第15話 二学期の始まり(5)~放課後~
キーンコーンカーンコーン。6時間目の終了を告げるチャイムの音が鳴る。
そういえば部活に顔を出す約束をしていたのを思い出す。
「よしっと。部活行くか」
正直、雑談をするくらいなんだけどな。
「そういえば、夏休み中は顔だしてなかったわね」
「で、
「その辺は、意外と律儀よね」
「意外とは余計だっての。おまえも来るか?」
「そうね。私も久しぶりだし」
というわけで、連れ立って部活へ。
「あ、せんぱーい。待ってましたよ―」
部室のドアを開けると出迎えたのは結菜。マイコン部は、一応名前の通り、コンピュータに関することをやる部活……という名目なのだが、年1回の文化祭での展示以外はこれといった活動はない。
部室を見渡しても、ゲームしてる奴らも入れば、漫画を読んでいる奴、黙々とプログラミングをしている奴など様々だ。唯一、「らしい」ところは、部員1人につき1台PCがあるところだろうか。
「しっかし。相変わらず統一感がないよな、この部活」
「全員好き勝手な事してるだけよね」
まあ、おかげで半幽霊部員のような俺たちでも籍を置けているのだが。
「そういう、ゆるーいところが、ウチの魅力じゃないですか?」
「まあ、おかげで俺たちでもいられるんだから感謝してるよ」
席に座って、ノートPCを開く。
「センパイたち、いっつも自前のノートPCですよね。勿体なくないです?」
結菜がそんなことを聞いてくる。
「正直、部室のPCがちょっと古いのよね」
「そうそう。俺たちのノートPCの方が速いんだよ」
部員には1人1台PCが支給されるのはいいものの、お古を使いまわしているのも多い。俺たち用のは、2012年頃に出た、Intel Core i5のマシンで、メモリも8GBだ。使えないわけじゃないが、ちょっと古い。
対して、俺達のPCは、2020年発売の、Intel Core i7クラスのノートPCで、メモリも32GBと十分にある。
「確かに、センパイたちのに比べると見劣りするかもですが……そういえば、かなり新しいモデルですよね。高くないですか?」
俺たちの使っているマシンを見て、疑問に思ったのだろう。
「その辺は、
「増原先生?」
「前に話したでしょう?私達を研究の道に誘ってくれた先生よ」
「そういえば、聞いた覚えがあります。でも、最新機種をバンと買ってくれるなんて、気前いいですね」
「研究費から落ちてるらしいんだけど、どうなんだか」
研究に必要なものということで購入を許してくれたのだが、どういう風に報告してるのか時々心配になる。
さて、途中まで読んでいた論文の続きを読むか。
「また、何か小難しいもの読んでますねー」
結菜が割り込んできた。
「読んでみるか?結構面白いぞ」
「センパイ、さすがにそれはジョークですよね」
「わかるとは思ってないけど、面白いのは本当だぞ」
今読んでいるのは、午前中読んでいた論文の著者が書いた別の論文で、彼が提案した手法を拡張したALL(*)アルゴリズムについてのものだ。同じ著者が自身のこれまでの研究を発展させて、新しい論文にするのは珍しくない……というか、普通にあることだ。
「偉い先生って、いつも、そんな小難しいものとずっとにらめっこしてるんです?」
「どうだろな。1年間に最低、論文300本は読んで普通って感じの人もいるな」
研究者は、熱心な人ほどよく論文を読む。それは、必要な知識を身につけるためのものだったり、自分たちが新しいと思った手法が提案済みでガクリとならないためだたったり、色々だが、日常的に論文を読むのは必須と言ってもいい。
「さ、さんびゃく……」
「ちなみに、300でも少ないほうだって先生もいたわね」
涼子が補足する。
「一体どういう世界で生きてるんですか?1年間、毎日論文読んでる計算ですよね」
「さすがに、1年間で1000本読んでる人とかは凄いなと思うぞ」
「また桁が違う世界ですね。で、センパイたちは?」
1年間に読んだ論文の数をざっと思い出す。別に読めば偉いわけじゃないのだが。
「150くらいだったか。だから、その言葉聞いたときにグサっと来たんだけど」
「私は、200くらいだったかしら。ほんと、次元が違うものよね」
2人してため息をつく。そこまで研究一直線になりきれていない辺り、ほんとにまだまだだ。
「私からすると、センパイたちも次元が違いますよ……」
何か異星人でも見るかのような目で見られる。
「別に普通にしてるだけなんだけどな」
さすがに、中3の頃は色々きつかったが、今は慣れて、暇つぶしに論文を読むくらいにはなっている。
「あ、話は変わるんですけど。センパイたち、おめでとうございます!」
「最優秀論文賞のこと?耳ざといわね」
涼子は何やら勘違いしているが、結菜が言っているのは、たぶん―
「そんなのじゃなくて、お二人が付き合い始めた事ですよ!」
「
ちらりと視線を向けてくる。
「なんか聞かれたから流れで。言わない方が良かったか?」
「別に構わないわよ」
相変わらず全然表情が変わらない。こういうところで、恥じらってくれたりすると、ありがたいんだけどなあ。
「なんか冷めてますね……。ほんとに付き合いたてなんですか?」
「つってもなあ。そんなに急に変わるもんじゃないだろ」
「変わるんですよ!世間的には!」
声を大にして力説する結菜。
「ヨソはヨソ、ウチはウチ、だ」
「……」
「またわけのわからない理論を……とにかく、お二人が枯れてるのはわかりました」
◇◆◇◆
あれから、2時間程だべった後に、連れ立って帰る。横を見ると、涼子の奴は無言で、そんなことは珍しくないのだが、少し沈んでいる気がする。
「なあ、なんかあったか?」
「え、ええと。なにかしら」
今、気づいたというように反応する涼子。物思いに浸ってるなんて、珍しい。
「その反応もだけど、なんか悩んでるのか?」
最近、なにかがあった覚えはないけど、知らない内にストレスを抱え込んでいるのかもしれない。表情に現れにくいからなおそらだ。
「……私達、カップルとして変なのかしら」
涼子が、そうぽつりとつぶやいた。
「ひょっとして、結菜の言ったことか?そんなの気にしなくても」
ほっとけばいい、と言おうとしたのだが。
「あれ以来、デートらしいデートもしていないし」
「まあ、毎日のように、研究の話してたからな」
ナイアガラの滝でデートした時に、帰国したら色々しよう、と言っていた気がするけど、結局、帰ってからも、質疑応答を踏まえて、研究の今後について議論したり、涼子が温めているアイデアについて話し合ったり、そんなのばっかりだった。
「なんだか、全然彼女らしい事できてない気がするわ」
ため息が聞こえてくる。こいつなりに真剣な悩みなことはわかった。なら、俺が出来ることは―
「じゃ、週末、デートしようぜ」
「え?」
「これもいい機会だろ。デートしてみれば気分も変わるんじゃないか?」
「……そうね。そうしましょうか」
「そうそう。付き合いたてなのに、そんなので悩んでも損だろ」
「そうね。ありがと」
少し、微笑んだような気がする。研究のときといい、何かと堅い表情をすることが多いけど、こうやってリラックスした感じの方が、こいつには似合っている。
「それにしても、どこ行くかな」
提案したはいいものの、行き先を考えていなかった。
「じゃ、私に任せてくれない?」
「いいけど、なんでまた」
「私なりに、ちょっとデートプラン考えてみたいの」
「わかった。楽しみにしとく。で、当日まで秘密か?」
「できれば」
「了解」
ということで、週末はデートをすることになったけど、どうなることやら。
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