第一章 第五節 ~ 救世の対価 ~


     ☯


 広場から拠点へはさほど離れていなかった。

 見えてきた建物を指差し、ミラが言う。


「あちらなのですよ♪」


「ふむ」


 ミラの言う拠点というのは、木造三階建てで、周りより一回り程大きい建物だった。

 入り口は大きく開け放たれ、何者でも自由に出入りできるようになっている。

 冒険者らしき外見の男や女が、頻繁に出入りしていた。


 中に入ってみると、一階部分は大衆食堂になっており、そこかしこから美味おいしそうな匂いが漂ってきた。

 意識せずして、唾液の分泌が促進される。

 そう言えば、徹夜明けの食事前にここに召喚されたので、どうしようもなく空腹なのだった。


「オイ、先に飯にしねえか?」


「残念ながら、この食堂は冒険者の方でないと使用できないのですよ……。冒険者登録ならここの二階ですぐできますので、もう少しお待ちください」


「ちぇ、使えねえウサギだな」


「わ、私の所為せいではないのですよ⁉」


 ブツブツと悪態をきながらも、そういう決まりだと言うのなら仕方ない。

 仕方ないので、リオンはおとなしく、


「……おとなしくウサギ鍋でも作るか」


「ひぃっ⁉」


 ミラがウサ耳を逆立ててリオンから飛び退いた。


「冗談だよ」


「さ、左様デスカ……」


 リオンはケラケラと笑いつつ、


「ウサギ肉は丸焼きに限る」


「ひいぃぃぃっ⁉」


 先程以上に身を震わせた彼女は、脱兎だっとの如く勢いで二階へと逃げて行った。


「……へえ、ここのウサギはあんなに速く走れるのか」


 人類最速の男を余裕で置き去りにできる速度で突っ走っていった少女の背中を見送りつつ、リオンは感心したようにつぶやいた。

 それから、改めて建物の内部を観察してみた。


 この雰囲気は知っている。

 冒険者でにぎわい、辺り一帯にダンジョンやら何やらについての会話が飛び交う様子は、間違いない、冒険者ギルドのものだ。

 よくよく観察してみれば、建物の造りもゲーム内で見たグラフィックにそっくりである。

 ゲームでは様々なチャットが飛び交っていたが、あれはこの喧騒けんそうを表現したものだろう。


 ゲーム内でよくお世話になった場所に生身で居ることに若干の高揚感を覚えつつ、リオンは二階へ向かった。

 ゲームと同じならば、ギルドの二階は冒険者になる手続き、すなわちプレイヤー名や種族などの初期設定を行う為の場所だった。

 リオンがプレイヤーとしてこの世界に召喚されたのなら、彼女は冒険者登録の為に彼をここへ案内したかったのだろう。


 リオンが二階へ上がると、ウサ耳の付いた可愛らしいテーブルが一台置いてあるのを見つけた。

 訂正、テーブルにウサ耳が付いているわけではなく、その向こうにミラが隠れているのだ。

 頭隠してウサ耳隠さず。テーブルの色と彼女のウサ耳の色が同じな為に、テーブルからウサ耳が生えているように見えている。


 ブルブルと震えるウサ耳に近付くと、リオンは、


「そい」


「ふにゃあっ⁉」


 全力で引き抜きにかかった。

 猫のような叫び声を上げながら、ミラがテーブルの影から飛び出す。

 涙目になりながら、


「い、痛いです痛いのです痛いのですよっ⁉ いきなり引っ張るとはどういう了見です⁉」


「古い歌にもあるだろ? 引っこ抜かれて~、あなただけについて行く~♪」


「それ、最終的に食べられるやつですからっ‼」


 顔を真っ赤にして怒るミラ。

 出会ってから数十分、なかなか感情豊かで面白いヤツだな、とリオンは思い始めていた。


 いつまでもそうしていても話が進まないので、リオンは先を促した。


「……で? この世界について説明してくれるんじゃなかったのか?」


「おっと、そうでしたそうでした。何処どこから話そうか迷っていたのですよ。お待たせして申し訳ありません。ですが、先にこれだけは言っておきませんとね!」


 ミラはくるりとこちらを振り返り、両手を大きく広げて、この世界を示すようにして、言った。


「ようこそ、私達の世界≪シェーンブルン≫へ! 私達は、異世界人であるあなたの来訪を歓迎します!」


「……ほう?」


(よりによって〝シェーンブルン〟と来たか……いよいよもって、あのゲームとの関連性を感じるな?)


