雪を溶く熱 ~説明と心象描写を極力排し、情景描写によって想起を促す筆致ver.~
D・Ghost works
雷雲の去った朝
空の隅々を覆う白と灰色のまだら模様した雲が、朝の存在を知らせるには心もとない太陽の光を地上にこぼす。雲と同じ、くすんだ印象の親指大の雪の粒が地上へと落ちていく姿は、空へと舞い上がるかのような錯覚を私に与えた。意識が舞う度、私は強く瞬きして、頭を横に振る。
玄関ポーチからのLEDの輝きや、街灯の人工的な光が目覚めたばかりの私に夜を錯覚させるから、気を抜けば眠気が邪魔して※スノーダンプを押す手の平から力が逃げていく。今や寒さに凍える指は痺れを帯びながら、薄いピンク色した火照りを宿していた。私はスノーダンプに乗った雪の塊を我が家の前の排水溝へ押し込むと一度立ち止まり、手の平に息を、ふぅ、と吹きか――
白い息には昨夜のタバコの香りが馴染んでいた。
騒音が振動を連れて家の近くにやってくるのを感じる。黄色いランプを回転させながら、ゆっくりと車道に積もった雪を掻き分ける除雪車の影が道の向こうにあったから、私は逃げるように家の敷地へ戻った。
雪は腰の位置よりも高い。スノーダンプを押した跡に沿って、玄関先には雪の壁が出来上がっていた。私はそれが檻のように思えるから、そっとザラザラとした感触に手を伸ばし、凍える指先で確かめた。次第に痛みに似てくる指先の痺れが何故か嬉しかった。
辺りを揺らしながら過ぎていく除雪車が、車道の雪を私の車の前に追いやった。雪の壁に閉じ込められた車を見ると、大きな白い溜息が口から漏れた。スノーダンプを足で蹴って凍りかけた雪を削り、車の救出を試みている最中、家の前の道路では凍った路面を自転車で駆け抜けていく運動部っぽい学生や、まだ雪が純粋な友である年頃の小学生たちの笑い声と雪玉が飛び交う。太陽の温かさを忘れてしまう季節には、そこかしこに雪を溶く熱が確かに存在して――
「
ええ、おはようございます
「降ったねぇ」
降りましたね
お隣さんは私に声をかけると「あ、手袋忘れちゃった」と呟いて再び家の中に戻って行った。
着実に朝の時間が進んでいく。
まだらな雲の中を編隊を組んで飛んでいく白鳥達があげるクー、クーという鳴き声が冷えた空気の中に響いた。どこか遠くで踏切の音が鳴っている。私の耳にカンカンカンカンという音が届い――
その時、私は右目の端から零れ落ちた一筋の涙に気が付い――
※スノーダンプ
豪雪地帯なら各家に一台は置いてある除雪用具。
ソリとスコップが混ざったような形をしていて、両手で押して雪を運ぶ。
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