第25話 研究集会(8)〜鬼才〜

 今日の発表の1つめは、広島産業大学ひろしまさんぎょうだいがくのB4の人によるものだった。タイトルは『限定継続を用いた新しいJavaScriptのためのWebアプリケーションフレームワーク』で、コンピュータサイエンスの世界で知られている「継続」という概念を利用して、非同期Webアプリケーションを作りやすくするというものだ。


 ただ、「継続」を利用した類似研究がたくさんあるなかで、この研究ならではという特徴を見出すことはできなかった。JavaScriptなら継続がなくても、async/awaitがあることで、非同期Webアプリケーションはある程度作りやすくなっている。残念ながら、この発表でそれを越えるなにかを見出すことはできなかった。


 そして、次はいよいよ待ちに待った歌丸うたまる先生による『New Constrained Automata』の発表だ。まず、最初は、古典的なNFA(Non-deterministic Finite Automata)やDFA(Deterministic Finite Automata)、Kleeneの定理などの復習スライドだ。ここまでは俺達も既にさんざんやった範囲だ。


 次に、発表の前提となる制約付きオートマトンConstrained Automataについての解説。このあたりは、俺はふわっとした理解だったが、歌丸先生のスライドによると、古典的なオートマトンに「数を数える」能力を足したものと言えるらしい。


 さて、ここまで前提知識を説明したところで本番かーと思ったら、歌丸先生は会場の隅っこにあったホワイトボードを引っ張り出してきて、オートマトンの図を書き出した!歌丸先生の好きな発表スタイルであり、こうしている時の先生は凄まじく生き生きとしている。ただし、しばしば聴講者を置いてきぼりにするのだが。


 どうも、制約オートマトンに対してさらに制限をかけたオートマトンの図を書いているらしいのだが、初見の俺達はといえばポカーンとしていた。


 通常の制約オートマトンは、無制約オートマトンと比べて良い性質が失われているとか、制約オートマトンに対して制限を課することでその問題を解決できるのではないかとか。


 さらに、「こう状態が遷移してですねー」とか状態遷移図に線を書き加えながら、ノリノリで言っているけど、お願いだからもっとじっくりやって欲しい。うちだと発表時間の制限があるから難しいんだけど。


 そうして、歌丸先生の独壇場だった研究発表が終了した後のこと。


「えーと。どなたか質問はありますか?」と座長が尋ねるものの、先生方でさえ内容が高度過ぎて突っ込める人は少ないようで、一人だけ、歌丸先生と専門が近い先生が激論を交わしていた。


 オートマトン理論は基礎はかじったはずなのに、ちっともついて行けなくて、こういう時に、自分たちの研究者としての力不足を感じる。ちなみに、歌丸先生は、現在、提案したオートマトンが受理する言語の性質について証明を進めているとか。


「歌丸先生、お疲れ様でした」

「おお。発表はどうだった?」

「残念ながら、制約付きオートマトン以降はさっぱりですよ。今度、先生の研究室にお邪魔しますから、じっくり教えてくれませんか?」

「私も全然理解できなかったのが、ちょっと悔しいです」


 そう懇願すると、歌丸先生はといえば、


「はは。僕も、LANGだと思いついたアイデアの途中段階のを発表できるから、ついつい興が乗っちゃってね。今度、ゆっくり議論しよう」

「約束ですからね?」



◇◇◇◇


 研究集会は、歌丸先生の発表をもって終了。ちなみに、今日の発表は論文投稿はないらしく、編集委員会はなくそのまま解散となった。


 東京からの帰りの新幹線でのこと。


「歌丸先生はほんと凄かったわよね」

「あれだけの話をアドリブでできるんだもんな。あんなでかい状態遷移図、即座に思い浮かばないっての」


 ホワイトボードいっぱいに、無制約オートマトンに加えて、何やら付け加えた新しいオートマトンの状態遷移図を書いていたけど、それにしては綺麗な図で、あれだけのイメージを脳内に持っているかと思うと恐ろしくなる。


「帰ったら、もっとちゃんと研究やらないとな」

「そうね。頑張りましょう」


 二人揃って、改めて研究に身を入れることを誓ったのだった。

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