第一巻 第四章 「その闘技場、激闘につき」

第四章 第一節 ~ リオナ VS ミラ① ~


     ☯


 開戦のコールが鳴ると同時、ミラは後ろへ、リオナは前へと跳躍していた。

 ふわりとマントを翻して後退するミラに、風の如き速度でリオナが疾駆する。

 その速度はほぼ互角だった。


 二人の行動のタイミングはほぼ同じ。すなわち、


「あやや……読まれちゃいましたか?」


「〝魔術師〟なら、距離を取ろうとするのは当然だろ?」


 ミラの初手が〝後退〟だったことから、彼女が〝魔術師〟であるというリオナの予想は当たっていたようだ。

 もし予想が外れて接近戦になっていたとしても、そこはリオナの間合いである。負ける気はしなかった。


 そういうわけで、リオナは開始と同時に前へ跳ぶことにした。

 ここまでは読み通りの展開である。

 だが――


「……ですが、私を見くびってもらっちゃ困ります‼」


 彼女は着地すると同時に、もう一度大きく後ろへ跳躍した。

 それを追って、リオナも加速する。

 しかし、


「なッ⁉ 全然追いつかねえ、だとッ⁉」


「ふふ~ん♪」


 ミラの敏捷性びんしょうせいは、リオナの予想を大きく上回っていた。

 この闘技場で戦った相手の平均レベルや、前にギルドで彼女の敏捷性を見た時のことから、リオナはミラのレベルを30前後と見積もっていた。

 しかし、目の前でリングの上をぴょんぴょんと跳ね回る彼女の敏捷性は、とてもそんなレベルで到達できる値ではなかった。


(レベル50……低くても40以上、か。闘技場で戦えば、ハイドルクセンの次くれえに強いんじゃないか……?)


 戦い方にもよるが、リオナが一回戦で戦ったバキュアなんかよりは、はるかに強いだろう。

 ハイドルクセンが戦ったイースとかいう少女もレベルは高そうだったが、戦い慣れしていない様子だった。実戦形式であれば、ミラに分があるだろうか。


 内心でミラのステータス情報を修正しつつ、足を止める。

 敏捷性上昇のスキルもアイテムも持ってない今では、彼女の速さに付いて行く方法が無い。

 体力の無駄だ。


「ふふ、敏捷性では勝てないとわかって頂けたようですね?」


「ああ……悔しいが、そうみてえだな」


「結構。なら、ジャンジャン攻めさせてもらいますね? ≪ムーンショット≫ッ‼」


 ミラがさやから引き抜いた短剣を振るうと、その剣線から無数の光弾が射出された。

 ハイドルクセンが使っていた光属性の初級魔法≪ホワイトバレット≫に似ているが、それとは属性が違う。


(≪ムーンショット≫……月属性の魔法か。魔力量のパラメーターを上げた〝魔術師〟がレベル15以上で使える低級魔法だが、それはゲームでの話だ。設定では、月属性は使い手がかなり限られる高等技術のはずなんだが……)


 飛んで来る光弾を適当にかわしつつ、ミラの様子をうかがう。

 リングが埋め尽くされるくらいの光弾を撃ち出しているが、彼女に疲労の気配はない。

 低級魔法とは言え、これだけ連発して消耗しないというのは、なかなかの魔力量だ。


(……どうやら、この世界じゃあちょっとした実力者のようだな。名が売れているだけのことはある)


 感心すると同時に、思わぬ強敵との戦いにリオナは心を躍らせた。


 一方、ミラは自らの策が功を奏し、圧倒的優位に立てたことに対して、内心でほくそ笑んでいた。

 得意の魔法で牽制けんせいしつつ、次なる作戦を考える。


(よし、取りえず距離を取ることには成功しました! リオナさんは近接戦闘がメインの戦士クラスですから、距離を取っていれば、攻撃は受けないはずです。そうなると、残る攻撃方法は結晶を使うことですが……)


 リオナの様子を窺う。


 ミラの予想通り、彼女はこちらに近付くことすらできないようだった。

 結晶を使おうにも、大量に展開された弾幕を避けるのに精一杯で、ポケットに手を伸ばす余裕もない。

 反撃を許さない一方的な攻撃で、彼女を的確に追い詰めている。


(……まあ、仮に結晶を使われたとしても、対策は万全です。負ける要素は何一つありません‼‼)


 一ず、リオナの持ち得る攻撃手段は封じたと言ってよい。

 このまま戦況が拮抗きっこうしている限り、自分がダメージを受けることはないだろう。しかし、


(……でも、こちらから勝負を決めにいくとなると、≪ムーンショット≫程度では威力不足でしょうね……)


 軌道を読まれないよう無作為に撃っているつもりだが、リオナにはことごとく避けられてしまう。

 牽制にはなっているが、このままでは先に魔力を使い果たしてしまう可能性が高かった。


 ミラがリオナに勝つ為には、魔力が残っているうちに、一撃で戦闘不能に持って行ける上級の魔法をたたき込む必要があった。


 だが、そういった類の魔法は、発動までに時間がかかるのがセオリーだ。

 加えて、術式の構成には並外れた集中力が必要になる為、攻撃も回避も鈍くなる。

 普通の物理攻撃程度ならレベル差で受け切れるだろうが、リオナのことだ、防御力を無視できるような武術を使ってくるに違いない。


 どうしたものか、と悩むミラだったが、


(……いえ、元々短期決着を狙った戦いです。意を決して、勝負に出るとしましょう!)


