第3話 嫌な真実

「ステータス」

 俺は横たわる魔獣を横目にそう言う。

 目の前にいつもの窓が表示される。


 そこに記された職業は最弱奴隷でも捕食者でもなく、農民戦闘員だった。

 そしてその下に記されるステータス値は、身体能力27、魔力適性11、身体能力上限値50、魔力適性上限値30、【特殊能力】農地で魔獣と戦うと身体能力が向上する、とある。

「……あれ、減ってない?」

 農民戦闘員になったのは嬉しいが捕食者の時は両方とも30だったはずだ。

「まさか……職業変更」

 俺がそう宣言すると窓に記された文字が変化し始める。

 内容は最弱奴隷、捕食者、農民戦闘員となっている。


 やはりそういう事か。

 いくら二つ三つと職業を増やしたとしても使えるのは一つだけで、職業によって上限値も変わるからそれ相応の値に変化してしまう訳だ。

「農民戦闘員」

 その言葉と共にステータス画面は先ほどと同じものになる。


 一つだけなのは残念だが、まあでも構わない。

 俺はこれから村に戻って農民戦闘員として安穏とした生活を手に入れるんだから、ここに来ることも少ないだろう。


 俺は歩いて、洞窟の入り口に戻り、そのまま穴をよじ登る。

 外は早朝の様で薄ぼんやりとしか前が見えない。

「今から帰れば三日くらいか」

 弱く腹が減っている時に一週間なら、今ならもっと早いという事だ。


 食料は途中の木の実か動物、弱い魔獣にしよう。

 そう考えて俺は来た道を歩き出した。


 ※※※


 結局、一週間かかってしまったが、運よく魔獣にも会わずに、木の実も上手い事手に入ったので、今回は空腹感も少ない。

 もう、村の柵の前、まだ誰も俺の存在には気が付いていない。


 俺は柵の入り口から入る。

「おーい、皆!」

 そして大きく声を出した。

 それに反応して村を行きかう多くの者達がこちらを向く。

「皆、俺、農民戦闘員になったんだ。だから俺にもまた農業させてくれよ」


 何秒か経過して、誰かが口を開いた。

「お前誰だよ、今俺らは忙しいんだ。帰った帰った」

「なっ……」

 まあ仕方ない。俺もこの男を知らないからな、部外者と思われたのだろう。

「俺は、判別式の時、最弱奴隷と判定されたアルトだ。コロイと言う人がいれば呼んでくないか。俺の父親なんだ」

「なんだコロイの知り合いか。なら呼ぶから屋敷の前に来てくれ」


 良かった。これで安泰だな。


 俺は歩いて村の中心辺りまで行く。

 この村で屋敷呼ぶなら判別式を行ったあの場所しかない。


 たどり着いた屋敷の両開きの扉をけて、見覚えのある空間を目にする。俺があの日絶望した空間だ。

「こっちへ」

 中にいた人が手を振って呼んでくる。

 俺は指示に従って向かい合ったソファーに座る。


 数分するとドアが開き、父さんが入ってきた。

 そして、

「奴隷如きがなぜ帰ってきた」

 強い口調で言う。

「もう奴隷じゃないから。俺は農民戦闘員になったんだ」

「愚図がっ! そんな意味の分からない話をしている今は無いんだよ」

 信じてもらえない事など分かっていた。

「じゃあ、すぐ終わる、俺が弱くない事を証明できる試験はあるか?」

 なら、分からせるまでだ。

「……」

 父さんは顎に手を当てて考える。


「お前、農民戦闘員になったとか抜かしたな。なら、騎士と戦え」

「はっ?」

 騎士と戦うだと?

「お前と同じ日に判別式に出ていた農民戦闘員が騎士の強度視察でぼこぼこにされた。だから、貴様にその気はあるかと言っている」

 騎士の強度視察と言ったら年に一度、村の防衛状況を騎士が見回りに来て、農民戦闘員と決闘したり、柵の強度を見る試験だ。

 でも、柵が十全なら決闘に勝つ必要はなかったはず。


「その騎士がうざい奴でな、女とやらせるか決闘に勝つかしないと国に虚偽の報告をするとか言い出した。まあ、原因はこちらにあるが、それでも女を簡単に捧げる訳にもいかないし、かといって騎士に逆らう訳にもいかない。全戦闘員は敗北。お前はちょうどいいところに来た奴だ」

