第31話 『黒幕』接触?
────黒田商店街
遊園地デートを終わらせた次の週末。
白雪有紗との約束を果たすべく、彼女の実家である『White Snow』に出向いていた。
近隣に大きな駅併設型のショッピングモールができたにもかかわらず、未だにこの商店街では程々の賑わいを見せている。
しかしながら商店街の悪い噂をきいてからというもの、茂木恋はこの賑わいが不気味に見えてしまっていた。
特に待ち合わせの時間等は指定していないが3時のおやつ時にケーキを食べたいと思っていたので、茂木恋は2時半の到着を目指して自転車をこいでいた。
長く続く商店街のメインストリートを進んでいると、商店街沿いにある神社の石段に見覚えのある少女が座っているのを発見した。
茂木恋は、普通であればただ見かけたことのある少女に声をかけるような男ではない。
ないだろう。ないと信じたい。
何はともあれ、通常話しかけるようなことはないであろうが、彼はそれでも石段に腰掛ける少女──前髪を斜めにカットした髪型が特徴的な、名も知らぬ少女に声をかけたのだった。
「やあ、久しぶり。俺のこと覚えてるかな」
「あっ……あなたは自転車の」
「覚えていてくれて嬉しいよ。その節はごめんね。それより、隣いいかな」
「えっ……まあいいですけど……ナンパですか?」
少女はわかりやすく警戒心を丸出しに、彼にそう告げた。
しかし、相手は百戦錬磨の女たらし。
卓越した恋愛偏差値を持った彼の前では警戒心などないに等しかった。
「違うよ。ナンパっていうのはもっと時と場所を選ぶものだと思わない? 神社はナンパをする場所じゃないよ。ここは、人が願ったり神が聞いたりする場所」
「だったら、そんな場所であなたは私に何をしたいの?」
「君の話を聞かせてよ。なんだかすごく深刻そうな顔してたからさ」
その甘い台詞に斜めパッツンの少女は顔を上げた。
これまで俯き加減なことが多かったためあまり顔を確認できていなかったが、細目で柔和な顔をした女の子だった。
言っている内容は茂木恋の黒歴史であるところの歌い手女子に対する「どうしたの? 俺でよければ話聞くよ?」と同じであるが、それこそ時と場所が変わればそれらしく聞こえるものである。
少女はカバンを開くと皺くちゃになった紙を取り出した。
紙を開き、彼女は茂木恋にそれを見せる。
「これは……」
「私の中間試験の結果の一部。酷いもんでしょ?」
「10点、13点、11点、9点……確かにこれはいい点数とは言えないね」
大量の赤いチェックマークで埋め尽くされたテスト用紙を見て、茂木恋は思わずたじろいだ。
彼は中学では学力上位層、高校でも身の丈にあった高校を選んだのと水上かえでとの勉強デートによって学力は上位層だったため、一桁台の点数をとる人間を目の前にしてどのような言葉をかければいいのか分からなくなっていた。
「1回目のテストからこれだと、後3年間どうなっちゃうんだろうなって思って……お父さんにもお母さんにも……お爺ちゃんにも失望されちゃうかもしれないって思ったら、家に帰るのが怖くて」
「そう……なんだ。それより、君は後3年って言ってたよね。もしかして高校1年生? 俺も高1なんだよね」
同じ学年と知り、少女は細目を開き驚きをあらわにする。
運命感じ始めちゃっているのだ。
「えっ……それは奇遇だね。どこ高?」
「聖心。君は?」
「私は、県立附属。高校の偏差値は私の方が高そうだね。実際の学力は……私の方が下かもしれないけど」
彼女の所属に一瞬茂木恋は体を強張らせた。
何せ、県立附属高校といえば県内最上位の高校。
茂木恋の通う聖心高校とは偏差値にして5つも離れているのである。
彼女が落ちこぼれの生徒だとしても、受験で県立附属に受かる程度の学力を持っているという事実は彼にとって自分が相談に乗っていい立場であるのか一瞬躊躇させた。
しかし、躊躇しただけで彼のナンパは続く。ってナンパじゃなかった。
「いやぁどうだろうね。でも県立附属かぁ……だとしたら、そこまで悩む必要はないんじゃないかな?」
「それはどうして?」
「君は本当は頭がいいんだよ。県立附属に受かるだけの学力があるんだから。きっと、学校の問題が難しいだけだよ」
「そ、そう……かな? 問題見てみる?」
「え、いいの? すごく見てみたい!」
相談に乗っていたはずなのに、茂木恋は好奇心に勝てず思わず声を大きくする。
他校の試験問題をみる機会は意外と少ない。
自分の学校でやっている内容が稚拙な内容なのではないかという疑問は、高校生の誰しも抱えるものであろう。
勉強することを諦めておらず、むしろ積極的に勉強している彼はもちろんそのような悩みを抱えていた。
残念ながら少女は全教科の問題を持っていたわけではなかったが、現代文、日本史、世界史、数学の問題は持っていたようである。
