最弱奴隷の俺、ステータスの穴を見つけて成り上がる。

犬村犬太郎

序章

第1話 追放

『最弱奴隷』


 水晶の上に浮かぶ半透明の窓にそんな文字が表示された。

「えっ……あいつ奴隷なの? 俺今まで友達だと思ってたわ」

「きもすぎ……」

 表示された瞬間、辺りの人たちの目が鋭く蔑む様なもの変わっていく。

「あの、」

 声の方に顔を動かしながら声を掛ける。

「喋り掛けんなよ。気色わりいな」

「えっ……」

 昨日まで楽しく遊んでいたはずの人は、昨日とは違う声音で怒鳴る。


 なんでだろうか。なぜこうなっているんだ。


 ※※※


 俺らは十六歳で選別式というものが行われる。水晶に触れ、そこで自分のステータスを初めて見て、そして死ぬまでの職業も決まる。それが選別式。


 今日十六歳になった俺は皆に歓迎されながら村一番に大きな屋敷に入って水晶に触れた。


 結果、俺の職業は最弱奴隷。

 この式で人生のすべて、周りの目線や友達関係が決まる今の時代、奴隷と言うのは周りの人たちから何を言われても何をされても何もできない。


 ※※※


 だから俺はこんな事になっている。

 でもおかしいじゃないか。俺は今まで家の手伝いもさぼらずにやって、自分の与えられる農地も決まってた。真っ当に生きてきた。

 なのにたった数秒で周りの態度が一変するなんて理不尽じゃないか。


「アルト」

 父さんが目の前に立つ。

 目を細めて微笑んでいる。もしかたら父さんは見放さないかもしれない。

「父さん……」

 そう思って顔を上げる。

「……ふぅ。見損なったよ! くそ野郎が!! 俺を父さんなどと呼ぶな!」

「えっ……」


「うっ」

 唐突に腹が痛みだす。

 俺は反射的に視線を下す。

 父さんの腕が鳩尾にめり込んでいる。途端に足に力が入らなくなってその場で崩れる。


「な、なんで」

 なんでだ。父さんも裏切るのか。

「なんでだと! 舐めた口をきくな。今度俺に向かってその口開いたら、舌引っこ抜いてやるからな!」

 今まで一緒に暮らして、育ててくれたのに、こんな一瞬で、変わってしまうのか。


 俺は父さんを見上げる。

 視界に映る眼は既に俺の事など映してなく、光を灯していないような目で、部屋の奥を見ていた。


「おめでとう。さすがは私の息子よ~」

 父さんの視線の先から楽しげな声が聞こえる。

 確か、もう一人の式参加者だ。知らない人だけど歓迎されてる。きっと農民よりも上の職業なのだろう。


 ……羨ましいな。


「おめでとうございます。息子さん、何に選ばれたのですか?」

 父さんは屈託の無い笑顔を知りもしない家族に向ける。

「あらーどうも。農民戦闘員ですわ。私たちの誇りです」

「すごいですね。私は子供はいないのでね、羨ましい限りです」

 父さんが嘘をついた事は無かった。だからこそ俺は痛感する。

 奴隷である事がそんなに悪い事なのかと。

「おい! そこの最弱奴隷、終わったら早く村から出ていけ!」

 父さんが変わらず怒鳴る。近くにいる参加者家族は声こそ上げないが軽蔑するような目を向けてくる。


 やはり最弱奴隷は村にいる価値もないという事か。

「わ……分かりました」


 俺は重い体を持ち上げて、扉に歩いていく。扉に着いたら全体重を使って扉を開けて、外に出る。


 雲の無い空の中心には太陽が輝いている。


 後ろ振り返って屋敷の中を見る。

 もう誰も俺の方を見ている人はいなかった。

 そして俺はまた歩き出した。


 どこに行けば良いだろうか。きっと家には入れないだろうから、やっぱり村を出るしかないかな。食料とかもあるだろうし外に出るなら森の方がいいだろうか。

「そうするか」


 俺はとぼとぼと村の正門の反対側にある森へ足を進めた。


 ※※※


「ステータス」

 青々とした木々の中で俺は呟く。

 すると視界の中心に青白く半透明な四角い窓が現れる。

