先生を見つめ、すぐにリューゼを連れて病院内へ姿を消した。
「――を連れてくるとは珍しい。イルミ、今日は終了の札を下げておいてください」
「はーい」
屋根の上で伏せていると、二階のとある部屋からレッツェルと先日受付にいたお姉さんの声が聞こえ、続けてブラオが話し出した。
「今日は状況の確認だ。あれからラースは来ていないか?」
「……!?」
「そうですね、来ていないです。僕とあなたが繋がっているとは思わなかったのでは? ……ただ、恐れているからといってこう頻繁に来られては怪しまれる可能性があると思いませんかね?」
「い、いいのだ! 最近調子が悪いと吹聴しておけば問題あるまい!」
やはりこいつとブラオは繋がっていたかと確信ができ俺は口元が緩むのを抑えられなかった。
今日行動を起こして本当に良かったと思う。惜しむらくは録音できるものがこの世界にはないということだね。
だけど、どうしてリューゼをここに連れて来たんだろう? 俺がリューゼに告げ、それを聞いての行動だろうけど逆にこの繋がりを誰かに話すとは考えないのだろうか。
それはレッツェルも思ったようで、
「で、息子さんを連れてきた理由はなんでしょうか? あなたと繋がっていることを知られるのはお互い良くないと思うのですが?」
「……そのとおりだ。しかし、最近私の後をつけてきておってな。こそこそと探られて周囲に見られるよりはいっそ話した方が良いと判断した」
「ふむ、そういうことでしたか。リューゼ君、だったかな? 僕はレッツェル。お父上とは友人でね、手段を考えた末、前領主の息子を犠牲にするしか無かったんだよ」
いけしゃあしゃあと胸糞悪いことを言ってくれるね……。ブラオの欲望を満たすためにどうして兄さんが犠牲にならなければならないのか。踏み込んで魔法でレッツェルを消し去ってやろうかと思っていると、リューゼが恐る恐る口を開いた。
「ど、どうして、父上の計画に手を貸そうと思ったんだ?」
「面白いと思ったからですよ?」
「は……?」
「言った通りです。僕は人が苦しむ様を見るのが好きでしてねえ。特に『自分ではどうしようもないことの絶望』に満ちた表情が! 前領主夫妻はいい顔をしていましたよ。息子が助からないと僕が告げた時の――」
「もういい、止めろ。息子が怯えている」
窓の縁からチラリと中を見ると、リューゼが顔面蒼白で俯いているのが見えた。リューゼ……
「これは失礼。今後リューゼ君が領主になるなら、僕という人間を知ってもらわないといけないと思っていましてね?」
「そういうことだ。先生が居れば、私達は安泰なのだ」
「……父上は」
優しげではあるが、困惑顔のブラオに肩に手をおかれる。その瞬間、リューゼはブラオに顔を向けて何か言い出した。
「父上は領主になる前なにをしてたんだ……? 領主にならないといけないくらいお金が無かったのか?」
「む……」
リューゼのセリフに、そういえばブラオが領主になる前のことなど興味が無かったことに気づく。表情が曇るブラオを真っすぐ見るリューゼ。
「……お前に必要は無い」
「なんでだよ! ラースの家が貧乏だって言っておいて、実は俺達もそうだったんじゃないのかよ! だったら俺達が平民を蔑むのは間違っているし、貧乏に仕立て上げた父上はラース達を貧乏人って言える立場じゃないだろう!?」
「うるさい……! お前は黙って私の言うことを聞いていればいいんだ!」
リューゼのやつ、十歳でそこまで考えられるとは恐れ入るよ。誰かに相談したのかな? 何でもいいけど、俺が見ていないところでこれだけ言うこいつを嫌いになれそうにないね……ちょっと泣きそうになっていると、面倒くさそうな口調でレッツェルが言う。
「まあ、言えないでしょうよ。あなたのお父上は――」
「おい、止めろ!?」
「元々、前領主の使用人として働いていたのですから」
「え!?」
レッツェルは目を細め、嫌らしい笑いを浮かべて二人を見た後、少し間をおいて言葉を続ける。
「……」
「くく、そりゃあそうでしょう。そうでもなければ領主の息子に毒を飲ませるなど不可能。だけど信頼と実績がある使用人ならどうでしょう? 少し目を盗んで近づくことは難しくない。メイドを一人脅すだけで、ね」
「お前か! お前が父上を……! うぐ……!?」
「や、やめろレッツェル!」
「……あまりガタガタ言うなよ、小僧? ブラオの生殺与奪は僕が握っているんだ。もちろん息子である君も、だ」
ちゃぽん……
急に豹変したレッツェルがリューゼの胸倉を掴んで椅子に押し付け、顔を近づけていた。空いた手にはいつの間にか握られていた緑の液体が入った小瓶が握られていた。
「……!?」
「や、やめろ……リューゼには手を出さないでくれ!」
「いい顔ですよブラオ。しつけをきちんとしておかないと、リューゼ君がどうなるか分かりませんねえ」
「わかったなリューゼ? ローエンの息子と友達など諦めてくれ。我儘を言うとお前が殺されてしまうのだ」
リューゼは仕方なくと言った感じで力なくうなずく。ブラオめ、自分で蒔いた種だろうに被害者みたいな言い方をする……
だけど収穫はあった。あの小瓶、あれを奪ってどこかで【鑑定】してもらえば……? いや、あれで兄さんを殺そうとしたという証拠にはならないのか……
どちらにせよあれは俺が貰っていく。
残り少ないインビジブルでどうにかできないか、俺はリューゼたちが帰った後もじっと身をひそめる。流石に姿を消せることまでは加味しておらず、鍵付き棚の鍵の位置もばっちりなので薬を回収することが出来た。
「やった! これでひとつ目的が果たせた! いや、そうか……こうなるとこの手も使えるか?」
俺はひとつ、問題はあるが確実な方法に思い当たった。
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