第3話
例えばこうだ。
「拝見いたしました。
それが貴方様の価値観ですのね、ギリム様?
宰相閣下の教育の賜物ですか?
それとも貴方自身の卑しさ故ですか?
貴方の忠誠はどこにございますの、宰相閣下令息、ギリム・ロシュフォール様?」
(どう?この角度からの蔑んだ視線!
私、ギリム様の自尊心を折る気概でまいりました。)
【ああ、完璧。底意地わっるそーに見えるな。
小道具で扇か鞭でも持てばよかったんじゃないか?】
(学内は学業に関係のない装飾品の持ち込み禁止よ。)
「再三、王の民に仕えよと忠告いたしましたのに、他国の姫様の僕に成り下がったのですのね。
その娘が王の民であった時はこれ見よがしに虐げていらしたのに、姫であることが知れた途端に掌を返したように尻尾を振るなんて⋯⋯愉快ですこと。」
カフェテリア内に私の笑い声が響く。
【えげつない高笑い、でた!】
(バルトロメオがやれと言ったから覚えたのに、酷いわ。)
心の中で舌を出す。
(まぁ、私もおかしいと思うわよ。
だって、「カフェテリア内の席の占有禁止」という校則違反を罰するだけなのに、高笑い要るかしら?)
そうなのだ、私は単に座っている生徒を移動させてまで日当たりの良い場所を確保した事を注意しに来ただけなのだ。
「風紀委員としてギリム様、貴方の国への忠誠心の有無を問わせて頂きます。
貴方のような方を袖の内に入れては、いつ別の権力に寝返り裏切られてしまうかわかりませんわね。
それとも既に謀反の意がお有りなのでしょうか?」
身に覚えのないであろう謀反にまで大げさに話を広げると、ギリムは慌てて立ち上がる。
「なんだと、これのどこが国への忠誠を問われる行いなのだ?
ローラがどんな身分であってもカフェテリアを使う権利があるだろう。」
(ずいぶんローラと仲良くなったのね。良かったのか悪かったのか判断に迷うけれど。)
「あら、貴方がいま追いやった生徒、ローズウェル町議会委員子息ニルス様と、カヴァリン商会長子息エヴァン様にだって日当たりの良い席に座る権利がございますのよ。
ニルス様もエヴァン様も行く行くは国を支え、民を潤す要です。
国を纏める宰相を父とする貴方の偏った行動は、民の不安を煽ります。」
ぐっと言葉に詰まるギリム。
頭を垂れろとは言わない、せめてこの学院に集まる者たちに有用性を見出し、政治を行う時に幅広く采配が振れるように繋ぎを付けてほしいのだ。
率先して選民主義のまねごとをされては困る。
「貴族たるもの、王の民にこそ恭しく仕えよという教示をお忘れですか?」
ギリム様の気高い自尊心と日々の細々とした努力は高く評価されるべきだ。
しかし、完璧主義故に打たれ弱い。
(さぁ、その鼻、へし折ってさしあげましょう。)
ギリム様は孤高であるが故、自分が誰かから指摘されるような間違いを犯す事が許せないのだ。
間違いを恐れ、間違いを犯さぬように、孤高を保っているともいえる。
(何でも出来て、叱られない、って割と不自由なものなのね。
格下の者には頼れないと思っている所があるようだし。)
「ローラ様が男爵令嬢であった時に、わたくしの為に同じようにローラ様を別の席に追いやったではありませんか?あれは私が公爵令嬢だから、男爵令嬢より優遇されるべきだと断じたからではありませんか?」
思い出したようで、赤面する。
(それが恥ずべき行為だと認められるのは御立派ですよ、ギリム様。)
「あら、それとも、あの時は成績発表の前で、首席が取れたものだと思って奢っていらっしゃったから、私に席を提供してくださる余裕があったのかしら。」
自分が風紀委員に選ばれなかった事が、ギリム様の自尊心を傷つけ続けているのは知っていた。
「ふふふ、治外法権且つ実力主義であると、再三周知しておりますのに、ローラ様の身分が上がったと判断して態度を変えてらっしゃるのかしら?意地汚いお方ね⋯⋯。」
(まずは、負けても死なないことを覚えていただきましょう。
徹底的に私に高くなった鼻をへし折られることが近道かしらね。)
【原作よりもえげつないな。
ギリムの逃げ道ないぞ。
ここはローラに庇われて、己の間違いに気がつくシーンだぞ、へし折ってどうする。
あ、何故かローラも心折れてるな。】
ローラは薄く席から腰を浮かして、青くなって震えている。
その姿勢で姿勢を保ち続けているとは、案外、筋力があるのね。
「己の矛盾にお気付きになりましたわね。
王は、学内の生徒はすべからく能力のみを指標として努力する事を望まれています。
能力のある者はどのような身分の者でも、高く取り上げられる可能性に満ちているという事ですわ。」
【悪い煽動家の演説みたいだな。】
学園は有志に広く門戸を開いている。
厳しい校風にひるまぬものであれば、貴族ばかりでなく、商人や役人の子女子息も受験し、入学できる。
貴族の子達より厳しい受験をくぐってきた生徒たちにこそ、大きなチャンスがあってしかるべきなのだ。
高貴さだけを笠に着るものを批判する私の言葉が、爵位を持たない生徒たちの瞳に火が灯る。
「それで、国に忠誠を誓い、民を愛する王に従う貴方は何処に座るべきですか?」
ギリムはガタンと椅子を倒して一歩下がる。
なら、私は一歩前に出ましょう。
「ローラ、済まないが急用を思い出したので失礼する。」
自分のふがいなさに半泣きでカフェテリアから去っていくギリムに、誰も声をかけられない。
ローラはすごすごとカフェテリアの端の方に座りなおす。
(やりすぎたかしら。泣かしてしまったわ⋯⋯。)
【まさか。あのギリムが逃げた⋯⋯だと?!】
(ギリム様って、あんな風ですけど、決して悪気はないんですよ。)
どちらかというと虚勢を張っているが愛らしい人だと思う。
物凄いがり勉をしてるし、試験でいい点数が取れた時など、隠れてすごく喜んでいるし。
(でも、叱られないように人を威嚇して生活しているから、叱られると弱いですわね。
打たれ弱さの是正と、友人との付き合い方を補講しなくては。)
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