 これがいわゆるステータスで、俺の名前と身体能力、そして職業が記されている。水晶に触れる事のによりいつでも見れるようになったのだ。


 そしてステータス画面の一番上にはアルトと俺の名前が、その下には職業最弱奴隷と、更にその下には身体能力1、魔法適性1と書かれている。


「くそっ――!」

 身体能力、魔法適性は一般的な職業である農民でも30はある。つまりどちらも1と言うのは一人で生きていくのも難しいほど低い数値だ。


「なんで、こんな事になるんだ」

 歯を食いしばって足元を見る。


 たまたま、そこに鋭くとがった木の枝があった。力を入れれば皮膚だって貫通しそうで、俺は思わず手に取った。


 それを首元に当てる。


 どうせ死ぬなら餓死なんかよりここで潔く死んだ方が苦しみは小さいかもしれない。

 そんな思いで、ゆっくり手に力を入れて押し込んでいく。

 全身が硬直して、手が震えて、汗がにじむ。

 あと少し押し込めば死ねる。苦しみは終わる。


 でも、


「死ねるわけないだろ!」

 俺は木の枝を放り投げて叫んだ。


 まだ死にたくはない。

 この世界に未練があるかと言われればないし、苦しみから逃れたいとかと言われれば逃れたい。でもやっぱり死ぬのは怖い。


 俺には死ぬ勇気なんてない。


 ※※※


 村を追放されてからもう一週間。そこらの木の実をたべて何とか生きながらえてはいるが、体力も限界で、更に悪い事にこの森には魔獣が多く生息している。

 魔獣は人を攻撃する傾向があるから出会ったら逃げるしかない。その上魔獣にも草食動物がいるから木の実を見つけるのも大変で、常に腹が減っている状態だ。


 栄養価も少なく、歩きもゆっくりで、一歩一歩歩くのも大きく体力を使う。

 それでも生きる為には歩かないといけない。

「はぁ……はぁ……」

 俺は息を切らしながら延々と変わらない景色の中を歩く。


「あっ」

 瞬間、俺の体は倒れた。

 足元を見れば、どうやら木の根に足を引っかけたらしい。


「あぁ……」

 立ち上がる気力など勿論ない。視線を元に戻して前を見る。


 視界に広がるのは今まで見てきた景色と何ら変わらない森の風景。

「?」

 でも、どこか違和感を感じる。

 景色は変わっていない。じゃあ何が変わっているんだ。

 今度はよく目を凝らしてみる。


 何秒か見て違和感の正体に気付いた。

「色か」

 今まで見てきた森は勿論、緑色で包まれ、空はいつまでも青色のそんな場所だった。でも、今見える視界は若干赤色を帯びている。木や空が赤いのではなく視界全体が赤い膜で覆われている様な赤み。


「一体何が」

 俺は首だけを動かして原因を探る。


 そして原因にはすぐに行き着いた。

 地面に人一人が入れそうな穴が開いていてそこから赤い光が漏れ出ている。俺はその穴の真上にいたから視界全体が赤く染まったという事だろう。


 俺はその穴をのぞいてみる。

 中は相変わらず赤く光っていて何かが見えるという訳では無い。でも香ばしい匂いがする。


 食料があるかもしれない。

 そう思うと、よだれが垂れる。

「い、行くか」

 俺は考えることなく穴に飛び込んでいった。


 ※※※


 ドサッ!


 穴から投げ出された、先は大きな洞窟だった。赤い石によって全体が照らされ、視界には困らない。

 そして、何より、俺の目の前には大きな肉料理が一品置いてあった。

「やった、肉だ……」

 俺は肉に手を伸ばし、無我夢中で食べる。

 塩が振りかけてあり肉の生臭さは無い。うまい。

「終わったか」

 でも、食べ物は無くなる。まだ腹の満たないうちに肉を平らげてしまった。


「これからどうするか」

 そう呟いた瞬間、


『ようこそステータスの穴へ』


 そんなセリフが洞窟内に響いた。

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