第三章 第三節 ~ 闘技場、参戦 ~


     ☯


 その頃、リオナは一人街の東にある〝闘技場〟を訪れていた。

 ゲーム内にもあるこの場所は、プレイヤー同士がPvPを楽しむ為の施設である。

 ストーリーをクリアするだけなら必ずしも訪れる必要のない場所だが、「PvPを知らずにMMORPGシェーンブルンは語れない」と言われる程、シェーンブルンのPvPは人気のコンテンツだ。


 勿論もちろん、これまで何千何万というPvPを戦い、勝利を収めてきたリオナも馴染なじみの場所である。

 風化した石柱の質感や観客達の視線、肌に伝う熱気など、リアルな情報はゲームとは比べる余地もなく、まるで全く見知らぬ場所に迷い込んだかのように錯覚するが、それでも、この地に足を踏み入れると、いやが応にも身体が反応してしまう。

 胸の内から沸々と闘志が湧き上がり、無意識に獰猛どうもうな笑みが顔に浮かぶ。

 リオナの顔を見た周囲の客が気圧けおされたように身を引いていったが、そんなことは気にならなかった。


(ハハ、ここならそれなりのヤツがごまんといるはずだ。昨日は何かと消化不良だったが、その分思い切り楽しませてもらおうか……!)


 あふれ出る闘志を隠そうともせず、リオナは意気揚々と闘技場の入り口をくぐった。


 中に入ると、屈強な犬人族クー・シーや小柄な兎人族アルミラージ、しなやかな猫人族ケット・シーや派手な鳥人族ハーピィなど、実に様々な種族の男達が、言葉を交わしたり身体の調子を確かめたりしてにぎわっていた。

 種族はバラバラだが、皆共通して鋭い視線を辺りに張り巡らしている。

 戦う前から戦いは始まっているのだということを、彼らは十分に身に染みてわかっているのだ。


 その身から立ち昇る熱量は、闘技場の外で感じたものとはまるで桁違いだった。

 チリチリと肌が焼けつくような闘気が、陽炎かげろうの如く揺らめいているように見える。

 その中をリオナは臆することなく真っ直ぐにカウンターへと向かって行った。


 突如現れた謎の美少女に、盛り上がっていた男達は一斉に言葉を失った。

 一転して静けさを取り戻した空気は重く、リオナに集まる視線がとてつもない重圧を放つ。

 それら一切を気に留めた風もなく、リオナは辿たどり着いたカウンターの向こうに立っていた受付の女性に声をかけた。


「冒険者のリオナだ。種族は獅子人族ライオネル、クラスは〝戦士〟、エントリーコースは……〝チャンピオンズカップ〟で頼む」


 その瞬間、黙ってリオナのやり取りを眺めていた男達がどよめいた。


「お、おいおいマジかよ……! 女で挑戦するってだけでも珍しいのに、よりによってチャンピオンズカップかよ!」


「誰なんだ、アイツ? 冒険者って言ってたが、街で見たこともない顔だし……新米か?」


「ひょっとしてあの、わかってないでエントリーしてるんじゃないのか? おい、誰か止めた方が……」


「まあいーじゃねーの! 何だか面白くなりそーだし? 歓迎歓迎!」


 男達の反応は様々だった。

 女が参加することに戸惑いを隠せない者、面白くなりそうだからとはやし立てる者、プライドに泥を塗られたと思って怒りをあらわにする者……

 それら全てをそよ風のように受け流し、リオナは胸を張って受付を睥睨へいげいした。


 これに対し、受付は困ったような慌てたような様子でリオナに尋ねた。


「あの……失礼ながら、レベルは……?」


「ん? 何だ? 出場資格にレベル制限でもあるってのか?」


「い、いえ! そういうわけでは!」


 リオナの強気な態度に、受付も引かざるをえなかった。

 だが、これはリオナの作戦だ。


 リオナとて、外面上は熟練の実力者の風貌を装っているが、内心レベル1の自分では出場を断られるだろうと踏んでいた。

 折角足を運んだのに、門前払いに遭ってしまうのは残念で仕方ない。

 それに、この闘技場は、ここがゲームによく似た異世界であるとわかった瞬間から、リオナがずっと行きたいと思っていた施設の一つなのである。


(ここまで来て引き下がるなんて真似まね、できるはずねえだろ⁉)


 最悪一暴れしてでも強引に出場してやるつもりだったが、どうやらそんな無駄な労力は費やさずに済みそうだ。

 これで心置きなく全力で試合を戦える。


 自らの作戦が功を奏したことに満足しているリオナに、受付が参加用紙を手渡した。


「で、では! こちらの規約を読んで頂いて、よろしければ最後に署名を……」


「もう書いたぜ」


「そ、そうですか! そうしましたら、受付の処理を行いますので少々お待ちください!」


 数々の挑戦者を前にしてきた受付は、この時点で「何やらとんでもない人と関わってしまったのでは……?」と薄々思い始めていたが、文句を言っては何をされるかわかったものではないので、半ばやけっぱちになりながら受付の準備をした。