「なるほど、なら俺がその騎士に勝てば村に入れてくれんだな」

「勿論だ。だが貴様には全く期待していない。別の戦闘員の回復待ちの時間稼ぎだ。じゃあ、騎士を呼んでくるから扉の前で待ってろ」

「分かった」


 俺は父さんの指示に従って屋敷を出て待つ。


 父さんはもう俺の事を息子として見てはくれていないようだったけれど、ここで勝てば変わる。

 騎士は農民戦闘員よりも強い。

 全身全霊で戦おう。

 父さんたちにとっては時間稼ぎでも俺にとっては大勝負だ。


 ※※※


 ガシャッ、ガシャッ、と音を立てて銀色の甲冑を身に纏った騎士が現れる。

 騎士は俺の数歩先に立つと棒状の物を投げてきた。

 ドサッ

 それは地面に落ちて俺はその正体を理解する。


 剣だ。


 鞘に納められた長い直線状の剣だ。

「試験は鞘に納められた状態の剣を用いて行う。先にギブアップした方が負けとなる。相手に致命傷を与えた時点で与えた方の敗北となる。……ルールは分かったか?」

「はい、問題ないです」

 俺は騎士のルール説明に頷く。

「では、立会人の三秒カウントダウン後に行う」


『三……二……一……スタート!』


「はっ!」

 俺は一気に踏み込む。

 間合いに入った瞬間、最大の力を込めて剣を振る。

「遅い」

 刹那、俺の体は宙に浮いた。


「――っ!」

 背中を打ち付けて肺の空気が瞬間的に失われ、動きが止まる。


 どういうことだ。

 農民戦闘員と騎士の能力差は小さい筈だ。こんな簡単に投げられるわけない。だからこそ、こんな試験の制度が成り立っているのに。

「どうして……」


「どうしてだと? それは貴様が奴隷だからだ!」

 どこからが父さんの声が飛んでくる。


 ここで負けるわけにはいかない。ここで負けたら俺の居場所はなくなるし、なにより本当に父さんを裏切ることになる。


 俺は体を起こす。

「遅い上に軽い。本当に戦闘員か?」

「戦闘員ですよ。ちゃんとね」

 話しながら俺は剣を構える。

「ふんッ」

 鼻を鳴らす音の直後、脳天に剣が叩きつけられる。俺は体勢を崩す、そのタイミングで鳩尾に更なる痛みが走る。

「うっ……あっ――!」

 脚に力が入らなくなって崩れ落ちる。

 それをチャンス思ったか、騎士は俺の腕を、腹を、頭を何度も殴り始める。

 ドンッ、ゴンッ

「あっ、ぐっ……ああああ!」

 全身が悲鳴が上げる。

 ドがッ、バンッ

 痛いと言うより苦しい。耐え難い苦しみだ。

「先ほどそこの男が貴様を奴隷と言ったな。正直、奴隷だろうが何だろうが興味ないが、奴隷なのだとしたら居場所がないのでないか? なら早くギブアップすべきではないか?」

「うっ……!」

 痛い、苦しい。痛い、苦しい、痛い、苦しい痛い苦しい痛い苦しい……。


「もう、ギブアップしたい」


「了解だ」


 唐突に、騎士が攻撃をやめる。

「どうした。俺はまだ耐えられるぞ」

 剣をつっかえにして何とか立ち上がる。

「なるほど、無意識で言ったのか。ならもっと問題だ。俺は性欲は強いがくずではないからな。ここで終わりにしてやるよ」

 何を言っているんだこの騎士は。

「はぁ、この、くそ奴隷が、帰りたいの雑魚はいらないんだよ!」

 なんで……俺はまだ。

「ギブアップなんてしてないぞ」

「ざこがーー!」

 父さんが走って近づいてくる。

「っ!」

 父さんのこぶしが顔面に飛んできて、俺は地面に投げ出される。


「誰か、この気色悪いもんを森に投げておけ」

 なんでなんだ。

 また俺は森に行くのか。やっと希望を手に入れたと思ったのに、安寧を取り戻せるかと思ったのに、またなのか。


 体に浮遊感を感じる。

 運ばれているのだろう。


 そんな中、先の騎士の声が聞こえてきた。

「もう、この村で戦える奴はいないのか」

「いや、あと少しで、二巡目の用意が出来ますので、どうか」

「? 二巡目などやらん。終わったのなら、今日中に女を用意しておけ」

「……りょ、了解です」


 結局、俺は自分の居場所も村人の人生も守れなかったのか……。


 ※※※


 森の中の岩に体を預けながら空を見つめる。


 なぜ勝てなかったのだろう。いや勝てないまでももっと善戦できるはずだったのに。


「……ステータス」

 違和感を感じてステータス画面を表示させる。


 そこには職業最弱奴隷の文字があった。

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