第四十七話 探り合い


 ルシエラがブラオとリューゼが病院にいたという話から……早二日経っていた。俺は当日にでも病院へ行く予定だったんだけど――


 「今日はオラもギルドにいくー! ラース君と遊ぶの!」

 「じゃあ僕も行っていいかな? カード作ってみよう。……お小遣いも欲しいし」

 「わ、わたしも行きます!」

 「くっ……聖騎士部が無ければ行くのに……」


 と、休みの日からご立腹のノーラが爆発して俺についてくると言い出し、身動きが取れなくなったのだ。 クーデリカも一緒についてきて、大工の棟梁の依頼をこなし、僅かに手に入れたお金で買い食いをしてノーラの機嫌がなおったのはつい昨日のことである。


 「……ノーラのやつ、いったいどうしたんだろうね。兄さんがいるから寂しくは無いと思うんだけど? 友達と遊ぶのも俺抜きで行ってもいいのに」


 まあ昨日は喜んでいたから良しとして、今日は用事があるといってみんなのお誘いを断り、俺は今、病院近くの本屋で立ち読みをしながら様子をうかがっている。

 俺は幸いなことに重い病気にかかったことがなく、少しくらいなら母さんの薬で治るのでここにお世話になったことが無い。


 ブラオが来ていた、というだけなら病気の可能性もあり、リューゼを探しているのも辻褄が合う。だけど、よく考えてみると、いくら母さんが薬を作れると言っても死ぬようなレベルの重症だった兄さんを病院に連れて行かないはずがなく、診断した医者がいないわけがないのだとルシエラとリューゼの会話で気づいた。


 「……今更だけど、やらないよりはマシだよね」

 

 もっと早く気づくべきだったことを恥じながら、病院の様子を伺う。だけどお年寄りや子供連れの親子が数人笑顔で出てくるだけだった。その時、常に眼鏡をかけた白衣の男性が、やはり笑顔で手を振って見送っている。

 病院とは言っても日本のような大きな建物ではなく、二階建ての少し大きい一軒家で、きっと一階部分に診察室や入院するベッドがあるのだろうと推測できた。


 「正面から行くか? それともインビジブルを使って中へ入るか……でも、折角だし――」

 「折角だしなんだい?」

 「今ちょっと考えているんだ、どうするかなあ」

 

 あれ? 今のって――


 「考えているのはその手に持っている本を買うかどうかかなあ? 立ち読みは禁止だって張り紙、あるだろう?」

 「あ!? ご、ごめんなさいー! いくらですか?」

 「五百ベリルだ。……毎度! 立ち読みすんなよ!」

 「はーい!」


 めちゃいかつい本屋の店員にお金を払い、本を持って店を出る。……迫力ある人だったなあ。って、俺は何の本を買ったんだろ?

 

 ”女性を落とす十のテクニック! 今回の付録は家でもできる魔法の訓練!”


 「……」


 ……付録に興味があるからこれは取っておこう。むしろメインはそっちを推すべきでは……?


 そそくさとカバンに本を入れて病院の前に立つ俺。さて、健康体の俺が病院に来ること自体おかしいので、やはり悩む。


 「ま、なるようになるかな?」

 

 俺はそう呟いて病院の玄関を開けた。中に入ると、患者さんは待合室らしく場所にはおらず、診察が終わったのかなと周囲を見渡していると、


 「あら、君、どこか具合が悪いの? お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」

 「あ、はい。最近疲れが酷くて……診てもらいたいんですけど、大丈夫ですか?」


 ナース服といったものは無いらしく、白衣を着たお姉さんが俺に声をかけてくれた。お姉さんはにっこり笑ってカルテを俺に差し出す。

 

 「ここにお名前と歳を書いてもらえるかな? 今は暇だしすぐ呼んでもらえるわよ」

 「あ、分かりました」


 カルテに必要事項を記入してお姉さんに渡すと、うんと頷いてから奥へ引っ込む。5分もしないうちにお呼びがかかった。


 「ラース君、どうぞ」


 少し高いかなと思える男の声が奥から聞こえてきて、俺は『診察室』と書かれた部屋の扉を開ける。そこには――


 「やあ、君は初めて見る子だね? さ、座るといい」


 コバルトブルーの髪を真ん中で分け、細いフレームの眼鏡をかけ、これまた細い目をした三十半ばの男がにこにこしながらこちらを見てそう言った。


 「はい、お願いします」

 「まずは名前を。僕は”レッツェル”だ、よろしく、ラース君。さて、疲れやすいと書いているけど、学院の生徒だろう? 運動の授業ではしゃいでいるんじゃないのかい?」

 「いえ、そんなことは無いです。ギルドで依頼もしていますけど、雑務がメインなので疲れるようなことはないかなと」

 「へえ、まだ十歳なのに偉いねえ。何か思い当たることとかない?」

 「そう、ですね……家のことで少し悩みがあるかも……」


 俺が目を伏せてそう言うと、レッツェル先生が眉を下げて俺の顔を見る。そして手をポンと打ってから俺の額に手を当てて言う。


 「ふむ、熱はないね。脈も……正常だ。家のことを話してくれるかな? 話すと楽になるかもしれないよ?」

 「……そうですね……実は、昔父さんが領主だとわかったんです。でも、今はお金が無くてぎりぎりの生活を……もしずっと領主だったらこんな生活じゃなかったかもって思うと……」

 「……! フッ……」

 「……!」


 こいつ……!


