第47話 孤独のエルフ
「何の為にこいつを盗んだんだ?」
俺は取り戻した竜玉を手に、エルフの少女を問い詰めた。
「……」
だが彼女は黙したままで語ろうとはしない。
逃げようとしないのは、俺にすぐ捕まると思っているからだろう。
「金に換えるにしたって、これはありふれた物じゃない。すぐに足が付くぞ?」
「えっ……」
少女は驚いた様子を見せた。
そんな事すら分からずに盗んだのか?
盗人としては素人だな。
だが、見た目通りなら相手は子供だ。
この歳で盗みが熟練の粋に達していたら、世も末だ。
しかし――。
俺は彼女の背中にある弓に目が行った。
あの弓で遠距離から小さな竜玉を射貫いたのか?
しかも、人混みの中、他の人間に当てずに竜玉だけを狙って……。
もし、そうだとしたら相当な弓取りだ。
それに射貫いた直後には、弾いた竜玉を自らの手で掴んでいた。
素早さも尋常じゃ無い。
エルフなら有り得るかもしれないが、それでもかなりのものだ。
盗みは素人でも、そっちは卓越したものを持っている。
なのに、なぜ?
「他に仲間がいるのか?」
「ううん…………あっ」
俺の質問に反射的に首を横に振ってしまったようで、彼女はハッとなっていた。
そこに嘘は無いように見える。
ということはやはり、弓も盗みも一人でやったようだ。
「金に困ってるのか? だが、それほどの弓の才があれば、冒険者として食っていけるだろ?」
「え、そうなの?」
「まさか……冒険者を知らないのか?」
彼女は首を縦に振った。
思っていた以上に世間のことを知らないらしい。
そこで俺は生業としての冒険者について、彼女に話してやった。
すると彼女は頻りに瞬きを繰り返し、相当戸惑った様子だった。
「何の為に、そんなに金が必要なんだ?」
「えっと、それは……」
少女が語ろうとした直後だった。
グゥゥゥゥ……。
「うう……」
少女は思わず自分の腹を押さえた。
恐らく、というか確実に今のは彼女の腹の虫だろう。
「その為か」
「……」
図星だったのか、彼女は頬を赤く染めた。
食事をまともに得られず、盗みを働くエルフ。
本来、高貴であるはずの種族がそこまで堕ちているのには何か事情がありそうだ。
「あの……ルーク様」
今まで俺達のやり取りを傍で見守っていたアリシアが話しかけてくる。
「なんだ?」
「私の口から言うことではないかもしれませんが……この子に何か食べさせてあげて下さいませんか?」
彼女は少し前まで奴隷商のもとで酷い環境の中にいた。
ひもじいことの苦しさは良く知っているはずだ。
だからこそ、そう思ったのだろう。
「俺も今、そう思っていた所だ」
「ルーク様……」
アリシアは穏やかな笑みを見せた。
当のエルフの少女はというと、まだ状況を受け止め切れていないのか、きょとんとした表情を浮かべていた。
◇
俺とアリシアはエルフの少女を連れて、通りにある適当な食堂へと入った。
地元の人間が通う、大衆的な店だ。
その店内の一角で、エルフの少女は目を輝かせながらモリモリと飯を食っていた。
先ほどから一言も発することなく、食事に集中している様子。
先日の報酬で金に余裕のある俺は、あまり値段のことは考えずに多めに注文したのだが、それでももう無くなりそうな勢いだ。
この調子だと追加しておいた方がいいか……。
俺は店員を呼び止め、料理を何皿か追加注文する。
にしても、相当腹が減ってたんだな……。
見事な食いっぷりに魅入っていると、そろそろ事情を聞いてもよい雰囲気になってくる。
「そういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな」
「ん? はむっ……ボクの名前? はむはむ……エリスだよ」
エリスと名乗った彼女は、口に食べ物を運びながら答えた。
エルフはもっとお淑やかに食事を取るイメージがあったから、その姿にやや圧倒される。
「で、エリスはどうしてこんな状態になってるんだ?」
すると、食事をしていた彼女の手が止まる。
「ボク……エルフの里から追い出されたんだ……」
「追い出された……」
その言葉は他人事ではない響きだった。
「それはまた、なぜ?」
「エルフなのに……生まれながら精霊の声が聞こえないから……」
「……」
エルフの一族は精霊の声を聞き、精霊から魔力を分け与えて貰うことで力を発揮する種族だ。
その声が聞こえないとなると、エルフとしての存在価値を問われてもおかしくはない。
「それで、あっちとかこっちの人間が住んでいる町に色々行ったりして、今はこのリターナにきたところでヘトヘトーって、なっちゃったんだ……」
なるほど、行き場を失って人間の町を転々と……。
生きる為の作法も分からず、流浪の生活という訳か……。
しかし、あの弓の技術は特筆するものがある。
このまま埋もれさせておくのは勿体ない。
「どうだろう? 冒険者をやってみる気はないか?」
「ボクが?」
エリスは目を丸くするのだった。
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