 単なる偶然、というわけではなさそうだった。

 ゲームと同じキャラデザイン、ゲームと同じグラフィック、ゲームと同じモンスター……

 これだけの共通点がありながら、ゲームのタイトルとは無関係だなんて、そんな偶然有り得るわけがない。


 とは言え、この世界がどの程度ゲームとの関係を有するのかは未知数だ。

 両者の関係性を考察する為、リオンは取りえず彼女の話を聞いてみることにした。


「……それで? ここはどういう世界なんだ?」


「はいな! この世界では、〝獣人族〟と呼ばれる八つの種族が、それぞれの地域を拠点として自由気ままに生活しています。森で狩りをしたり、川で魚を釣ったり、商売を営んだり……。

 普通に生活する分にはそれだけで事足りますが、更なるドキドキワクワクを求める方は、冒険者となって≪シェーンブルン≫の世界を旅して回っています。世界の至る所には、野獣や魔族などの強力なモンスターが生息し、それらを倒して経験値とお金を稼ぐのが、そういった冒険者達の生活なのです!」


 ウサッ!と効果音が聞こえそうな勢いで、ミラは自身のウサ耳をピンと伸ばした。

 ふむふむ、とリオンはうなずきつつ、


(ここまでの説明はゲームのチュートリアルと同じか。なら……)


「……なら、オレがばれたのは、さしずめ魔王を倒して世界に平和をもたらして欲しい、ってトコか?」


「あや? 何故なぜわかりました?」


「………………」


 ゲームでプレイヤーはそういう設定になっていた。

 だが、それを彼女に言ったところで混乱を招くだけだろう。

 ミラは不思議に思いつつも、リオンが答える気のないことを悟ると、話を次に進めた。


「……はい、その通りです。……実は最近、新たな魔王の覚醒が近付いているといううわさが飛び交ってまして……。それを裏付けるように、魔族の動きが活発になっているのです。あ、魔族についてはご存知で?」


「なんとなくな」


「でしたら、その辺りの説明は省略させていただきますね?」


 魔族とは、魔王の眷族けんぞくであり、魔王の手足となって獣人族の支配を企む種族――と、ゲームでは設定されていた。

 多くはモンスターと同じカテゴリーに分類され、一部を除いて言葉を話すことはできず、エンカウントすると一方的にプレイヤーを襲って来る。


 この異世界における魔族がゲーム内での魔族と全く同じ、という保証は無いのだが、ゲームのチュートリアルでも聞かされた説明を長々と聞く気はなかった。

 何にせよ、ゲームには無かったチュートリアルのスキップ機能が付いているのはありがたい。


 ミラは和やかな雰囲気から一転、赤い瞳に真剣な色を宿し、リオンに向かって言った。


「……私は、この世界に住まう獣人族を魔王の脅威から救うべく、異世界人であるあなたを召喚しました。異世界からやって来た英雄が、魔王を打ち滅ぼして≪シェーンブルン≫に平和をもたらす――。……私が幼い頃から聞かせられてきた御伽おとぎ話、それが本当になると信じて。……だから――」


 ミラはそこでごくりと息をみ、リオンの瞳を真っ直ぐ見つめ、


「……だから、お願いです! この世界を救う為に、あなたの力を貸してください‼‼」


「断る!」


「……え?」


 ミラが言い終わらないうちにリオンは即答した。

 その言葉の意味がわからず、彼女が目を丸くする。

 真剣な瞳をした彼女から視線をらし、リオンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……今、なんて……」


