第四十一話 ラースの葛藤


 ――リューゼがまともな思考を持つことは悪いことではない。いつか必ずブラオに痛い目を合わせることになるのは間違いないので、リューゼは路頭に迷うかもしれない。そうなった時正しい選択をすることがきっとできるからだ。

 そして恐らく、追い落とされればリューゼは俺を恨むだろう。そこまでは織り込み済みで、あくまで俺の目的は父さんを領主に戻すこと。

 家に向く可能性のある憎悪。今まさに俺がブラオに抱いているものが俺一人に向けば両親と兄さんには矛先が向くことはないと算段している。

 もちろん先のことは分からないけど、最終目標を考えるとリューゼと友達になることは不可能なのだ。


 俺がそう思いながら歩こうとしたところでリューゼに回り込まれ怒声を浴びせられた。


 「な、なんだよラース! お前許してくれたんじゃないのかよ!? どうして友達になれないとか言うんだ!」

 「言ったとおりだよ。リューゼとは友達になりたくないだけ。恨んでくれていいよ、これは俺の勝手だから」

 「……なんでだ? お前は『ルール』とか作るくらいだし、俺が謝ったらありがとうって言った。俺のことが本当に嫌いならそんなことは言わない、と、思う……」

 「……」


 まさか食い下がってくるとは思わなかった……これは予想外だと俺は困惑する。どうしようかと思案していると、リューゼが続ける。


 「俺、お前が働いているのをみて本当に凄いと思ったんだ。クラスメイトは誰もしていないギルドの依頼をちゃんとやっててさ! ……俺は将来領主になれって言われているけど、本当はスキルで魔物退治とかしたいんだ。それを言うと父上が怒るけど……」

 「そう。でも俺には関係ないよ。そろそろ戻らないと先生に怒られるよ、戻ろう?」

 「嫌だ! ラースがちゃんと俺のどこが嫌いか言ってくれるまで離さないぞ……! 悪いところがあったら直すよ。きっと先生もそう言うと思う!」


 一体先生になにを言われたのか……。悪態をついていた入学式と次の日からは考えられない言動だ。もちろんリューゼ自身は俺に対して謝罪してくれたので、もうわだかまりは無いんだけど。


 「いや、さっきも言った通り俺のわがままだよ。なんとなく、リューゼは気に入らない」


 本当のことを言えるわけもなく、俺は適当に答える。すると――


 バキッ!


 「痛っ!? なにするんだ!」

 「そんなの理由じゃないだろ! 言えよ、この……!」

 「やめろ、別にいいじゃないか俺が友達じゃなくても! 無視したりはしないから」

 「うるせえ、本当のことを言え!」

 「うわ……!?」


 ごろごろともみくちゃになって地面に転がる俺達。タイミング悪く、リューゼが俺に馬乗り状態になってしまった。リューゼは俺にぽかぽかと殴りかかってきたがそれを防いでいると、ふいに水が一滴、俺の顔に落ち、攻撃が止んだ。


 「……? リューゼ、お前……」

 「なんでだよ……! 俺のことが嫌いでもいいよ、でもなんとなくとかは嫌だ……理由を言えよ……お前、頭いいから何か隠してるんだろ……!」


 俺の胸倉を掴んだまま鼻水を流してリューゼは泣いていた。


 (ねえ、お母さん。どうして***ばかりいい子って言うの? 僕が嫌いなの……?)

 (そうねえ……なんとなく、かしらね? いい子に見えないからよ、きっと。お兄ちゃんなんだからもっとしっかりなさい。宿題あるんでしょ?)


 「……っ!」


 不意に、子供のころだった『三門 英雄』の記憶がフラッシュバックする。

 俺はあいつらと同じことを……


 「おーい、お前らケンカはダメだぞ!」


 リューゼが大泣きしていると、ティグレ先生やクラスメイトが近づいてくる。俺は覚悟を決めて、こいつに言う。


 「……わかった。なんで友達になれないかを教えてやる。二人だけの時に。だから、今は泣くな」

 「う……ぐす……ほ、本当だな! 絶対だぞ!」

 「ああ、約束する」


 俺がそう言うと泣き笑いの顔で俺から手を離す。直後、ティグレ先生がリューゼを引き離した。


 「リューゼ、どうしたんだ! ……ってなんで上に乗っている方が泣いているんだ?」

 「う、うるさいな! な、泣いてないよ! ちょっと転んだだけだって、ほら、ラース」

 「ありがとう」


 リューゼの手を取って立ち上がると、すぐにリューゼはジャックやヘレナに冷やかされていた。砂埃を払う俺に、ノーラとルシエールが近づいてくる。


 「大丈夫ー?」

 「何があったの? ここも汚れてる」

 「あ、サンキュー。ちょっと言い争いになったんだ」

 「貧乏人かな? あれは次言われたらオラが言い返そうと思ってたんだー!」

 「うん。別に学院に入れるお金があるんだから貧乏じゃないしね」

 「はは、ありがとうふたりとも。今日中にリューゼと決着はつけるから安心して」

 

 そう言って授業に戻る俺達。

 若干、気まずい雰囲気があったものの、リューゼがジャックにいじられ、空気が良くなり剣術の授業は終了した。



 ――さて、リューゼの想いはわかったのでこっちも本当のことを話そうと思う。

 これは賭けだけど、ブラオにリューゼが真相を知っていることを告げた後にたわごとだともみ消してくれるのが望ましい。悪手だとは思っているけど、あの調子でぐいぐい来られると日常生活に支障が出そうで困る。

 ティグレ先生に話すのも手かと思ったけど、最終手段にすることに決めた。


 最悪のパターンにならなければいいけどと思い、俺はリューゼの待つ屋上へと向かう。

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