第20変 お泊まり、キャンプファイアー、ボランティア!②
俺と小倉さんは倉庫で、川遊びに使う道具を探している。小倉さんは俺と行きたくなさそうだったが、渋々ついてきた。
「ねえ、あいつって、いつもあんな感じなの?」
「あいつって……?」
「津久井晴翔のことよ」
道具を探していると、小倉さんが聞いてくる。
一瞬、言っていることが分からなかったが、少し考えると思い当たることしかない。
「あいつとんでもないわよ! まともに仕事はできないし、女子とすれ違ったら必ず口説くし、おまけに、何を言ってるのか全く分からないわ!」
「あはは……」
「全く笑えないわよ! 薄々、ポンコツって気づいてたけど、あんなに酷いなんて……」
晴翔のポンコツ具合は顔のおかげか、大体の人は気づいていない。そんな晴翔のポンコツ具合を見抜いていた小倉さんは凄いのかもしれない。
「あんたも久保さんも大変よね」
そう言われ、俺は大きく頷く。
「あ、あったわ」
小倉さんはそう言いながら、水鉄砲などが入っている段ボールを持ち上げる。そして、倉庫から外へ出る。
「早く帰るわよ」
「はい。あの」
「なに」
「俺が持ちます」
俺はダンボールを指さす。
持ってもらうのは申し訳ない。
「別にいいわよ。私が運んだ方が早いし」
「いや、でも。その、やっぱ持ちます」
「……そう」
小倉さんはダンボールを渡してくる。そのダンボールを受け取ると、また歩き始めた。
そして、再び沈黙する。蝉の声しか聞こえない。
「お、小倉さんは何でボランティアに参加しようと思ったんですか?」
俺は耐えきれずに小倉さんに話しかける。
「何? 私が参加したことが不満なの?」
「ち、違います。ただ、なんとなく気になって」
「……妹の付き添いよ」
「えっと……」
どういうことか分からずに少し混乱する。
「私、このボランティアに参加する予定じゃなかったの」
「それなら何で……」
「妹がどうしてもこの林間合宿に参加したい、って言うことを聞かなかったのよ。でも父は小学生が一人で行くのは危険だ、って行くのを猛反対してて……。たまたま、この林間合宿のボランティアを募集してたから、私と一緒に行くことを条件に許可してくれたの。私自身参加するつもりはなかったんだけど、妹に猛アプローチされて。断ることもできないから、参加することにしたのよ」
「そうだったんですか」
「ええ。……何よ、その顔」
いつのまにか、顔に微笑みが浮かんでいた。
小倉さんは仮面をつけているため、表情を見ることはできないが、きっと気持ち悪いものを見るような顔をしているだろう。
「いや、凄く妹思いだなって」
「……そんな話はどうでもいいから。早く行くわよ」
「はい」
照れる様子の小倉さんを見ながら、そう返事をする。
俺と小倉さんはしばらく歩き、みんながいる所に着くと、川遊びをしていた子供達が近づいてくる。
「お兄ちゃん、それちょうだい!」
「はい、どうぞ」
俺達はダンボールの中の水鉄砲を渡す。渡し終えると、指導者の女性とその近くで作業していた、久保と晴翔が近づいてきた。
「ありがとう。あなた達もしばらく自由にしてもらって良いからね」
「はい」
この言葉を聞いた晴翔はとても嬉しそうだ。
「あ、けど、16時までには戻ること。してもらいたいことがあるからね。あ、危険なこともしないでね」
今は14時だ。
「分かりました」
それぞれ返事をし、会釈をする。その様子を見て、女性は子供達の所へ戻っていった。
「さあ、ここからが僕らの時間だ。何をしようか」
「そうですね。みなさんは何がしたいですか?」
「俺は、別に何でもいいぞ。小倉さんはどうですか?」
「私は川遊びがしたいかな。あっ、テニスコートもあるみたいだよ。……それより、私も本当にお邪魔しちゃっていいの? せっかく三人で来てたのに」
小倉さんは不安そうに言う。確かに俺も小倉さんの立場だったら、申し訳ない気持ちになるかもしれない。
「なんでだい? 楽しいことは人数が多ければ、多いほどいいだろう? 僕は裕と花織と志乃と最高の時間を過ごしたいのさ」
こういう所が晴翔のいい所だよな。
「私も津久井と同じ気持ちです。それに、私達がお誘いしたので気を使わなくても大丈夫ですよ」
「……! それなら、遠慮なく楽しませてもらうね。それでどこに行こっか」
「それじゃあ、川に行かないかい? 川に行かなかったら、ここに来た意味がないからね」
「じゃあ、川に行くか」
そう言い、川に移動する。晴翔は少し遅れて来るらしいので、先に三人で川に来た。
「つめたっ」
小倉さんは裸足になり、足を水につける。
「ほら、久保さんも」
小倉さんが久保に手を差し伸べる。久保は小倉さんの手を握り、恐る恐る水に足をつける。
「確かに冷たいですね」
久保と小倉さんは楽しそうに遊んでいる。
「お待たせ。子猫ちゃん達」
川を眺めていると、どこかから晴翔の声が聞こえてきた。声がした方を向くと、思わず苦笑いをする。
「晴翔。お前、わざわざ着替えたのか……」
晴翔は水着を着ていた。遊ぶ気満々だ。
「当たり前さ。僕のモットーは『遊ぶ時は必ず楽しむ』だからね。それより、みんなは何故着てないんだい?」
