第36話 勇者と僕

 それは突然のお誘いだった。

 僕はいつも通りあまかぜ亭で依頼を探そうとしていたんだけど、受付嬢のお姉さんが話があるという。


「実はこれを、勇者アドルフさんから預かっていまして、ナジャさんが来たら渡してほしいと」


「なーに。この手紙」隣にいたルルアは興味深そうに覗き込む。


「ロクなものではないと思いますよ。だってあの勇者ですもの」


 背後でクラリエルさんのため息まじりの声も聞こえた。まあ、確かにいい予感はしない。とりあえず僕は手紙を受け取った。特に良さげな依頼もなかったのでそれぞれ帰宅することとなり、僕は我が家のベッド上で手紙を広げた。


 ーーーーーー


 魔法使いナジャへ。

 元気にしているか? 俺達は今も順調に冒険をしてる。王様からの評価もどんどん上がっていて、少しばかり怖くなってくるほどだぜ。


 なあ、久しぶりに世間話でもしてないか? 実を言うとな、お前に酷いことばかり言い過ぎたと思って、反省しているんだ。良かったら今夜か明日の晩にでもどうだろう。

 返事を楽しみにしてるぜ。


 勇者アドルフより

 ーーーーーー


 ……………………。

 僕は手紙を見つめたまま固まるしかない。今更何を話すことがあるというのだろう。反省している?

 いいや、それは嘘だと思う。僕の知る限り勇者アドルフは、ちょっとのことでは更生できない傲慢な男なんだ。


「今夜か明日、ねえ」


 考えることすらめんどくさく感じて、不意に手紙をテーブルに投げようとした時、目の前に何かがあった。


「え? え?」


「……今日か明日、どっちにする?」


 本当に目の前に顔があったんだ。褐色の肌に赤い髪、まるでどこかの女王様にいそうな凛々しい顔立ちをした女戦士の顔が。


「うわわわ!? ダクマリー! どうしてここに!?」


 僕は転がりながら彼女から距離をとってベッドから起きる。いつも通り何かの人形みたいに無表情なんだよね。


「扉が開いていた」


「あ、そうだ閉め忘れてた。……って勝手に入るなよ!」


「すまない。ナジャの夜這いのようには上手くいかない」


「僕は夜這いなんてしたことないぞ!? どんどん勘違いが進んでないか!」


「今日にする? 明日にする?」


「あーもう。面倒くさいなあ。行かないよ。どうせ行ってもロクなことがないんだから」


「そこを、なんとか」


「ダメだ」


「私は今、猛烈にお願いしている」


「やたら軽く見えるけど!?」


「私がここに長居して、あの女武闘家が来たら、」


「今夜でいいかな? アドルフに伝えておいて」


 決まってしまった。なぜか女子と話している時にルルアが来るとロクなことにならない。破滅的予感を回避した僕は、またアドルフ達と会うことになっちゃったんだよね。


 ◇


 昔の嫌な仕事仲間に会う時って、どうしてこうも気分が悪くなるのだろう。

 僕は約束の時間に少し遅れて酒場にやってきた。奥の窓際席から手を振っているのは、賢者ゲルだ。


「やあやあ。こっちに来てくれたまえ」


 勇者の後ろ姿を見てため息が漏れそうになりつつも、僕はそこまでなんとか足を運んだ。


「おお! ナジャー。よく来てくれたなぁ。ささ! 座れよ。お前の席はそこだぜ」


 よりによってアドルフの向かい側かぁ。僕の隣にはダクマリーがいて、その隣には魔法使いの女子が座っていた。アドルフの隣にいるゲルは、無理に作り笑いをしていることがすぐ分かるくらい顔が引きつってる。


「どうしたの? いきなり話をしようか、なんてさ」


「あー。ははは! お前最近どうしてるのかなーって思ってよ。ちょっと世間話をしてみたくなったんだ。でよぉ、ナジャ。お前も新しいパーティで頑張ってるんだろ? 最近どうよ。調子いいのか?」


 喋っている時に店員さんがやってきたが、持ってきたのはカレーライスだった。以前はこんな美味しそうなもの食べさせてもらえなかったのに。


「順調だよ。なんの問題もないくらい上手くいってる。この前もエルフの里で仕事をこなしてきたばかりだ」


「凄いですねー。噂に聞いてましたけど、ナジャさんってやっぱりカッコいいし。あ! すみません私、クレアっていうんですぅ」


 ダクマリーの隣から声をかけてきた女の子は、ニコニコ笑っているが、どうも緊張しているみたいだ。


「ナジャよ。お前の活躍ぶりならば知っているぞ。女武闘家と、それから聖女とパーティを組んでいるらしいではないか。しかしどうだろう。今のパーティメンバーでは、ポテンシャルが充分に発揮できんのではないかね?」


