戻心《れいしん》〜もう一度桜の樹の下で〜:あの時伝えられなかった想いを貴方に伝えたい

荘助

第1話 いつか桜の木の下で

始めに

***にて人物や場所が変わります。


***


春の陽気の中、爽やかな風に乗り桜の花弁がひらりひらりと舞い落ちる4月。


「またあの子本読んでる。ほらあの眼鏡の」


「ほんとだお昼になるとあそこにいるよね。いかにも文系少女!って感じだよね」


「何それ。ウケるんだけど」


 そんな話題に出されている事も知らずに、私はさらりとした紙の質感を感じながら、静かにページをめくる。


「そういえば今年は3組だっけ」


「あー!例のでしょ?」


「そう。憧れるなぁ」


「でもこの大学にもあったんだね。その手の伝説って。」


「大樹桜の下で告白されたら一生結ばれるってやつでしょ。何故か卒業式にってなったみたいだけど。


「ありがちだけどほんと憧れるよね」


 創設100周年を迎える桜華大学。

 その敷地の中に、創設記念として植樹された樹齢約100年の大樹桜。

100年前に植樹されたその小さな苗は、今や大きく枝を広げ、その枝を支える幹は高さ15m、幹回り3mを超える大樹となっていた。


 この時期、校内での話題はこの桜の木の話題一色に染まる。


 桜の樹を囲むように、周囲にいくつかあるベンチ。

 その一つ、この時間にうっすらと木漏れ日の揺れるこのベンチで、静かに本を読むのが私は好き。


 周りのベンチを見れば楽しそうに語らう者たち、仲睦まじく手を繋ぐ男女。


 そんな中でも私は、一人大好きな場所で大好きな小説のページをめくる。


 私と同じ誕生月。

 4月に咲き誇る桜の花が、一瞬で散っていく桜の儚さが、どの花よりも美しく感じる。

 そして精一杯の生を全うし、花が散り青々と葉桜繁る姿は、どの木より生命力を感じる。


 儚さと相反する生命力。

 私が桜に魅入られる二面性。


「っ痛」


 前から時折感じる頭痛。

 どこがと言うわけでもなく、頭全体を締め付けるような痛み。

 特にここ最近は頻繁に頭が痛くなる。


 日に当たっていると、いつもなら暖かくなって楽になるような気がするんだけど


 今日は…… んっ… …痛っ


「痛。痛い!痛い痛い あっあぁーーーーーーーーーーーーー!!!」


 あまりの強烈な痛みに、頭を押さえ叫びながらフラフラと桜の樹へと歩みを進め桜の幹に倒れ込み……私は大樹桜に体を預けた。


 ***


「あー。終わった。何が悲しくて始業前にこなきゃ行けないんだか。そう言えば頼むよ。明日だけっ。明日だけバイト代わりに出てくれよ颯真」


「しょうがないだろ俺達ももう2年になるんだから新入生の案内で、借り出されんのは、ん?何やってんだあれ?」


 この時間帯はあまり人がいないはずの大樹桜の周りに、人集りが出来ている。


「おっ。この時期に珍しいな」


「何が?」


「何がって。へいへい。いいよなリア充様は。大樹桜の周りに人集りって言ったら一つだろ。ほら。いくぞ。っとすいませんね」


 誰がリア充か。そんな反論もする間もなく、悪友に袖を引かれる。


「おい。克哉引っ張るなっ……えっ…春?春佳⁈どけっどいてくれ!」


 何で?何で春佳が?

 人集りを押し除け強引に抜けると大樹桜の前に出る。

 目の前で頭を押さえ苦しんでいる女性は、間違いなく幼馴染である春佳だ。


 どうして?


 毎日そこのベンチで小説を読んでいる。今日だってそこで待ってるって……


「春佳ちゃんなのか?!」


 克哉も春佳だと気付き、駆け寄ってくる。


「なんで?なんで春佳が大樹桜の下で」


「春佳!春佳!」


 すでに意識が朦朧としている春佳に、必死で呼び掛けるがほとんど反応がない。

 どうすればいい?動かしていいのか悪いのかどっちなんだ!とにかく呼びかけるしかない。


「颯…ちゃん?んっあぁーーー」


「おいっ春佳!克哉救急車。救急車だ!」


「春佳!しっかりしろよ!はるーー!」


 ***


 割れるような痛みが頭の中で響く。

 そして、その痛みの中で大好きな人の声だけが聞こえる。


 幻聴かな。


 抱き抱えられているような気がする。

 暖かいな。


 それも幻なのかな。


 嬉しいな。


 意識が朦朧とする中で、クルクルと記憶が巡りどんどん記憶の中の私が若返っていく。


 でも常に一緒にいる人がいる。

 隣にいてくれる人がいる。


 桜咲き誇る4月3日。

 同じ日。同じ病院で産声を上げた2人の赤ちゃん。

 母親同士も同じ病室で隣同士。勿論同じ日に生まれた私達2人も新生児室で隣同士だった。

 そして家も両親が冗談で隣同士の分譲を買うかって言う感じで購入を決め、私たちは常に一緒になった。


 七瀬 春佳ななせ はるか


 それが私。


 そして隣にいる男の子。私の大好きな男の子。

 ちょっとやんちゃだったけど、今は落ち着きのある凄い優しい男の子。


 いつも私を支えてくれた男の子。

 私の思い出にいつもいる男の子。


 松笠 颯真まつかさ そうま


 颯ちゃん。

 中学校に入ってから恥ずかしいって言って“颯ちゃん“って呼ばせてくれなくなったよね。

 その頃から呼び名は颯真くんに変わったんだよね。


 家もお隣同士だからみんなそんな目で見ないのに。

 その頃から私の事も人前では、はる。じゃなくて、春佳になったよね。


 大学に入ってから彼女も出来て……。

 駄目だな私……。


「ひさし ぶり だね そのよび かた……」


「はる?おいっ。しっかりしろ。もうすぐ救急車来るからな!はる!おいっはる!」


「ごめんね。ごめんね颯ちゃん……。」


 泣かないで……。


 私は朦朧とする意識の中で、そっとその涙流れる頬に手を添え、最後の言葉に出来ない想いを頭の中で伝えた。


 "大好きだよ"


 202*年4月3日


 20歳の誕生日を迎えたこの日


 私の命の灯火は消えた。

 大好きな男の子に想いを告げる事も出来ずに


 本当に本当に……。

 大きな後悔だけを残して。


 ***


 あぁやっぱり言えなかったな。

 

 ……ちゃんと伝えたかったな。


 さよなら颯ちゃん……。

 


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