友人のパーティーにお情けで入れてもらっただけなのに、巷では最強と謳われていた件

夜依

第一部

第1話

 この世界にダンジョンと呼ばれるものが現れたのは、今から二百年以上前の話だ。


 龍脈と呼ばれる地中の魔力の流れが、長い年月をかけて鉱脈に魔力を注ぎ続けた。その結果、鉱脈は満たされた魔力によってダンジョンコアとなり、その周辺の環境を溢れる魔力によって変貌させた。

 世界で初めてのダンジョンの誕生である。

 そして、それに続くように、世界各地でダンジョンが出現するようになった。


 そして現在、ダンジョン開発は各国の一大事業となっている。というのも、ダンジョンから手に入る豊富な鉱物資源は、数年で使い物にならなくなるという欠点こそあれど、それゆえに安価で流通し、生活水準や文化レベルを劇的に向上させたからだ。今となっては、ダンジョンにまつわる仕事に就く者も多く、ダンジョンなくしては成立しない社会となっている。

 けれど、ダンジョンは素晴らしいだけのものではない。ダンジョンにはダンジョンの魔力によって動物が変貌した魔物が住んでいる。彼らは住処を荒らす侵入者たちに容赦なく襲い掛かかるし、ダンジョンの外へと繰り出しては人や街に牙をむく。

 魔物の襲撃は街を荒野へと変えてしまうこともある。そうなれば、ダンジョンを形成しているダンジョンコアを破壊するといった処置だって取られる。

 コアを破壊されたダンジョンは、ダンジョンから産出された鉱物資源と同様に、数年かけて機能や資源、形を失っていく。


 そんなダンジョンを攻略することで街の平穏を守り、資源を回収するのが冒険者と呼ばれる者たちだ。ダンジョンがある生活が当たり前になった時から、今に至るまで花形の職業であり続けている。

 新たな資源を発見すれば、国から働かずに暮らしていけるだけの莫大な報奨金が受け取れることもあり、そうでなくても稼ぎは上々。命を懸けるんだから当たり前と言えば当たり前だが、富と栄光を手に入れ、英雄と呼ばれるには冒険者になるのが手っ取り早い。もっとも、そう呼ばれるのは僅か一つまみ程度だが。



 さて、例にもれず英雄に憧れ志した冒険者の俺は、ダンジョンの最深部に巣食うダンジョンの主ともいえる魔物と対峙していた。頭上には弾き切れなくなった魔物の爪、背後にはダンジョンのごつごつとした壁。ルード・クレーティオの二十年に渡る人生は、ついに終わりを迎えるらしい。

 身の丈に合わない評価やプレッシャーから解放されると思うと、人生に幕が下りるというのに不思議と気分が楽になる。

 俺が何匹かを引き付けているうちに、ボスの魔物を倒すことができただろうか。俺の稼いだ一瞬で、彼らが上手くやってくれればいいのだが。いや、彼らならきっと上手くやるだろう。

 間もなくやってくるであろう衝撃に備え、とっさに目を瞑れば、こんな不甲斐ない俺をパーティーに入れ、さらに、リーダーと慕ってくれた彼らの事が脳裏に浮かぶ。


 まず思い浮かんだのは、俺をパーティーに誘ってくれた剣士のウェール。すらりと高い身長に、短い青髪。大剣から片手直剣まで、剣ならば何でも使いこなし、巷では『剣鬼』と呼ばれているのが彼だ。常に剣の事ばかり考えているからか、少し頭が残念なのが玉に瑕だが悪い奴ではない。

 次に思い浮かんだのは、幼馴染のエルノ。よく手入れされた長い黄金色の髪に、大きな青い瞳を持つ彼女は補助魔法や回復魔法が得意な魔法使いだ。彼女の回復魔法はすさまじく、死んでいなければ大体万全の状態にまで治すこともでき、『聖女』という二つ名を冠している。まあ、彼女が杖でゴブリンの頭蓋を、しかも一撃で砕いたのを見てから、聖女という二つ名を素直に受け入れられなくなってしまったのだが。