 「そうなんだね……でも、それはもう過去のことだ。だから未来にはきっといいことがあるよ。できることをやっていくしかない。生きていくってことはそういうことだよ」

 「……かもしれませんね。ありがとうございます。……あ、先生、昔この病院に重病人が運ばれてきたことがありませんか?」

 「ん? そうだね……十年位前に男の子がひとり運び込まれてきたことがあったな。奇跡的に助かったんだけど、今頃どうしているかな。僕も必死に助けようと頑張ったからあの時はホッとしたよ。さて、そろそろいいかな? また、ここへくるといい。僕でよければ話を聞くよ?」

 「はい」

 「それじゃあね」


 俺はぺこりと頭を下げて病院を後にする。早足で歩く俺の表情はどうなっていたか分からないが、胸中にどす黒いものが渦巻くのが分かった。


 「……ビンゴだ! あいつがブラオと共謀して兄さんを殺そうとした男……!」


 確信はあった。何故か?


 ……あいつは父さんが領主だったことを告白した瞬間、笑ったのだ。そして、兄さんが運び込まれた話をした際も気遣う言葉を放ちながらやつは、レッツェルはずっとにやにやと嫌らしい笑いを浮かべていたからだ! 殺す気だった、残念だった、そう目が言っていた。あの目には覚えがある。前世の弟が俺を見るときの目だったから。


 「必ず尻尾を掴んでやる」


 決意を新たにし、増えた標的と証拠を探すための考えを巡らせ始めるのだった。



 ◆ ◇ ◆


 

 二階の窓からラースの背中を見て笑う人影があった。


 「くっくっく……あれがアーヴィング家の次男か。なるほど、賢しそうな子供だな」

 「あ、あやつは私と先生のことを知ったのだろうか!? だからここに……」

 「いや、違う。あの子もまだ探りを入れている段階だろう。だが、ブラオさんの息子に言ったことは的確で間違いないこと。それがどこから漏れたのかが気になりますね」

 「ニーナが言ったのかも……」


 ブラオが青ざめると、窓を見ていた『先生』ことレッツェルがブラオへ向き直り煙草を口にする。


 「彼女が彼に? ……考えにくいですね。言うなら父親か母親に告白すると思いますが、両親にその素振りは見られないのでしょう?」

 「た、確かに……もし私が子を殺そうとしたことがばれていればローエンが駆け込んでくるに違いない……」


 するとレッツェルはふー、と煙を吐き細い目を少しだけ開けてからブラオへ耳打ちをする。


 「……なあに、黙っていればばれませんよ。証拠は僕が握っていますからね。くく、あの毒薬は捨てるには惜しい。赤子とは言え、一滴で死にかける薬などそうそうありませんよ。まあ、兄の体に毒素が残っていて、この特殊な毒薬と照合が確認できない限りは安泰ですよ」

 「……」


 ブラオが目を逸らして口ごもると、レッツェルはポンと手を打ってから大仰に手を広げて言う。


 「そうだ! 貧乏に耐えかねて一家揃って心中、とかも面白いかもしれませんね! 領主のあなたが野菜や薬を売れないようにするとか圧力をかけて、どうです?」

 「……マリアンヌの薬は上等だ。あれを切るのは勿体ない……」

 「くく、その地位を守りたかったら僕の話に耳を傾けるのがいいと思いますけどね? あの時のように……」

 「そうだな……今日はこれで失礼するよ」

 「お気をつけて」


 ブラオは蒼白になった顔を隠しもせず正面から出ていく。地位は惜しいが、殺しは寝覚めが悪いし、足が付いた時は極刑になる可能性が高いと頭を振る。


 「お前が悪いんだ、ローエン……お前が私の――」



 ◆ ◇ ◆



 「……父上、また病院に……なにやってるんだ……?」

 「お、リューゼじゃないか。どうしたぁこんなところで!」

 「うひゃ!? ……ティグレ先生!」

 「おう、俺だ。……親父さんか? いいのか追わなくて? そういやラースとは仲直りできたのか? まあ男の子だからケンカは……ってどうした!?」


 リューゼはその言葉を聞いて不意に涙がこぼれる。自分を本当の意味で叱ってくれたティグレに、リューゼは――


 「う……先生、俺、どうしたらいいかわかんねぇよ……!」

 「……何があった? 俺に話せるか?」


 リューゼはこくりと頷き、ティグレに抱き着いた――

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