 覚悟を決めると、ミラは脳内で作戦を練った。

 彼女のとっておきの魔法、その発動には、約十秒間のチャージが必要になる。

 その時間を稼ぐ為、ミラは危険を承知でリオナに接近することにした。


 ミラの展開する弾幕を避け続けていたリオナは、ふと彼女の姿が見えなくなっていることに気が付いた。


(……〝潜伏〟状態か。ゲームでは相手の位置表示が一定時間ミニマップから消えるという効果で表されていたが……。なるほど、物音どころか気配すら感じられねえ。このオレの目を欺くとは、なかなか大したスキルだな)


 五感を研ぎ澄ませて周囲の気配を探るも、ウサ耳一つ見えてこない。

 大量に展開された光の弾幕が、彼女の姿をくらませているのだ。

 攻撃魔法を隠れみのに使うなど、魔法の扱いにも相当手慣れているようだった。


 警戒は解かないままに、リオナは足を止めてポケットの中から〝火の結晶〟を取り出した。

 潜伏中は攻撃の動作ができない為、弾幕が次第に薄れつつあった。

 残った光弾を適当に躱し、リング上を俯瞰ふかんする。


 彼女の姿は相変わらず見えない。

 しかし、このリングの上の何処どこかに潜んでいて、この自分に必殺の一撃をらわす機会を耽々たんたんと狙っているのだろう。

 さながら、サバンナで狩りをする獅子ししが如く。


(さあ、何処からでもかかって来いッ‼‼)


 犬歯を剝き出しにして構えるリオナ。

 一瞬、観客の声援すらも途切れて、完全な静寂が訪れた。

 そよ風に金髪をでられ、心地良い温度が全身を包む。

 皆が緊張に冷や汗を滴らせる中、青い空を漂う雲の影だけが、ゆっくりと流れて行った。


 体感で永遠とも思えたその緊張は、現実にはほんの数秒にも満たなかった。

 常人には察知できない僅かな攻撃の意志を読み取り、リオナは胸が高鳴るのを感じながら、迎撃の未来を予想した。




 五時の方向で、土を踏みしめる音が聞こえた。




「そこだッ‼‼」


 握りしめていた結晶を躊躇ちゅうちょなく投げつける。

 パリン、という音が鳴り、結晶の落ちた地点で爆発が起きた。

 轟音ごうおんと共に表面の土や石ころなんかが吹き飛び、その下の地面を巻き上げる。


 拳や武器で直接殴れば敵を仕留めた手応えが返って来るが、結晶による魔法攻撃だと、どうも当たったのか当たっていないのか感覚がつかみづらかった。

 「やっぱ魔術師は向かねえな」などと考えつつ、黒煙が舞い上がるリングを注視する。


 ミラが反撃してくる気配はない。

 倒したのか、それともまだ潜伏状態なのか、今のリオナには判断が付かなかった。

 観客達も固唾を飲み、鋭い視線をリングへと向けていた。


「……ここで『やったか⁉』とか言えば、飛び出して来たりしないもんかね?」


 そうボソリとリオナがつぶやいた瞬間だった。


 立ち昇る黒煙の中心から、


「――≪リバースムーン≫ッ!」


 ミラの甲高い声が聞こえると同時、リオナを中心にドーム状の結界が現れた。

 リオナは驚愕きょうがくでも、狼狽ろうばいでも、焦燥でもなく、歓喜の笑みを顔に浮かべた。


「ハッ! そう来なくちゃあなッ‼‼」


 黒煙が晴れると、ほぼ無傷のミラがそこに立っていた。

 純白のマントはややすすを被って汚れていたが、本人にダメージは無いようだった。


 いくらレベルが高いと言っても、防御系のステータスに乏しい兎人族アルミラージでは、〝火の結晶〟による攻撃を完全に無効化することはできないはず……。

 その疑問に対する答えは、彼女の装備にあった。


 彼女の肘までを覆っているグローブ、その手首の辺りに金属の輪のような装飾がされており、表面に空けられたいくつかのくぼみに丸い石がめられていた。

 グローブそのものに見覚えはなかったが、そこに嵌められている石は知っている。


「……〝守りの心得〟か。効果は、〝物理攻撃or魔法によるダメージ減少〟!」


「ええ」


〝守りの心得〟は、防具の中の装飾品に属する装備品だ。

 ゲームでは装備枠に設定されるだけで効果を発揮したが、確かに、丸い石のままでは装備することはできない。

 あのグローブは、それを可能にする為のアイテムなのだろう。


 リオナは結界の中に閉じ込められ、行動を封じられている。

 その隙に、ミラは本命の魔法を放つ準備に入った。

 彼女の足元に淡い魔法陣が現れ、神々しいまでの気配を放つ。

 目を閉じ、魔力を練り上げていくミラの姿に、観客の誰もが視線を奪われた。


 唯一人、彼女と対峙たいじするリオナだけは、そんな彼女に見とれている場合ではなかった。

 結界を手当り次第に殴りつけ、必死に破壊を試みる。

 ミラがどんな魔法を使う気かは知らないが、長時間のチャージに入ったところを見ると、この一撃で勝負が決してしまう可能性が高い。


「チッ! さっさと砕けろッ‼」


 結界はダメージが蓄積すると、自然と壊れる設計になっていた。

 この異世界でも同じかどうかは知らないが、今はかく足掻あがくしかない。


 一向に壊れる気配のない結界にいら立ちを見せるリオナに対して、


「無駄ですよ。その結界は、私の先祖が月神から伝えられたとされる秘奥の一つ。物理攻撃程度では砕けません」


生憎あいにく、無理と言われて引き下がれる性格なら、〝獣王〟なんてやってないんでねッ‼‼」


「ふふ、その勝気な態度だけは高く買って差し上げます」


 ミラが不敵に笑う。

 足元の魔法陣がまばゆい光を放っていた。

 どうやら、切り札の魔法の準備が整ったようだ。


「……ですが、根性だけではどうにもならないことがあるという現実を、その身で味わってもらいましょうっ! ≪新月≫っ‼‼」


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