「断る、と言ったぜ?」


「ど、どうして……」


「ハッ! テメェ、自分の立場になって考えてみろ? いきなり喚び出された挙句そのまま縁も所縁ゆかりも愛着も何もえ世界の命運を背負わされるなんざ、迷惑にも程があるだろ。そんな慈善活動、聖人でもない限りやらねえよ。

 召喚した異世界人が無条件で世界を救ってくれるってんなら、そいつの世界はノーベル平和賞受賞者であふれてるだろうさ」


 もう一度、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ミラは決死の頼みを一蹴されたことに動揺を隠せず、どうしてよいかわからなくなった。

 協力が得られないなら、この世界を救う手立てがもう思いつかない。


 まさか、即決で断られるとは思ってなかった。

 不安に駆られるミラの前で、リオンは一転、獰猛どうもうな笑みを浮かべて言った。


「だがまあ……条件次第じゃあ、テメェらに協力してやってもいい。折角遠路はるばる異世界の果てからやって来たんだ。何もしないで帰るっていうのも……損な話だよなあ?」


 ニヤリと口の端をり上げるリオン。

 もしここで彼の機嫌を損ねれば、世界は滅亡路線まっしぐらだ。

 ミラは肉食獣を前にしたウサギのようにおびえた様子で尋ねた。


「……条件、とは?」


「ふむ。そうくってことは、条件を呑むつもりがあるって見ていいのかい?」


「……ええ、構いません。私としても、折角喚び出したあなたを手放すのは苦渋の決断です。あなたの言うことは筋が通っていますし、私にできることなら……」


 キュッと拳を握ってリオンの返答を待つ。

 彼女を値踏みするかのように爪先からウサ耳の天辺まで眺めると、リオンは実に楽しそうに笑って言った。


「……そうだな、ならこうしよう。オレは娯楽に飢えている。テメェがどうしてもオレをこの世界に引き止めたいんなら、条件は唯一つ――このオレを楽しませてみせろ!」


 楽しいか否か。

 リオンがこの世界に求めているのは、その一点だけだった。異世界だろうがゲームだろうが変わりはない。

 楽しむことこそ彼の生きる目的であり、動力源だった。


 この世界を見定めるような挑戦的な視線を送るリオンに対し、ミラは一瞬だけほうけた顔をした後、その可愛らしさからは想像できないような不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふふ……わかりました。あなたがそれを望むというのであれば……≪シェーンブルン≫は、あなたに最高の娯楽を提供すると約束しましょう」


「言ったな? 訂正は許さないぜ?」


「はい!」


 鋭い眼光が金色の瞳に宿る。

 全身から立ち昇る荒々しいオーラに、ミラは自身の産毛がチリチリと粟立あわだつのを感じた。

 こちらを睥睨へいげいするリオンの顔に貼り付けられた笑みは、獰猛で、威圧的で、にらまれただけで身がすくんでしまう程恐ろしい。

 なのに――




 なのに、その表情は、無邪気な少年のように、期待と好奇心に満ち溢れていた。




 そんなリオンの顔が印象的でミラは暫く見とれてしまったのだが、彼はふいときびすを返し、


「ほら、さっさと行こうぜ? 冒険者登録するんだろ?」


「あ、は、はい! 只今ただいま!」


 慌ててリオンの後を追って二階のカウンターへと向かう。


 この異世界人についてはまだわからないことだらけで、粗野で自己中で悪戯いたずら好きな悪童の面ばかりが目立つようにも思えるが、ミラはどうしてか、この人ならば獣人族を、≪シェーンブルン≫の世界を救ってくれるような気がした。

 黒い暗雲が立ち込めていた空気を、言葉一つで吹き飛ばしてしまったかのようだ。


 迫り来る魔王の脅威に対抗すべく東奔西走していたここ三年間の苦労と苦悩から解放され、軽くなった足取りでミラはリオンの隣に並んだ。

 途中、リオンが思い出したように口を開いた。


「ああそうだ。もしこの世界が最悪につまらねえ世界だったら、オレが世界を滅ぼすから」


「はい! ……え?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る