二.
***
「いきなり呼ばれたから何かと思って来てみれば、なに? 決闘? あんたがあたしに勝てると思ってるの?」
琅果は腰に手を当て、不服な気持ちを一切隠そうとせずに目の前にいる雪晃に言い放つ。
「勝てる、勝てないじゃないのよ。私は、あんたを
その声は明瞭で、彼女の心に迷いがないことを十全に物語っている。琅果は思わず驚く。彼女もこのような凛とした顔ができたのか――と。
雪晃は霊力によって、その手に一対の
「あぁ、そう。まぁ、でも良いよ。あんたの気がそれで済むなら」
言いながら、琅果もまた霊力を練り上げて二枚の羽衣を造り出す。武器としては決して強いものではない。しかし、これがあるのとないのとでは
――だからこそ、一瞬で勝負をつけてやる。
睨み合い、距離を取る。互いに腰を落とし、桜の花弁がひらりと一枚地に着いた瞬間――
二度の石畳が割れる音と共に、雪晃の背中が地面に着いた。
「んぐぅっ……」
喉元を抑えられ、雪晃は苦しげに唸る。
一度目は琅果が踏み抜いた音。二度目は琅果が雪晃を叩きつけた音。
雪晃はその手に持っていた華やかな一対の錘を離し、喉元に絡みつく小さな手を剥がそうと必死に藻掻く。大胆に露出された――肉感的でありながらも細い脚で懸命に足掻くも、琅果は彼女の上に完全に騎乗する形となり、その脚が彼女に届くことはない。
「ねぇ、何なの? あんたはずっと馬鹿でいれば良かったじゃん。何やってんの?」
上から降ってくる琅果の声は冷たい。涙を流しながら、まるで子供が「いやいや」と駄々を捏ねるように暴れる雪晃を見て、琅果は喉元から手を離す。それと同時に、彼女の両手を地面に押さえつける。
「げほっ、うぅっ……だっ……て……」
咳き込みながら、涙を流しながら、雪晃は言葉を紡ぐ。
「だっ、て! もう、あの頃には戻れないんだもの!!」
その気迫に、一瞬琅果の力が緩んだ。しかし、それで彼女を解放するような甘い真似はしない。一瞬の隙を突こうとした雪晃の両手を再び強く押さえつけ、同時に地面についている両膝にも力を込めた。
「何、言って……」
「だって、だって! 皆変わっちゃったの……椋杜は笑ってくれないし、颱良は他人行儀になるし、爛瀬は私から逃げようとするし、棕滋は何も教えてくれないし……琅果は、どこにも居ないし! ……だから、だからせめて私だけでも変わっちゃダメだって、私だけでも今までと同じで居なきゃ、って、そう、思ったのに……!」
雪晃は悲痛な声で叫ぶ。
「私だけでもあのままで居れば、きっといつか全部、全部元通りになるって! そう……信じるしかなかったのよ……私には……」
雪晃の翡翠の瞳は涙に濡れ、もう夜だというのに、まるで朝日のような力強くも優しい光を宿す。
「でも、だけど……爛瀬が死にかけて……」
その言葉に、琅果の耳はぴくりと揺れる。
「もう、あの頃のままじゃダメなんだっ、て……だから! 琅果! 今すぐにここから出て行きなさい!」
上位を取っているのは琅果だ。琅果の方が大分小柄であり、それが普通の少女であれば、力任せに押しのけて上位を奪うことも可能だっただろう。しかしそれを許す琅果ではない。ここから雪晃に勝機が訪れることはまず、ない。しかしそれでも、雪晃は臆することなく琅果に啖呵を切る。
「なに、勝手なこと言って……」
琅果の唇から、つうと、赤い液体が流れ出る。食い込む歯が、彼女の柔らかな唇を噛み切ったのだ。
「なに勝手なこと言ってんの!? 変わっちゃった!? そもそもあんたたちが――!!」
拳を振り上げ、雪晃の顔面に落とそうとしたその瞬間――大気が揺れる。腹の底から響き渡るような重低音が、二人の体に響き渡る。落雷だ。近い――そう思って、音の出処を見た。千年桜のある広場だ。
琅果は急いで立ち上がり、千年桜の下へと向かう。
「ダメ! 琅果! そっちに行っちゃ……!」
雪晃の叫びは、直後に聞こえてきた裂帛が如き不協和音に全てかき消された。
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