 エルノとの魔法使いつながりでか、思い浮かんだのはアルティ。街行く女性がしょっちゅう振り返る整った顔にさわやかそうな金髪が特徴的。エルノとは対照的に、攻撃魔法に特化していて『魔導王子』なんて呼ばれている。その気になれば街の1つや2つくらい消し飛ばせるんじゃないか、と勝手に思っているが、どうなんだろうか。

 そしてリータ。3人のような二つ名こそないものの、どんなダンジョンでも、魔物のヘイトを集める盾使い。二つ結びの銀髪で、宝石のようにきれいな緑色の瞳をしている。モンスターを盾と壁で圧殺したり、彼女の、鉄壁にして無敵、という決め台詞に、ついでに絶壁、とボソッとつぶやいたアルティを、盾で容赦なくふっ飛ばしたりしていたが、基本は防御中心のタンク、のはず。

 最後に思い浮かんだのは、斥候のベラノ。リータと同じく二つ名は無いが、小さな体のおかげもあってか、すばしっこい彼女は、短く切りそろえられた赤髪をわずかに揺らしながら、彼らの攻略するダンジョンの罠の解除に、敵の把握。さらにはマッピングをこなしている。彼女がいなければ、このパーティーもここまで上手くいくことはなかっただろう。彼女は二つ名がないことを気にしているのだが、彼女の活躍は表立たないからしょうがない。表立ったら斥候じゃないし。


 ああ、やっぱり、俺だけがこのパーティーに不釣り合いだ。


 魔物が甲殻を砕かれて絶命させる音に、生きたまま焼き尽くされる音。甲殻で覆われていない関節にナイフを突き立てられ、解体されるものの断末魔。

 眠りにつくにはうるさすぎるが、それでも走馬灯は流れ続ける。長かった今までの旅路を懐かしんだ次の瞬間、俺の頭に降ってきたのは、魔物の爪と衝撃。ではなく、ドロッとした魔物の体液。

 目の前の魔物は異常に綺麗な切断面を見せて真っ二つ。数秒前まで俺を殺そうとしていたとも思えないほどの見事な亡骸へと姿を変えている。

 こいつがボスだったのか、まだ息のある魔物たちはそれを見るや否や一目散に散っていった。


「いやー、あれだけの数の中からピンポイントで親玉を見つけるとか、流石だな。数が多すぎて、長期戦はヤバかったから助かるぜ」


 とりあえず、深呼吸して助かったという事実を認識する。俺の頭上に降るものを爪から体液に代え、俺の命を救ったのはウェールだった。


「おかげでこのボスも無事撃破できたよ」


 そう言いながら駆け寄ってきて、返り血? を浴びた俺に浄化魔法をかけてくれるエルノ。彼女の浄化魔法によって、魔物の体液まみれだった俺は、すっかり綺麗になる。

 俺が綺麗になったのを見計らって、リータも礼を言ってきた。

 しかし、みんな勘違いしているが、ボスを見つけられたのは偶然のことだからね。戦闘の邪魔にならないように、避難経路を確保していたら突然襲われて、死を覚悟してたまである。狙っていた訳じゃないことで、色々と言われても心境としては微妙だ。


「とりあえず魔物は片付けたんだし、探索終わったんなら戻ろうぜ」


 魔物の残した希少部位に、途中で発見した未確認であろう資源をこれでもかと詰めたバックパックを背負って、帰還を催促するアルティに、そうだな、と軽く頷く。これ以上勘違いで持ち上げられる前に撤退したい。



「これで何回目のダンジョン攻略だ?」

「ちょうど100回目」


 帰り道、ウェールの質問に答えたベラノの言葉を聞いて、おー、遂に、と口にする面々。

 そうか、もう100回もダンジョンを攻略してしまったか。地上に戻れば、また何か言われるんだろう。最初の1回で調子に乗らなければ、こんなことにはならなかったろうに、どうして調子に乗ってしまったんだ……。

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