第34話 歌川、拉致される
「はー! やっぱり石垣島は空気が違いますね。体がバカンスだって言っていますよ」
歌川は空港ロビーを出ると、両手を上げて背伸びをした。造船所のお偉いさんにひたすら頭を下げたせいで、今はすっかりと気を緩めていた。
それは伊佐も同じだった。胸を張って肺を広げて、南国の柔らかな空気を吸い込んだ。
「今日は休みだろ。ゆっくりしろよ」
「言われなくともそうさせていただきます」
眼鏡のふちを上げながら歌川はキャリーケースに手をかけた。「では」と歌川が足を踏み出した時、伊佐は歌川の前に腕を突き出した。
ドンッ
「うへっ。ちょっとなんなんですか。伊佐さんここに来て嫌がらせですかっ。僕は疲れているんですよ」
「おい、歌川。あれ」
「ですから、あなたのイタズラに付き合っている暇はないと」
「おまえに、迎えが来ている」
「はい?」
「歌川専属のあの子じゃないのか」
「なんです? 僕専属って……えっ」
伊佐の視線を追いかけて確認した歌川。そこにいたのは主計科主任の虹富まどかだった。虹富は満面の笑みを浮かべて、こちらに向かって大きく手を振っている。
「おや? またどうして彼女が」
「歌川さーん! おかえりなさい!」
「歌川。俺はタクシーで帰るから、じゃあ」
「えっ、伊佐さん! ちょっと、どういうことですかー」
片手を上げてまたなとタクシーに乗り込んだ伊佐は、歌川を待つことなく行ってしまった。歌川はそんな伊佐を呆然と見送った。何が何だか頭の整理が追いついていないのだ。
「歌川さん! 宿舎まで送りますね。さあ、乗ってください。疲れたでしょう?」
「虹富まどかさん、なぜここに!」
「ですから、歌川さんを迎えに来たんですよ。私もたまたまお休みだったので。あっ、お夕飯食べてもらえますよね? 職員のために新しいメニューを考案したんです」
「は、え、ああ」
あの饒舌な歌川が完全に虹富のペースにおされていた。伊佐がさっさと帰った理由はここにある。とにかくこうなることは想像ついていたし、それを見ていられなかったのだ。
「かみしまが帰ってくるまで、私たちもがんばりましょうね! もう、歌川さんたら。しっかり」
「うおっ」
歌川は虹富に、ドンと背中を押されてあっという間に車に乗せられる。船から降りた方が、なんだか大変な予感がしたのはいうまでもない。
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