#006 失われた栄光・鉱山都市ルード⑤

「はてさて、このあたりのはずなのですが……」


 まだ昼前だというのに、活気の無い倉庫街を彷徨う。


 やって来たのは鉱山都市ルード。区分としては"街"なのだが、鉱山が閉鎖されて15年。当時の栄光は失われ、人口の流出と経済規模の下落に歯止めがきかないのが実状だ。


「おっ。ここはまだ状態がいいですね。立地はイマイチですが……」


 最近まで使われていたのか、状態の良い倉庫を発見した。すこし気が早い気もするが、折角なので"アバナ商会"名義で借りる倉庫の目星をつけておく。


 この街に来たのは他でもない。"アバナ様"が商会長を務めるアバナ商会の足掛かりを作るためだ。本来、この作業は1年後、アバナ様が学園を卒業してから行われる予定だった。しかし、アバナ様の学友であるアルフ氏が諸般の事情で学園を中退してしまった事により、1年前倒しで行われる運びとなった。


「そっちに行ったぞ! 逃がすな!!」

「回り込め! 俺は……」

「……! ……!?」


 何やら物騒な声が聞こえてくる。できれば荒事には関わりたくないのだが、こういった廃れた街で犯罪が横行するのは当然の摂理。商人とは言え、武器の携帯は欠かせない。


「あっ! "キエルド"さん! すいません、今、追われていて!!」

「よし! 挟み込んだぞ!!」

「たく、手間かけさせやがって」

「えっと、ご無沙汰しております」


 そこに現れたのはアルフ氏。しかも、チンピラに追われる形でだ。


「なんだコイツ。商人みてぇだが」

「どうするリーダー、一緒に絞めちまうか?」


 当然のように巻き込まれてしまった。状況は理解できないが、どうにも剣を抜かずに済ませられる雰囲気ではなさそうだ。


「まて、その紋章……。"ホープス商会"とは関わりたくない。ここは一旦引くぞ」

「ちょ! なにヒヨってんだよ!?」

「つか、ホープスって何だよ!?」

「うるせぇ、死にたきゃ、勝手に死んでろ」

「「ちょま!?」」


 チンピラのリーダー格らしき眼帯の男が、腕につけたホープスの商会紋を見て引き下がってくれた。ホープス商会は、王都を中心に商いを行う大商会で、当然、貴族様とも繋がりがある。つまり『貴族様に下手な恨みを買いたくない』ので、先ほどのチンピラは引いたのだ。


「すいません、キエルドさん、荒事に巻き込んでしまって」

「いえ、お互い大事が無くて良かったです」


 因みに、ホープス商会とアバナ商会の関係は親子となる。そこには、経営者が実際の親子関係である事も含まれている。そう、アバナ様はホープス商会の次期後継者候補なのだ。


「とりあえず、街長が用意してくれた宿があるので、話はソチラでしましょうか」

「そうですね。しかし……何故、戦わなかったのですか? アルフ氏なら、あの程度の相手……」


 アルフ氏は見た目こそ少年だが、文武両道で、特に"武"に関しては、あの"真紅の薔薇姫レディーローズ"や"名もなき英雄ネームレス"と互角に渡り合った紛れもない天才だ。常識的に考えて、街のチンピラ程度に後れをとるとは考えにくい。


「まぁ、ちょっとした仕込みですよ。目の前の些事さじに気を取られても、いられませんからね」

「そう、ですか……」


 よわい14、今年でやっと15の少年が、剣を携えた悪漢に囲まれた事を"些事"と言い切る。アルフ氏とは、王都を離れる前に一度挨拶をしただけで、その時にはアバナ様が一目置いている理由までは分からなかったが……こうして共に行動してみると、その計り知れない"何か"が垣間見える。


 商会員としては、あくまで商会の利益が一番であり『ドルイドがこのまま領主に乗っ取られる様なら、即座に切り捨てろ』と指示は受けているが……根拠は無いが、アルフ氏が負けるとは思えない。それどころか『敵に廻してはならない』と言う畏怖の感情すら湧いてくる。




 こうして、我らがアバナ商会とアバナ様の運命は、大きく動き出す。





「それで、どうするんだ? まさか貴族御用達の商会と繋がりがあったなんてな~」


 夕方、俺たちはいつものように行きつけの酒場でクソ不味い酒を煽っていた。しかし、話の内容はそれにも増してクソな内容だ。


「つかよ、やはりマズいんじゃねぇか? ガキとは言え"長"なんだろ??」


 昨日、兵士のタレコミでガキの動向を掴めたまでは良いが、予想外だったのは相手の正体だ。流石に貴族なんてことは無かったが、正体はなんとドルイドの森を統べる若長。身なりが整っているのも頷けたが、同時に厄介な相手であることも分かってしまった。


「ビビリすぎだ。長と言っても所詮は同じ平民。それに、ドルイドは領主から目をつけられている。庇護してくれるお偉いさんは、いねぇ~んだよ」

「「なるほどな~」」


 しかし調べてみれば、村は現在『不穏な動きを見せている』と言う何とも抽象的な理由で領主に潰されかけている。まぁ、領主の"ヤークト家"はクソで有名なので、まず間違いなくこの件は冤罪。悪いのは領主の方だろうが……そんな事は知ったこっちゃない。


「それよりだ、問題は金だ! お礼参りもそうだが、相手が長で、ルードに挨拶と買い付けに来たのなら、その金は俺への謝罪料として、キッチリ集金しなくちゃならねぇ!!」

「やはり、秘書だっけ? お供の女を襲った方がよくねぇか?」

「女はダメだ。あっちは職人組合の連中を連れている。何より、目的が職人のスカウトだって言うじゃねぇか。大金を持ち歩いているとは、到底思えない」


 相変わらず、頭に脳みそが入っていないバカたち。確かに職人個人は何の脅威も無いが、"職人ギルド"は、商売柄、資金力も横の繋がりも確りしている。無暗に喧嘩を売れば、親の敵とばかりに徹底的に潰しに来る厄介な連中だ。


「相変わらず、金しか頭にねぇのな」

「つかさ、その金も、すでに使っちまった後なんじゃねぇの?」

「だな。ホープスの商人とは話がついちまっただろうし、そもそも滞在は明日までなんだろ?」

「チッ!!」


 悔しいが、まったくもってその通りだ。しかも買い付けているブツは、俺たちでは捌きにくい建材や農業用品ときている。これでは街を出たところを積み荷目的で襲う利点も少ない。


「お話は聞かせてもらいました」

「「!!?」」


 そこに現れたのは、ローブで身を隠した(声から推察するに)老人。一見、無力な老いぼれにしか見えないが……俺たちに臆することなく声をかけている時点で、ヤバい臭いがプンプンする。


「おぉおぉ、老い先短い老体を、そんなに警戒なされますな。それより、ワタクシめも彼の村長とは因縁がありましてな。よろしければ皆様方をご助力したいのですが……」




 腑に落ち無い点は腐るほどあるが、結局俺たちは謎の老いぼれの申し出に乗っかる形で、例のガキを襲う計画を再度立て直すこととなった。

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