第19話 ぼくらの戦い ⑵

 岳斗は黒雲の手前まで行くと、勢いよくその中に飛び込んだ。


 「竜之介!」


 何人もの子供達が、黒いひものようなもので縛り付けられている。

 皆、まるで人形のように動かず、ぐったりとしている者もいる。その中からどうにか竜之介を探そうと見回していると、岳斗の声かけに反応するように「岳斗?」と、声がした。

 同じように、黒いひものようなものに囚われている竜之介を見つけた岳斗は、近づいてそのひもを聖水の剣で切った。

 ひもは生き物のように動き、切られた部分がまるで痛がっているように、うねうねと暴れている。

 岳斗は、次々と他の子供達も助けゆく。

 その様子を、黒雲の奥で無数の猫たちと、今まで見たこともないような大きさの化け猫が、じっと見ていた。

 しばらくすると、猫たちが少しずつゆっくりと動き出してきた。

 一歩一歩、体をくねらせながら不気味に近づいて来る。一匹、二匹……、十匹、二十匹、百匹。いったい、どれくらいいるのだろう。それだけで、背筋が寒くなるほどの数だった。

 やがて、子供達のひもを全て切り終え、かたまっている子供達のまわりを猫たちがぐるっと取り囲んだ。

 じりじりと近づいてくる猫たち、そのうち一匹が、岳斗に飛びかかってきた。

 岳斗は、とっさに反応して剣を斜めに振り抜いた。まるで、面を打ってきた相手に対して抜き胴を決めるように。


(斬ってしまった)


 仕方がない事とはいえ、生き物に刃を向けてしまった。

 岳斗は、一瞬ギュッと目をつむった。

 ところが、肉を斬ったはずの感触は想像していたもとは全く違い、空を切ったかのように軽かった。

 岳斗が目を開けて見ると、切られたはずの猫はなぜか、黒雲の隙間からぽとりと落ちてゆっくりと地面に着地した。

 そして、何事もなかったかのように歩き出して、どこかへ消えていった。

 岳斗は瞬時に状況を把握した。聖水の剣が、猫に張り付いたエンキの呪いを切り離してくれる。

 次々に襲ってくる猫達を切り続け、どんどん地上に送り戻してゆく。

 ひっきりなしに飛びかかってくる猫、岳斗の息も上がってきた。


 「どれだけいるんだ」


 もうそろそろ、腕にも力が入らなくなって剣先が下がってくる。

 もうダメかもしれない、と思ったその時、猫達の奥でじっとしていた化け猫がゆっくりと動き出して、のそりのそりと前へ出てきた。 

 一番前で、子供達を守るように両手を広げて立っているものの、この状況ではじりじりと後ろへ下がるしかない。その分じりじりと化け猫も岳斗の方へ進み出てくる。万事休すと思われた。

 ふと、化け猫が何かに気付いたように足を止めた。


 「聖水の剣だな?ナギとはそれで、何度戦ったことか」


 地の底に響くような、低くしゃがれた声だった。

 岳斗の持つ刀剣に目をやったかと思うと、懐かしそうに上空を仰ぎ見る化け猫……いや、その中身はエンキである。

 また、岳斗の方へ目を向けると、不思議そうに言った。


 「お前は何者だ。龍神の子ではないのか?姿は人、それにしては、なぜその剣を扱える?まぁいい、どうせもうここから出ることはできぬ。その剣もろとも、闇の世界へ連れて行こう。そうして、ここにいる者一人一人の魂を喰らい、『我が身』とする。いつか地上にもう一度姿を現し、地上を我が物とするのだ」


 エンキは両側に裂けたような口を大きく開き、勝ち誇ったように声をたてて笑った。

 二股に分かれた舌がチロチロと見えて、なんとも不気味な姿だった。

 もうこれ以上策は無い。岳斗が迷い、その場に居ついていると、突然、聞き慣れた声がした。


 「岳斗、ひるむな!前へ出て!いつもみたいに攻めて!」 


(天記?天記の声だ)


 地上でなにもかも見ていた天記が、その様子をヤキモキしながら伺っていた。

 うずくまる抜け殻の岳斗の肩に手を置いて話すと、まるで側にいるかのように天記の声が伝わった。


 (そうだ、自分は正義の剣を手にしている。負けるわけにはいかないし、ここにいる全員を助けたい。今戦うことができるのは、自分だけだ)


 意を決した岳斗は、エンキに向かって走り出した。自分よりもはるかに大きな相手だ。三メートル近くはあるだろうか、飛んでも面には届かない。


 (胴だ!)


 胴を狙って斜めに剣を振り下ろす。

 そして、そのままエンキの左側に抜けようとした瞬間、胴を狙った剣はエンキの大きな手の爪に阻まれ、岳斗は勢いで跳ね返された。

 元居た場所まで跳ね飛ばされて、背中から落ちる。痛いよりもマズイと思った。

 エンキがこちらへ向かって、どんどん迫ってくる。すぐに体制を整えて、岳斗はもう一度エンキに向かっていった。

 何度斬り付けようとしても、そのたびに返される。しかし、岳斗の速さに大柄のエンキはなかなかついてこられない様子で、防ぐことはできても、岳斗を攻撃するには至らない。

 このままいけば、いつか当たるかもしれないと思ったが、岳斗の方もどんどん体力を奪われ動きが少しづつ鈍くなってきた。

 一度遠間に離れたが、息が上がり肩が上下する。

 岳斗は柄をグッと握り直し、肩の力を抜いて「ふーっ」と、息を吐いた。

 へその下の辺りに力を入れ、目の前のエンキだけに集中する。


 「ヤァーッ!」


 気合いと共にエンキに斬りかかる。無謀だとは思いながら、力いっぱいジャンプして面を狙う。まっすぐ振り下ろした剣は、左へスッとよけたエンキの肩に当たったが、それと同時に、飛んできた岳斗を、エンキは左手で思い切り振り払った。

 岳斗は横に飛ばされた。

 エンキの肩からは、赤いとは言い難いほどの黒い血が流れている。人のように二本脚で立っていたエンキが、膝をがっくりと着いて今にも倒れそうだった。


 (今がチャンスだ!)


 戦いをずっと見ていた竜之介も、地上にいる天記たちもそう思った。

 しかし、飛ばされてその場に叩きつけられた岳斗が、ピクリとも動かない。


「岳斗、岳斗っ!」


 天記が地上から呼びかけるが、反応がない。

 竜之介が岳斗に駆け寄って起こそうとするが、揺すっても動かない。よく見ると、岳斗の胸から血が流れている。大きな爪あとは、とてもこのまま戦えるような浅い傷には見えなかった。                  

「がくと?」



              つづく



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