第37話 バヨ・エ〜ン!
もう僕としてはどうでもいい話ではあったし、早めに切り上げたかったことも確かだった。
でも、こういう手荒な話にはできる限りしたくはなかったんだよね。
勇者アドルフは白銀の剣を構えて薄ら笑いを浮かべてる。
「へへ! 俺はお前を追放してから、それはもう過酷な毎日を戦って来たんだぜ。以前とはLvもスキルも段違いだ。なあ、せめて一つ聞いておいてやる。魔法と剣、どちらで痛めつけられたいんだ?」
「どっちもごめんだ。それと最後に一ついいかな」
「あ? なんだ。言ってみろ」
「君にはギフトは使わない。普通の魔法で充分だから」
アドルフの顔から笑みが消えた。分かりやすくて、今度はこっちが笑いそうになってしまう。でも、それは失礼だからやらない。たとえ相手がどんなに嫌な奴だとしても。
「その役立たずギフトを使わない? へええー。随分と自信があるんだなぁ。……ギタギタにしてやるぞ糞ガキぃ!」
殺気丸出しの目を見開きつつ、アドルフはこちらに猛然とダッシュしてくるが、僕は少しも慌てる必要はなかった。なぜなら、もうすぐに魔法を撃つ準備はできていたからだ。
「フリーズ!」
「はん! そんな下等な凍結魔法で」
アドルフはやはり周りが見えていない。僕が以前までとは大きく変わったことにも気がついていないんだ。スキルLvを上げたことによって、速度や威力、範囲までも大幅に上昇したフリーズは、決して下等な凍結魔法と侮れるものではない。
あっという間に勇者はカチカチに凍らされ始める。
「のわあああ!? な、なんだ。凍ってしまううう」
このままじゃ凍死させちゃうな。それはまずいからやめておく。
「フレイム!」
今度は炎を浴びせて氷を溶かしていく。
「ぎゃあああ! 熱いいいい!」
アドルフは地面に転がってのたうち回り始めた。
「それは可哀想に。じゃあやっぱり冷やそう。フリーズ」
「のひいいい!? 死ぬ! 死ぬぅう!」
「じゃあサンダー」
今度は脳天に強烈な雷を落としてしまったところで、ボロボロになった勇者は痙攣したまま動かなくなった。それにしても、見事なまでのやられっぷりというか。全く相手にはならなかったけれど。
「ナジャ……貴様、いつの間にそれほどの力を身につけたのだ?」
「凄いですぅ。勇者様、何もできずにボコボコにされちゃった」
確かに以前よりは腕が上がったけれど、まだまだ力が足りない。URの冒険者達の逸話を知っているからこそ、全てにおいてこのままでは足りないと感じていた。
「じゃあ……僕はもう帰るね。君達のパーティには入らないから」
「ま、待て!」
ゲルの慌てた野太い声が公園の夜空に響いている。まだ何かあるの?
「お前をこのまま返すわけにはいかん。勇者の無様な姿を語られでもしたら、我々のメンツが潰されてしまうことになりかねん」
「別に喋ったりなんかしないよ」
「いいや。ナジャよ……こうなれば、我々とも戦ってもらう」
「はい? 我々って、あたしも?」
「なんでそうなるんだよ。面倒くさいな」
「我々は勇者パーティだぞ! このままただ惨敗を喫して終われると思うか! 魔法が不得手な勇者は不覚を取ったが、我らはそうはいかぬ。さあクレアよ、行くぞ!」
「ちょっと待ってくださいよう。流石に二対一って」
ゲルの奴、本当に見栄とか体裁とかを気にするんだな。とはいえ、今回のことは流石にワケが解らないよ。僕はもう一度杖を構える。クレアとかいう人は恐る恐る近寄ってきたけど、流石に攻撃するのは躊躇われるなあ。
そんな時、僕は一つの魔法が選択肢に浮かぶ。あれなら、この女の子も傷つけずに事を終わらせられる。
「いくぞナジャよ。くらえ! ボルケー、」
「バヨ・エーン!」
僕が杖を二人に向けると、一気に周囲がキラキラと光出した。恐らくは火炎魔法ボルケーノを放とうとしていたゲルは、途中で動きをやめて周囲をキョロキョロと見渡す。クレアも同じように目を白黒させていた。
「な、なんだ!? 貴様、一体何をした」
「ひえええ! なんか、周りが急に桃色の、綺麗な光に包まれてますぅ」
これはかけられた者を感動させることができる魔法だ。術者によって多少の効果に違いが生じるんだけど、僕の場合は……。
「これは……か、カレーだと!?」
「ひゃああ! 空からカレーが降ってきますぅ」
ゆっくりと彼らの頭上に降りてきたのは、僕の理想とも言える究極のカレーだ。丁寧にスプーンまで降ってきてる。ゲルとクレアはいつの間にかカレーを手にとり茫然としていた。
「く! 一体どうしたことだ。このカレーは猛烈に旨そうに見える。戦わなくてはいけないというのに」
「もう我慢できないです。いただきますー」
二人はほぼ同時に僕のカレーを口に運ぶ。これであまりの美味しさに戦うことがバカらしくなり、平和的な解決ができるはず、そう思っていたんだよね。
「ぐああああー!?」
「ピャーーーー!」
「あ、あれ!? 二人とも、どうしたの?」
二人は天に向かって火を吹くと、そのまま地面に大の字に倒れてしまった。ドーラさんの時といい、失神するほど美味しかったんだろうか。その後は目を覚ましたダクマリーがやってきて、三人をどこかに運んで行った。後で聞いたんだけど、とりあえずみんな無事だったらしい。
アドルフは今回の件以降、突っかかってくることはしなくなり、むしろこちらを見るとそそくさと逃げるようになったくらいだ。アロウザル饅頭のミルク味派とチョコ味派の戦いは終わらないけれど、僕とアドルフに関しては決着したんだ。
何はともあれ、これでようやく苦しい過去と決別することができた。今まで溜まっていた鬱憤も晴れ、本当の意味で新しい冒険者ライフが始まった。
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