問題用紙を受け取り、それに目を通す茂木恋。
1教科、また1教科と問題を読んでいくうちに、茂木恋の表情が渋いものとなっていった。
問題が難しすぎて難易度の判別がつかないと言った理由でそのような表情をしたわけではない。
どういうわけか予想以上に、彼は県立附属の中間テストの内容がわかってしまったのだ。
つまるところ、彼女が受けていた試験の難易度は聖心よりは難しいが、難しすぎるという内容ではなかった。
そのことが逆に彼の反応を迷わせた。
「ええっと……」
「どう? 私の学校の試験は難しい?」
「……正直に言うよ。問題は俺の高校よりは難しいと思う」
「じゃ、じゃあ」
「でも、全く手が出せないレベルじゃない。たぶん俺がこの試験を受けたら50点くらいは取れると思う」
「そ、そう……」
斜めパッツンの黒髪少女は残念そうに俯いた。
弱る女の子を見るのは茂木恋の趣味じゃない。
きちんとフォローを入れることを彼は忘れなかった。
「ちなみに、俺は聖心高校だとかなり成績は上位層なんだ。だからそこまで落ち込むこともないよ。うちの高校の中間層なら、きっと君と同じような結果になると思う。たぶん県立附属といえど学力差は学内であるし、下の方で入ったら君くらいの点数をとる人がいるのも普通だよ」
「あ、ありがとう。少し……元気出たかも」
少女は頬を赤くし、小声でそう告げた。
着々と彼女の好感度をもぎ取っていく茂木恋は一度スマホで時間を確認する。
もう白雪宅に到着予定の2時30分はすぎてしまっていた。
「それに、きっと君は大丈夫。試験の結果で落ち込んだり悩んだりしている。それが証拠だよ」
「それって関係あるの?」
「関係あるさ。俺の高校でも、学力最下層はもう勉強を諦めてる。こんな試験の結果を目の当たりにしても、まだ勉強を諦めてない君は十分立派さ。俺も毎日勉強頑張るからさ、君も勉強頑張ってね」
「あのっ、何処に!」
自転車の鍵に手にする茂木恋に、彼女は問いかける。
「目的地に。たまたま深刻そうな顔をした君がいたから声をかけたけど、一応俺は予定があってここを通ったんだ」
「そ、そう…………私の名前とか、連絡先とか聞かないの?」
「聞かないよ。だってそれを聞いたらナンパになっちゃうだろ? 俺はナンパをするために、君に話しかけたんじゃないんだから」
茂木恋はそう言うと、彼女に背を向けて停めてあった自転車の方へと歩き出す。
彼の背中に、斜めパッツンの細目少女は無理やり言葉を投げかけた。
「優美……私は
その言葉に茂木恋は足を止める。
何故なら、彼女が名乗ってしまったから。
何故なら、その名が黒幕であることを知っているから。
何故なら……彼女が
茂木恋は振り返ることなく、歯を食いしばっていた。
気を抜けば拳を振るってしまいそうになる気持ちを深呼吸で抑える。
彼は自分の強みをわかっていた。
彼は女の子の心を掴むことに長けている。
きっとヒロインたちの心の傷は、彼と送る甘い青春によって癒されるだろう。
しかし、その力は人を癒すためではなく……人を陥れるのにも使えるのだ。
彼の力があれば、同様に誰かを絶望の淵へと追いやることも不可能ではない。
それができると言う確信があったからこそ、彼は躊躇していた。
名前を知ってしまった以上、彼女との青春は間違いなく死地へと向かう。
そうならない可能性など微塵もない。
彼がそうする。彼が必ずそうして見せるのだ。
ヒロインを幸福により癒す道を選んだ茂木恋。
しかし、突如面前に現れた元凶を成敗することによる解決……悪き道に彼の心は揺さぶられていた。
名前で戸惑っていることを勘付かれないように、自転車の鍵を開けながら、彼は考えた。
思考の時間はわずか2、3秒。
その間に彼は何度も何度も思案したが、結局のところ彼は自分の感情を優先させる。
簡単に言えば、彼は怒りに決断を委ねてしまったのだ。
自転車の鍵を開けると、茂木恋は振り返り、黒田優美の元に駆け寄った。
彼女の唇に人差し指を当てて、有無を言わせない。
顔を頬につく程近づけ、耳元で囁いた。
「いけない子だね。これじゃあナンパになってしまうじゃないか」
低めに作ったその声に、黒田優美の心臓は跳ね上がる。
小学校中学校ともに自分にこんな甘い誘惑をしてくる命知らずな男はいなかったのだ。
忠告をした後、脱力した彼女を抱きとめて石段に座らせると、彼は再び自転車の方へと向かう。
背中を見せたまま、彼は続けた。
「俺は茂木恋。連絡先は後にしよう。きっと、また会えるさ。君とは縁がありそうだからね」
茂木恋はそう告げると、自転車に乗り『White Snow』へと走り出すのだった。
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