「俺は……別に泳ぎまではしなくていいかなって。時間もかかるしな」
二時間という短い時間の中で着替えたりすると、時間がかなりかかってしまう。
「私も同じです。それに、泳がなくても川の良さは沢山ありますから」
「私もみんなと同じ理由かな」
「うーん。泳がないみんなのために何か出来ることと言えば……。そうだ! 僕はみんなの代わりに全力で泳ぐよ」
「えっと……」
小倉さんは何と言えばいいのか分からずに、困っているようだった。
「こういうのはいつものことなので、無視して大丈夫ですよ」
「そ、そうかな?」
「おーい! こっちに来てくれ、三人とも!」
どこかから声が聞こえてきた。声の方を見ると、少し離れた岩場に満面な笑顔で晴翔が立っていた。
いつの間に泳いだんだ……。
「なんですか……」
久保はそう言うと晴翔の方へ近づく。それに続いて、小倉さんも晴翔の方へ行く。
俺も二人の後に続いて晴翔の元へ行こうとすると、何かに服を引っ張られた。後ろを振り向くと、そこには見覚えがある女の子がいた。
「えっと、君は」
どこかで見たことがある子だ。えーと、確か……。
「あー! やっぱり覚えてない。ひどいよ、お兄ちゃん!」
「あ」
思い出した。この子はショッピングモールで迷子になっていた女の子だ。
「やっと思い出してくれた」
「す、すまん」
「別にいいよ。お兄ちゃんにまた会えて嬉しいから!」
まさかこんなところで会えるなんてな。
全く想像できなかった。
「お兄ちゃんはどうしてここにいるの? 私は林間合宿でここに来たんだ!」
「俺もその林間合宿のボランティアでここに来たんだ」
「そうなの!? お姉ちゃんと一緒だ」
「お姉ちゃん?」
「そう! 私がどうしても行きたいって言ったら、お姉ちゃんがついてきてくれたんだ。とっても優しいお姉ちゃんなんだよ!」
その人って。まさか……。
「日菜!?」
小倉さんはそう言うと、女の子の近くに駆け寄る。
「どうしてここにいるの? 一人で来たの?」
「うん。お姉ちゃんがここにいるって聞いたから」
お姉ちゃん、ということは、この女の子の姉は小倉さんなのか。
「駄目よ。一人で来たら、危ないじゃない」
「ごめんなさい……」
女の子は下を向く。その様子を見て、小倉さんはその場にしゃがみこんだ。
「無事だったらいいの。でも危ないから、一人で行動しちゃ駄目よ?」
「うん」
小倉さんは女の子の頭を優しく撫でた。女の子は顔を上げ、にっこり笑う。
「あ、そうだ! お姉ちゃんに紹介したい人がいるの!」
「紹介したい人?」
「うん! それはね、このお兄ちゃんだよ!」
女の子はそう言うと、俺の腕を組む。
「……お兄ちゃん?」
さっきまでの明るい声が、一瞬で冷たい声に変わる。
腕を組んでいる様子を見たからだろうか、それともお兄ちゃんと呼ばれているからだろうか。どちらにしても小倉さんは怒っていた。
「そう。お兄ちゃんだよ」
「えっと、私の聞き間違いよね。日菜があんたのことをお兄ちゃんなんて言う訳ないわ。それに日菜、そんなにべたべたしちゃ駄目よ」
小倉さんは女の子を俺から引き離そうとする。が、女の子は不満そうにしてびくともしない。
「嫌! それにあんたじゃなくてお兄ちゃんだもん!」
女の子がそう言うと、数分間、小倉さんは何も言わずにその場で立ち尽くした。
「お、小倉さん?」
そう呼ぶと、小倉さんはゆっくりと俺の元に駆け寄ってくる。そして、耳元で囁いた。
「あんた、何したの? 場合によっては許さないわよ」
鳥肌が立つ。
このままでは一生恨まれ続けるだろう。
「あのね、お兄ちゃんが私を助けてくれたんだ」
空気が変わる。
小倉さんは女の子の近くで、再びしゃがみ込む。
「日菜、どういうこと?」
「私、この前、迷子になったでしょ?」
「ええ。日菜が迷子になったって聞いた時はびっくりしたわ」
「その時にお兄ちゃんが助けてくれたんだ!」
「……そう」
「それに、ドーナツも買ってくれたし、お野菜もくれたんだ。お兄ちゃんは私のヒーローなの!」
小倉さんはゆっくりと俺の方を見ると、立ち上がり、俺の前に立つ。そして、深々と頭を下げた。
「ありがとう。日菜を助けてくれて」
「え? いや、頭を上げてください」
突然、感謝の言葉を言われたので頭が真っ白になった状態で返事をしてしまう。
小倉さんは頭を上げる。少し気まずい時間が流れた。女の子は不思議そうに俺と小倉さんの顔を覗き込んでいる。
「本当にありがとう」
小倉さんはポツリと呟いた。
「……いえ」
俺はそう返事をすることしか出来なかった。
「……日菜、そろそろ戻らないといけないんじゃない?」
「あ、そうだった!」
「ねえ」
小倉さんは再び俺の方を見る。
「はい」
「この子を連れて先に戻るから、久保さん達に伝えてくれない?」
俺は頷いた。
「お願いね」
そう言うと、小倉さんは女の子の手を繋いで去っていく。去り際に女の子は小さく手を振ったので、俺も手を振り返す。
この後、俺は久保と晴翔に事情を説明し、みんながいる所に戻ることにした。
空は少しずつ灰色の重い雲が広がっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます