第8話 女7人で人呼んで『七人の足軽』


 われら女7人、人呼んで『七人の足軽』って、誰も呼んじゃいないけど、7人の女たちで戦国時代を生き延びている。


 で、我らの力量をみた、明智光秀の配下古川九兵衛に足軽として雇われ正式に明智軍に組み込まれた。いや、お目が高い!


 もうね、超特急の出世頭だよ。現代なら契約社員から正社員にほぼ2ヶ月もなく出世したってことで、この調子なら、すぐ主任になれそうな勢い。


 しかし、世の中、そんな甘いもんじゃない。

 偵察にでた小谷城近辺で、いきなり矢をいかけられた。


 オババが太ももに矢を受けた。この時代に怪我なんて抗生物質もなくて、時に命取りだから。 


「よっし、走るぞ」と、九兵衛は叫んだ。

「敵はもういないんだろ?」と、トミが聞いた。


 戻ったばかりのテンが首を振った。無表情でめったに声も出さない彼女が、稀に話すときは危機が迫っている。


「逃げる」と、彼女はポツリというと、すでに走りだしていた。


 気を失ったオババを丸太を持つように抱きかかえ九兵衛がその後を追う。

 トミは足が遅い。


 そして、アメ、大丈夫です。現代に生きていた私は50m走を立派に13秒で走れる自信はある。


 ちなみに、現代の一般男性の50m走平均タイム7秒43、女性9秒20だそうで、ちなみに80歳女性の平均タイムが13秒2だそうだ。


 てか、私、80歳女性の平均?


 さて、戦国時代の人間には自動車もなければ電車もバスもないから、自分の足を使って走る訓練ができていた。やはり、この転生したマチの体は私とは鍛え方が違う。足が速い。


 走ったら、オババを抱えた九兵衛を追い抜きそうな勢いで驚いた。


 感覚がね、自分の走る速度の感覚を脳は覚えているわけで、でも、身体のほうが違う。


 速いんだ。


 林を抜け平野を走る私。頬に風が切れていく。

 思わず笑いだしそうなくらい爽快で、後ろをついてくるトミにむかって微笑みかけた。


 と、その瞬間、凍りついた。

 後ろから数名、たぶん、10人くらいの雑兵が追いかけてくる。


「敵だ!」


 九兵衛に叫んだ。

 もう一度、振り返ると、敵はどんどん近づいてくる。


 おいおい、早すぎだろう。

 オリンピックの短距離走に出れそうな速度だ。

 ウサインボルト10名、それ、ないから!


「うをおおおおお!」


 雄叫びが聞こえ、さらに、近づいてくる。

 差は、すぐに縮まりそうだった。


 彼らが叫んだ!


「待えええぇ!」


 待つか、アホ!


 私たちは必死で走った。なんとか浅井勢の追撃を逃れ、ほうほうの体で織田軍が設営した虎御前山の砦にたどり着いた。


 それでも砦の前で心から安心なんてできるわけなかった。


 私ときたら、助かったと思った瞬間に、汗がど〜〜ん、足がふらっ、あっと思ったときには腰がぬけて尻餅をつき、呼吸困難に陥っていた。


「着到報告せよ!」


 威勢のよい声で、机に紙を広げた官吏が九兵衛に怒鳴った。


 その声が妙に裏返ってると思ったけど、ま、それとは別に、できたばかりの砦は切り出した木材も新しく、内部も活気に満ちている。


「明智光秀が配下、古川九兵衛と配下の者だ。明智殿の密命で伺った」


 九兵衛の声はよく通る、しかし、へ? 

 そうなのか?

 お前、その嘘、大丈夫か。


 ここに織田信長が砦を築いていることも知らなかったろう。光秀から直接に命令を受けるほどの身分でもない。


 配下の斎藤利三から間者として探ってこいと言われたその他大勢でしかないはず。


「一人、矢傷を受けた。どこに行けばよい」

「矢傷、どうした」

「この先の清水谷に至る森で襲われたんだ」

「おお、そうか。入れ!」


 戦国時代というのは、いい加減だと思う。


 こんなふうに砦に口頭だけで入れるってことも問題じゃないか?

 まあ、しかし、本人確認しようにも写真もないし、まして指紋認証などできるはずもない。いやね、もう、簡単すぎるわ。


 そんなことを考えながら……。


 城内の傷病施設に入ったんだけど、

 これが病院かと、私は落胆し不安になった。


 土ボコリは入り放題。ゴザが引いてあって、そこに寝るだけの場所だ。板張りの屋根があるだけマシという代物。


 現代の衛生管理からしたら、治療するなんて考えてないでしょ。免疫機能で、うまく生き延びたら儲けものって、そんなレベルでしょ。


 それでも、オババの太ももからの出血は止まっていたからよかった。


「オババ」

「ああ、アメ、酷い目にあった…」という声が前より確かだ。


 夏のことだが、カラッと晴れた日で、日陰にいれば風通しがいい。

 まだ、戦闘前ということもあり、負傷者はいなかった。


「私が金瘡医だ。曲直瀬まなせの直弟子の長野である」と、貧相な男が名乗った。


 矢傷などを治療する専門医を、当時、金瘡医と呼んだ。

 といっても、21世紀の医者とは違う。


 なにやら、薬草のようなものを傷口に塗るぐらいの処置だが、それでもないよりマシだろう。


 彼の師、曲直瀬道三という医師は、当時、かなり有名だった。


 漢方医学を学び、天皇や戦国大名の医師として活躍した。信長も治療を受け、褒美を出している。後世では日本医学中興の祖として名が知られる医師である。


 その直弟子というからには、使うのは漢方。

 板塀の一方に薬草を置いた棚があり、そこからツンとした独特な匂いが漂っている。


「オババ」

「アメ、心配するな。これしきの怪我、私の子供の頃にはな。ま、ツバをつけといたものだ」

「オババ、それ、昔といっても、未来だよ」

「そ、そうだな」


 オババは力なく笑った。


(つづく)

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