第一章 第七節 ~ 犬人族の男達 ~
☯
カウンターは三つ並んでおり、左から順に冒険者登録(初期設定)、ストーリークエスト、イベントクエストと役割が分かれていた。
ゲームでは全て同じグラフィックのモブがそこに立っていたのだが、ここでは別々の女性が各カウンターに立っていた。
そのカウンターの一つ、真ん中のストーリークエスト用のカウンターに先客の姿があった。
鋼の
いずれも40代前後といった外見で、イヌ耳とイヌ尻尾を生やしている。
〝
その内の一人、リーダー格らしき男が、カウンターに立つ女性に詰め寄っている。
「な・ん・で、アイツらには紹介して、俺達には紹介できねえんだよッ‼‼」
「で、ですから……先程も申しましたように、クエストの受注は先着順でして……」
「んなもん知ったことかッ‼ 俺達はなぁ、毎日毎日汗水どころか血まで流してギルドに稼ぎを納めてやってんだよォ! 一体誰のお陰でここをやっていけてると思ってんだァ?」
「そ、それは……」
「それによ、コイツはお前らにとっても悪くねえ話なんだぜ? アイツらと俺達とじゃ、レベル差は天と地程もある。どうだ? 俺達に任せりゃ、アイツらの倍は稼いできてやるよ」
そうだそうだ、と
ガラの悪そうな男達の視線に
それでも首を縦に振らない女性に業を煮やした男は、バンッ!と机を
「つべこべ言ってんじゃねえッ‼‼ とっととそのクエストを寄越しやがれェッ‼‼」
「いい加減にしなさいあなた達っ‼‼」
「誰だぁッ⁉」
見ると、先程まで隣にいたはずのミラが一瞬にして男達の前に駆け寄り、ウサ耳を逆立たせて、憤怒の視線で男達を睨みつけていた。
彼女の身の丈の倍はあろうかという
「クエストの受注は早い者勝ち――ギルドで定められたルールでしょうっ⁉ 最低限のルールすら守らず何が冒険者ですかっ⁉」
「おおっと⁉ これはこれはミラちゃんじゃねえか! こんなトコで何してるんだァ?」
「話を聞きなさいっ‼‼」
男達が彼女に気付くと、途端に彼らは
ミラは男達の態度に殊更憤慨し、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「ギルドがやっていけるのは、冒険者が多額の税を納めてくれる為……それは認めましょう。ですが、それとこれとは話が別。ギルドの定めたルールを守らない者は、不法者として処罰対象となります。場合によっては、冒険者の資格が永久に凍結されることも……」
「それがどうした?」
「っ⁉」
男はニヤニヤと底意地の悪そうな笑みを浮かべ、
「聞いたぜ? 最近魔族の動きが活発になってるそうじゃねえか。
「そ、そうですが、それが……?」
一体何の関係が。
そう言おうとしたミラに、男はとびっきり邪悪な笑顔を見せ、
「そんな強敵に立ち向かうには、俺達冒険者の力が必要なわけだ。万一魔王や魔族が街に攻め入って来たりでもしたら、この街は大変なことになるもんなァ? ……わかるか? ギルドは魔王に対抗する戦力を確保する為にも、滅多なことじゃ冒険者の資格停止なんて処分はできないんだよ」
「っ⁉」
勝ち誇ったような顔をして、男は続ける。
「そういうわけだから、ギルドも多少の好き勝手は許してくれるのさ。あーあー、まったく冒険者に過ごしやすい世の中になったこって! 魔王様様だな!」
わははは、と下品な笑い声を上げる男達。
ミラは何も言い返せず、唇を
ひとしきり笑い終えた男達は、
「……ま、別にいいんだぜ? 俺達を処罰しても。そん時は、お前が獣人族を滅亡させたことになるけどな」
くつくつと陰気な笑いを浮かべながら、男達はミラの脇をすり抜けて去って行く。
ミラと男達のやり取りを眺めていたカウンターの女性も、何も言えずに黙りこくっていた。
ミラは
「……いいでしょう。あなた方の弾劾裁判をギルドに請求しておきます」
「……何?」
男達が振り返る。
鋭い敵意を秘めた視線を前に、ミラは
「……ですが、獣人族を滅亡させるつもりもありません。私は……」
ミラはそこで一つ息を吸い込み、一瞬だけリオンの方をチラリと見て、
「……私は、世界を救う英雄を異世界より召喚したのですから……!」
その言葉に、周囲が言葉を失う。
時が止まったかのような静寂が辺りを包む。
「……っぷ! どわっはははははッ! い、異世界ぃ? 召喚ん? ぶは! こらァ傑作だ! あの真面目で堅物のミラが妄想に
「んなっ⁉」
これっぽっちもミラの言葉を信じていない男達は、地団太を踏み、目元に涙まで浮かべて盛大に笑い転げている。
ミラはそんな男達に一層腹を立て、
「ほ、本当ですっ‼‼ そちらにいる金髪の方こそ……!」
「ああん?」
男達が
彼女の姿をその目に映すと、
「……! ほほう……これはこれは、とんでもねえ上玉が近くに潜んでいたモンだ。こぉんなきれーな姉ちゃんが英雄ねェ? どおれェ……」
男はそう言うと、無遠慮にその手をリオンの豊満な胸に伸ばしてきた。
リオンは伸びてきたその男の手首を
「……悪いが、そいつは有料オプションだ」
「こりゃ失敬」
男は伸ばした手を引き戻しつつ、値踏みするかのような視線で、リオンの身体をねめ回した。
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべ、それから、やはり侮蔑を込めた声で、
「ま、この嬢ちゃんが俺達のレベルの半分でもありゃ、信じてやるよ!」
そのまま下卑た笑い声を上げながら、今度こそ男達は去って行った。
その背中をギリと歯噛みしながら、ミラは見つめていた。
リオンはそんなミラに、不機嫌さを隠さない声音で話しかけた。
「ったく……面倒なことしやがって。オレは面倒事にまで首を突っ込む気はねえぞ?」
「そ、それは……」
ミラは感情に任せて男達に突っかかっていったことが恥ずかしくなり、ウサ耳を萎れさせて俯いた。
彼女の行動は、リオンのことを顧みない短絡的なものだった。
結果として、全く無関係のリオンまで迷惑を被ってしまった。
それがいたたまれなくて、彼女は巣穴があれば入ってしまいたくなった。
リオンは金髪の後ろ髪をボリボリと
(……感情豊かなのは面白いが、怒りやすいのはいただけないな)
冷静さを失ってしまうようでは、今後いくつものトラブルの種となる可能性が高い。
彼女と行動を共にする上で、そんな面倒に巻き込まれるのだけは御免だ。
小さくなる彼女を責める気にもなれず、結局リオンは意識して話題を転じることにした。
「……ほら、いつまでそうしてんだ。冒険者登録の為にここまで来たんだろ?」
「……そうですね」
「………………」
はぁ、ともう一度だけ溜息を吐いたリオンは、
「……昼飯は肉がいい」
「?」
リオンの意図がわからず、キョトンと首を
リオンはニヤリと口の端を
「一階の食堂の話だよ。冒険者登録すれば使えるんだろ?」
「はい」
「ならさっさと済ませちまおう。いい加減腹が減った」
「……ふふ、わかりました。こちらですよ」
まだいくらかいつもの元気が無いものの調子を取り戻した彼女に促され、リオンは一番左のカウンターの前に立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます