第3章 研究集会

第18話 研究集会前日

「明日から、LANGラングね」


 学校からの帰宅の途中、涼子りょうこが思い出したように言う。


「東京だと便利だよな。13:00開始だから、10:00に京都駅に着けばいいか」


 明日から、2日間に分けて、俺たちの所属する計算機学会けいさんきがっかいの下部組織である、言語研究会げんごけんきゅうかい(通称LANG)の研究集会が開催される。午後から東京で開催されるので、京都駅発の新幹線に乗って行く必要がある。


 一口に、計算機コンピュータといっても取り扱う範囲は膨大なので、それぞれの専門に応じて個別の研究会が設置されているのが、国内外の常だ。俺たちの所属する言語研究会は、


・プログラミング言語

・プログラミング手法

・形式言語や形式文法

・オートマトン理論


 などの、プログラミング言語に関係するトピックを扱っている。


 言語研究会は年5回程研究集会を開催している。開催地は、年1回東京の他には、名古屋だったり札幌だったりはたま高知だったり色々だが、委員の先生が教鞭を執っている大学の近くだったり、あるいは観光地だったりする。


「今回は、俺達の発表がないのは気楽だよな」


 研究集会では、毎回、発表を募集していて、


・発表のみ

・論文投稿

・短い発表


 のいずれかを選んで発表する事ができる。


 「発表のみ」は、研究の途中成果を共有するためのもので、査読がないため実績にはならないものの、他の研究者から質疑応答などを通じてアドバイスなどを受けるために発表する事が多い。


 「論文投稿」は、名前の通り、論文投稿を指す。LANGのローカルルールで、論文投稿をする者は、研究集会当日に発表も行う事が義務付けられていて、その質疑応答込みで論文の査読が行われる。


 「短い発表」は、最近新設された形式で、特に、研究者として未熟な学生が発表練習の場として使う事を想定している。といっても、俺たちのように数本以上査読付き論文を通している人間ではなく、初めて論文投稿をする大学生を想定している。


「私は、歌丸うたまる先生の発表が楽しみね」

「あー、歌丸先生凄いよな。パワフルっていうかなんていうか」


 歌丸先生の本名は、本庄歌丸ほんじょううたまると言う。都内にある大学で教鞭をとっている先生だ。助教じょきょうという身分で、酒に酔うとやたらテンションが上がる困った人だけど、その場でホワイトボードに図を書き出したりとダイナミックな発表をする事が知られている。専門はオートマトン理論だ。


「懇親会も楽しみだな。歌丸先生、美味しいところ知ってるし」


 都内在住の歌丸先生は今回の研究集会の運営を担当している。無類の食通でもあり、懇親会やその後の二次会では、よく美味しいところに連れて行ってくれる。若者を応援するためということで、大学生未満の懇親会参加費は無料という太っ腹ぶりだ。


 そういえば―


「同じホテルに泊まる、んだよな」

「そ、それはね。別のとこに泊まるのも変だし」


 2日間開催なので、東京のホテルを予約してあるのだけど、同じビジネスホテルを予約してある(なお、部屋は別)。あえて別のホテルにするのもどうかということで、同じホテルを予約したのだが、少し意識してしまう。


「変なことはナシよ?」


 何を考えたのか、涼子が唐突にそんな事を言い出した。相変わらずあんまり表情が変わらないけど、頬が少し紅潮している気がする。


「さすがに研究集会でどうこう考えないって」


 健全な男子としては、いずれは……という気持ちがあるけど、研究集会の途中でそんなことをしようとはさすがに思わない。寝る前にキスくらいはと考えたのは秘密だ。


「ならいいんだけど」


 その言葉が少し残念そうに聞こえたのは気の所為だろうか。


 研究集会の予定について話している内に、気がつけば、マンションに到着。


「ちょっといいか」


 ぐいっと彼女の身体を抱き寄せる。


「……ちょっと恥ずかしいのだけど」


 一瞬、びっくりした様子だけど、すぐに意図に気づいたのか、目を閉じてくれる。ちゅっと軽く口づけをして、身体を離す。


「恋人として、幸せを満喫したいんだよ」


 研究になると、お互い没頭してしまうからこそ、ふとした時に触れ合いたくなる。


「もう。それくらいなら、いくらでもいいけど」


 仕方ないんだから、とばかりに言う彼女は愛らしくて、少しエネルギーを補充できた気がした。

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