第26話 ターゲットとの遭遇

「・・・楽勝でしたね」

 エントランス内に入り、振り返って女性の後ろ姿を眺めていた。

「まあ、予想通りね。ただでさえ、近隣との関係が希薄になっているのだからね。しかも、この寮は夜の仕事をしている子が多いから、尚更よ。とは言え・・・」

 モモちゃんは歩き出し、エレベーターを通り過ぎ、奥の鉄扉を開いた。

「流石に、エレベーターで住人と鉢合わせするのは、具合い悪いわね。私は大丈夫だけど、翔ちゃんがねえ」

 左の口角を吊り上げ、モモちゃんは不敵な笑みを浮かべた。ヒールの音を響かせて、階段を上っていく。モモちゃんの言う通り、密室で至近距離から目視されてしまえば、男とばれてしまうだろう。モモちゃんなら、大丈夫・・・だとは、到底思えない・・・とは、口が裂けても言えない。ゼエゼエとオッサン丸出しのモモちゃんの背中を押す。

「年齢のせいじゃないからね。ちょっと、運動不足なだけよ。十六歳の少女だもの私は・・・ウプッ」

 ウプッって・・・お願いだから、吐かないで下さい。どうにかこうにか、最上階の九階に辿り着いた。鉄扉を開いて、共用廊下に入る。玄関扉が五つ並んでいる。

「奥から二番目の部屋よ」

 ハンカチで吹き出す汗を拭きながら、モモちゃんは廊下を歩いていく。モモちゃんの背後から背中を摩ると、湿っている事がよく分かる。さて、これからどうするのだろう。星矢さんを刺したヒメカという女性を、どのようにして説得し、連行するのだろう。本当に、強硬手段に出るのだろうか。僕的には、武力行使はせず、おとなしくついてきて欲しい。

「え? モモちゃん?」

 考え事をしている内に、モモちゃんはインターフォンを押していた。まるで、友人宅に遊びに来たくらいの気軽さだ。何度も何度もインターフォンを押す。しかし、室内からは、物音一つしない。

「出かけてるんですかね?」

「それはないはずよ。ウチの子達が、しっかり監視しているもの。居留守じゃない? もしくは・・・」

 ウチの子達とは、吉川探偵事務所の従業員さんだろう。それよりも、『もしくは』の後が気になる。なんとなくは、想像できるが、できれば想像したくはない。背中に冷たい汗が流れた。

 モモちゃんが、L字のドアノブに手を置き引くと、扉に小さな隙間が生じた。

「・・・開いてるわ」

 互いに顔を合わせ、モモちゃんが部屋の中に足を入れた。

「ねえ? いるんでしょ?」

 モモちゃんが、室内に声をかける。しかし、返答がない。

「入るわよ」

 モモちゃんは、真っ赤なハイヒールを脱ぎ、室内に入って行った。スニーカーを脱いで、僕もゆっくりと続いた。電気が消えていて、部屋の全貌が分からない。僕が手探りで前に進むと、パッと部屋の電気がついた。

「お、おい! 大丈夫か!?」

 逼迫したモモちゃんの声が飛んできた。廊下とキッチンが一緒になっているスペースを抜けると、六畳程の居住空間になっている。僕は、目と口を開いて、茫然と眺めていた。ベッドの上で仰向けになっている女性がいた。モモちゃんは、女性に覆い被さるようにして、彼女の顔を叩いている。

 部屋中が酒臭い。ビール缶やワインボトルが、散乱していた。一見、酔いつぶれて眠っているように見えるが、問題はローテーブルの上だ。居住スペースの中央にあるローテーブルの上に、様々な錠剤が散らばっている。詳しい事は分からないが、薬とアルコールの組み合わせは、最悪なのではないか。

「モモちゃん! その人、大丈夫なの!?」

「生きてるよ! こいつヒメカなのか?」

 僕は、モモちゃんの隣に着いて、顔を覗き込んだ。この女性の顔は、見覚えがあった。間違いない、僕を平手打ちした女性だ。モモちゃんが言った通り、風俗店のホームページに載っていた人物とは、まるで別人だ。まさに、詐欺級だ。

「うん、この人がそうだよ。でも、これってヤバくない!?」

「ヤバイね! でも、最悪じゃないわ! 意識があるからね!」

 結構焦っていた僕だけど、モモちゃんの言葉に冷静さを取り戻しつつあった。モモちゃんの口調が戻った事も、その要因の一つだ。


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