第37話 仕置き
「いやっ! 止めて下さいっ!」
ゲイツによって剣を喉元に突き付けられ、後ろ手に取り押さえられたアリシアは悲痛の声を上げた。
これにゲイツは訝しげな表情を浮かべる。
「なぜ嫌がる? 奴隷という立場から解放してやると言ってるんだぞ? 嬉しい限りだろうに」
「私はルーク様に一生お仕えすると決めたんです! こんな事、望んでいませんっ!」
そこでゲイツは俺を一瞥した。
「だいぶ仕込み方が上手いようだな」
「……」
そして彼は再びアリシアに投げかける。
「だがそれは隷従刻印による偽りの感情だ」
「そんな事ありません!」
「安心するがいい、今すぐ自由にしてやる。さあティアナ」
彼が言うと、丁度ティアナは魔法の詠唱を終える所だった。
「この者の縛りを退けよ――」
彼女は杖をアリシアの胸元にかざす。
すると、刻印が光を帯びながら浮かび上がる。
そのまま刻印が炎に焼かれるように消えて行こうとした時だ。
バシャァァァンッ
「きゃぁっ!?」
ティアナは悲鳴を上げて尻餅をついた。
彼女の杖が粉々に砕け散ったのだ。
無論、それは俺がやったことだ。
杖に絡み付かせた糸によって構造が改変され、吹き飛んだのだ。
その結果、
ついでにゲイツの剣も鉄の塊に変えてしまう。
鉄球がボトリと地面に落ちる。
「なっ……!?」
その隙にアリシアは逃れることに成功していた。
ゲイツとティアナは驚愕の目を俺に向けてきていた。
その表情は圧倒的な力の差を感じ取ったのだと思う。
見えない力で攻撃を仕掛けられるのだ。
それは行う側が思っているより怖さを感じるだろう。
「お前ら……それなりの覚悟があってやっているんだろうな?」
「……」
「……」
俺が静かに告げると、良からぬ空気を感じ取ったのか彼らはジリジリと後退る。
幼馴染みと言えども、もう、こんな奴らと関わるのはうんざりだ。
ここでハッキリと引導を渡してやる。
彼らは皆、プライドが高い性格だ。
それをズタズタに引き裂いてやる。
「まずはティアナ」
「ひぃっ……!?」
彼女は俺の気迫に気圧され、地面に尻餅をついたまま後退る。
俺はそんな彼女に糸を伸ばした。
一本は頭、二本は脊髄の二箇所。
もう一本は下腹部へと浸透してゆく。
「!?」
彼女には糸は見えていないが、怖気を感じ取ったようでビクッと体を震わせる。
俺は糸先を操作して、彼女の体に刺激を与える。
それは排尿中枢だ。
お高くとまった彼女のプライドを突き崩すのに、お誂え向きのアイデアだろう。
さて、人が排尿をコントロールしている神経中枢は三つある。
前頭葉と延髄、そして仙随の三箇所だ。
そこを糸で改変し、スイッチをオンにしてやる。
あとは膀胱そのものに刺激を加えてやれば……。
「ひっ……!?」
ティアナは不穏な感覚を感じて体を硬直させる。
「どうした!?」
ゲイツが心配そうに尋ねるが、彼女はそれどころではないだろう。
「なにこれ……どうして? あっ……ああっ……だめ……だめだめ……ああっ……」
彼女は下腹部を押さえて悶え始める。
苦しむ姿にゲイツは、俺に向かって叫ぶ。
「お前っ! ティアナに何をした!?」
「ふっ……大したことじゃない。見ていてば分かるさ」
「……?」
そう答えた時、ついに彼女は限界を迎えたようだった。
「ああっ……もうだめ……私……みっ、見ないでぇぇっ! あ…………あぁぁぁああぁぁぁっ……!」
叫び声を上げた途端、彼女の腰の下から温かいものが流れ出始めた。
「う……これは……」
ゲイツとラルクはそれが何か悟ったようだった。
当の本人は流れ出たものの上で気絶したように倒れてしまっていた。
ゲイツとラルクは「これをお前が……?」というような顔で俺のことを見ていた。
「さて、次はゲイツ、お前か」
「……!」
ティアナの惨状を目の当たりにしたゲイツは咄嗟に身構えた。
だが、そんなものは糸を操る俺には無意味だ。
すかさず彼の頭に糸を巡らせる。
「っ……!? や、やめろぉぉっ!」
何かを感じた彼はすぐに叫んだ。
「おっ、今ので気配を感じるなんてなかなかじゃないか。さすがは上級パーティ様のリーダー」
「いぃぃっ……!」
冷静さを失い狼狽える彼に言ってやる。
「そんなに動揺しなくても別に命まで取ろうって言うわけじゃない」
逆に言えば俺の目的は、〝やる気になればお前らの命は簡単に取れる〟と相手に思わせる所にある。
ゲイツの頭に這わせた糸が、全ての毛乳頭細胞を縫うように破壊して行く。
次の瞬間、彼の頭から自慢の金髪がハラハラと落ち葉のように落ち始める。
それを手で受け止めた彼は、
「ひ……!?」
その手で自分の頭を弄る。
そこに一本の毛も残っていないことを理解した彼は青ざめた顔をする。
「うわぁぁぁ……お、俺の髪の毛が……」
激しく動揺する彼の顔からは普段の精悍さは無くなっていた。
彼は見た目を気にする性格だ。
そんな彼からそれを奪えば、牙をもがれたに等しい。
「最後は……ラルク、お前だ」
「……!」
彼が身構えるより早く、糸を飛ばした。
それは彼の口元に刺さり、その唇を縫い合わせて行く。
「なっ……何っふごぉ……っ!?」
「お前は口が悪いからな、一生何も喋らない方が世の為だ」
「……ふごぉっ!?」
俺の言葉を耳にした途端、彼は絶望の眼差しを向けてきた。
藻掻きながら、なんとか口を開こうとするが声にならない。
俺を目の前に怖じ気づいたようになっているゲイツ。
地面に力無く倒れているティアナ。
そして、諦めきれず必死に何かを喋ろうと足掻くラルク。
そんな彼らに俺は冷めた目で告げた。
「これからの作戦にお前達と共闘する気は無い。俺の前に二度と顔を見せるな。もし再びそのような事があれば、その時は……」
「っ!?」
彼らは怯えたように目を見開いた。
「わっ、分かった! もう二度とお前の前に顔は見せない……」
ゲイツがパーティ全員の意志を代弁するように答えると、項垂れたティアナを抱えて森の奥へと消えて行った。
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