 そうして受付の作業をリオナが待っていると、その背中に近付く一つの気配を感じた。


「何か用か?」


「ほほう? 少し近付いただけで気配を察知するとは、なかなかできるようだね?」


 ゆっくりとリオナが振り向く。


 金色の瞳に映ったのは、前髪をキザったらしく伸ばし、無駄に装飾過多なよろいに身を包んで腰からサーベルを提げた青年だった。

 濃い顔立ちをしているが、パーツは整っていて美形と呼べる。

 口端に自然に浮かべられた笑みは、決していやらしいものではなく、正しく好青年と言うべき男だった。


 青年の存在に気付いた男達が、慌てて道を開ける。

 青年がその間を優雅に歩いて行くそばで、男達がひそひそとささやき合っていた。


「おい、見ろよ。〝幻影〟だぜ? 近くで見ると迫力あるよな!」


「大会に参加しに来たのかな? これは面白くなりそうだね」


「だな。あそこの嬢ちゃんと戦ったりしねえかなあ……」


 そんな男達の熱の籠った声をネコ耳で捉えながら、リオナは青年の姿をざっと眺めると、頭の中で青年の強さを概算してみた。


(……ふむ、装着者に魔力量増加の効果を付与する〝キュリアスの鎧〟と、詠唱時間短縮の効果を付与する〝ワンダーサーベル〟か。特別珍しい装備でもねえが、効果が単純で使いやすい。定番の装備だな。だが……)


 そこでリオナは、青年の頭上に生えた犬っぽい耳と、背後で揺れるふさふさの尻尾を見った。

 犬人族の特徴に似ているが、色が灰色っぽいので、犬人族のものではない。

 つまり、青年の種族は――


(――〝狼人族ウルフィー〟、か。敏捷性びんしょうせいと攻撃系能力に優れた、〝三強〟の一つ……)


 シェーンブルンに登場する八種族の内、特にパラメーターの優れた竜人族ドラグーン、獅子人族、狼人族をまとめて〝三強〟と呼ぶことがある。

 狼人族はその三種族の中でも突出して敏捷性の高い種族だ。

 加えて、月の満ち欠けによって敏捷性が変化する特性も持っており、満月時には、全種族最速を誇る猫人族を上回る敏捷性を発揮する。


 もっとも、敏捷性が高い=操作が難しいのがMMORPGシェーンブルンでの鉄則であり、竜人族、獅子人族に比べると、使用率はやや低い。

 その分、狼人族の使い手は高確率でゲームをやり込んだ上級者であり、リオナも苦戦を強いられた記憶がある。


(……それでも、敏捷性の差は技術や動体視力でどうにかできる。狼人族で一番怖いのは、パラメーターの特性上、物理型にも魔法型にも育てられるってことだ。一見物理系の装備で固めているように見せかけて、いきなり遠距離から魔法を撃ってくるなんてパターンもある。目の前のコイツは魔法系の装備だが、果たして……)


 とリオナが青年を注視していると、


「どうしたんだい? そんなに見つめられると照れるじゃないか!」


「そうか。そいつは悪かったな」


「いや何、責めたわけではないんだ。こうも有名になってしまうと、これくらいの視線には慣れてしまうものでね」


「そういやオマエ、何か有名人っぽかったな」


 青年はうなずき、軽く居住まいを正すと、リオナをズビシッ!と指差した。

 途端、青年の雰囲気がガラリと変わり、重苦しい程の闘志が全身から溢れ出した。

 ひそひそとうわさ話をしていた周りの男達も、青年が放つ重圧に当てられてか、一斉に口を閉じる。


 強い意志の力を宿す青年の視線を真っ直ぐその身で受けながら、リオナは沸々と湧き上がる高揚感に口角をり上げた。

 この雰囲気は知っている。

 青年が次に口にするであろう言葉も、容易に予想できた。


(これは……間違いねえ、〝決闘〟の申し込みだ!)


 MMORPGシェーンブルンには、〝決闘〟というシステムがある。

 通常のエンカウントバトルやPvPと違い、決闘者が互いに自由にルールを決めて対決できるというものだ。

 勝敗をポイント制にしたり、ハンデを設けたり、「敗者が勝者に賭け金を支払う」なんてルールを追加したりすることもできる。


 この世界に来て初めての決闘の予感に期待しつつ、リオナは青年の言葉を待った。

 そうして訪れた静寂の中、青年は声を張り上げ、高らかに宣言した。


「――我が名は、ハイドルクセン・フォン・ヴォルフスベルク! 由緒正しき〝ヴォルフスベルク家第十四代当主〟にして、〝チャンピオンズカップ第六十ニ代目チャンピオン〟! この家紋と称号の下、私は君に――〝ケッコン〟を申し込むっ‼‼」


「……え?」


「……は?」


 思わず素の声が漏れた。

 普段はスーパーコンピューター並みの頭脳を、悪戯いたずらを考えることにフル活用しているリオナだが、この時ばかりはどう返せばよいのかわからなかった。

 ボケばかり担当していた所為せいで、ツッコミには慣れていなかったのだろうか。


 青年――ハイドルクセンの宣言を聞いていた周りの男達もまた、リオナと同じく放心したように沈黙していた。

 だが、徐々にハイドルクセンの放ったとんでもない言葉に対する理解が追いつき、


「「「ええええええぇぇぇぇぇぇええええええっ⁉」」」


 と、思い出したかのように驚嘆の声を上げるのであった。


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