第11話 ペンションに着いたけれど……
ペンションへの送迎車は雪の轍を辿り、山道をぐんぐん登っていく。
少し恐怖を感じるほどの傾斜とカーブだった。僕はさっきしこたま食べた饅頭が戻ってきそうで、また無口になってしまった。
君が持っている饅頭屋の紙袋を見ると具合が悪くなってくるので、会話は放棄して目を閉じた。
車はスピードをほとんど落とさずに何度もカーブを曲がる。
やばい。吐きそう。早くペンションに着いてくれ。
目を閉じてひたすらに耐える。
待ちに待った到着のアナウンスで目を開けると、不満気な君の横顔。
着いたね、と声をかけても無視するんだから、僕は参った。もう降参。全部どうでもいい。とにかくめちゃくちゃ気持ち悪い。饅頭が出そう。
車を降り、雪景色の中佇むペンションを見ても、君は仏頂面のままだった。
どうにかしなきゃ。でもどうでもいい。とにかく横になりたい。
中へ入ると、初老の小柄な女性が待っていた。
お待ちしておりましたと深々おじぎをする女性に会釈をして、フカフカでピンク色のスリッパを履く。床に敷き詰められた絨毯はバラの花柄で、玄関脇のチェストの上にはクマのぬいぐるみとカラフルなステンドグラスのランプ。
この女性の趣味だろうか。僕の趣味とは合わないが、ペンションの外観にはよくマッチしていると思う。
僕たちは小さなカウンターに案内され、バインダーに留められた書面に必要事項を記入するよう言われた。
名前、住所、電話番号、職業、同行者の名前。
僕は体調が優れないことも相まって、万年筆のような見た目のボールペン片手に、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。
大学生のカップル、いや、カップルかどうかあやしい僕たち。本当のことを書いたら、宿泊を拒否されるのではないかと、今思えばバカなことを考えていた。夫婦のふりをした方がいいのか?と本気で悩んだのだから。
すると不機嫌そうな君が、僕の手からボールペンを奪い取ると、同行者の欄に「千歳恵梨香」と書いた。
「はい、田中くんあと書いて」
僕は君に差し出されたボールペンを受け取り、自分の名前、住所、電話番号を記入した。職業欄は一瞬悩んで、「学生」と書いた。女性にバインダーを返す。何か言われるのではと緊張したが、何も言われなかった。
案内されたのは2階の部屋で、シングルベッドが2つと、小さな丸テーブルに椅子が2脚だけのこじんまりした部屋だ。玄関ロビーと似たような内装のなんともファンシーな部屋だが、清潔感があり、決して不快ではない。
僕の体調は限界で、今すぐベッドに横になり小一時間眠りたかったのだが、女性が電気のスイッチの場所や、非常口、夕食の会場に風呂の時間とひとつひとつ丁寧に、時間をかけて説明してくれるものだからたまらなかった。
ようやく説明を終えた女性が、夕飯までごゆっくりお過ごしくださいとまた深々おじぎをして出ていくと、僕はやっとベッドに倒れ込む事ができた。
ウー、気持ち悪い。
その様子を見た君は、やっと状況を察したようだった。不機嫌な仏頂面が、心配する顔つきに変わっている。
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