 ゲルが何か言ってるけど、僕には全く同意できない。今だからこそ伸び伸びやれているのに。


「なあナジャよ。お前には悪いことを言っちまったと思ってる。俺も大人気なかった。これ以上お前のことで後悔なんてしたくねえって気持ちなんだよ、今はな。そこで一つ考えたことがあるんだ」


 アドルフは顔は笑っているが、目には愉快な色を感じない。


「ナジャ……もう一度俺たちのパーティでやっていかないか? 今の俺たちは万能で理想的なメンツだけどよ、お前が入ってきたら歴史に名を残すくらい強くなれる。お前を今の境遇から救い上げてやるぜ」


「今の境遇?」


「ああ、そうだ。あの金髪の女や聖女なんていたところで、お前はこれから伸びていけねえって。俺が助けてやるからよ。もう一度頑張ろうぜ」


「僕は今のほうが満足してる。もう戻るつもりはない」


「いやいや。ナジャ……君は少しばかり頭が混乱しているのではないかね? 我々が君を、」


「今日僕を呼んだのは、つまりもう一度仲間に引き入れたかったってことだよね? 残念だけど無理だ。僕はもう君達のパーティに戻ろうなんて思わない。今のパーティのほうがずっと好きだから」


「今のパーティがいい?」


 ダクマリーはサラダを食べながら、独り言のように呟いた。そうしたら不思議なことに、勇者と賢者は何か慌てた様子でそわそわし始める。


「おいおい。お前正気かよ。勇者パーティだぞ。大陸で唯一にして、冒険者の花形になんだぞ。自分から断ろうっていうのか。そいつぁどうかしてる! いいから戻ってこいよ」


「くどいな。アドルフ。君とは二度と付き合いたくないんだよ。どんなに世間体が良くったって、高待遇だって関係ない。僕は今のパーティのほうが好きなんだ。もういいかな」


「な、なあ! そこを何とか考え直してくれねえか。頼む。な? な?」


 しつこいなー本当にどうしちゃったんだろ。さっきサラダを食べてたダクマリーの目がとろんとしてきた。何処でも寝れちゃうのは羨ましい限りだけど。


「そうだ! お前にアロウザル饅頭やるよ。ほら、チョコ味だぜ」


 アドルフは懐から大好物であるアロウザル饅頭を取り出して、僕に渡そうとしてくる。もう耐えられなくなってきた。


「いらないよ! 僕はミルク味派なんだ。チョコ味なんかいらない」


 僕はスッと立ち上がり、カレー分のお金をテーブルに置いて立ち去ろうとした。


「……待てよ。おい」


 勇者の声色が変わったことに気がついて足を止める。あ、そうだった。


「お前今チョコ味を馬鹿にしやがったな? 俺はそれだけは我慢ならねえんだよ。表に出ろ」


「ちょっと待て勇者よ。何をするつもりだ」


「何って? あー……決闘みたいなもん?」


「アドルフはナジャと決闘する? ……すー、すー」ダクマリーは眠ってしまったようだ。


「ああそうだ! ダクマリー、こればっかりは止めても無駄だぞ。俺はチョコ味派を馬鹿にする奴だけは許せねえんだ! 決闘するぞオラ!」


「しかし勇者よ。万が一殺してしまったら」


「うるせえ! そんなヘマを俺がするかよ。おいナジャ。いいから外に出ろ」


「……いいだろう。相手になる」


 僕もミルク味派の代表として引き下がるわけにはいかない。なんか話が変わってきてるけど。


「はん! 生意気な奴め」


「ちょ、ちょっとお!? どうしてそんな話になっちゃうんですかぁ」


 僕とアドルフは酒場を出た。チラリと後ろを向くと、ゲルとクレアまでついてきてる。人気のない公園までやってきてアドルフは足を止めた。ここは以前、僕が追放を言い渡された場所だ。


「今更謝っても無駄だぜ。お前だけはボッコボコにしてやるからなあ!」


「君が負けると思うよ。僕はもう、以前までのようにはいかない」


 公園の中心で僕と勇者は向かい合い静かに構えた。

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