第24話 『商店街』黒幕?
────有栖川ホテル 大部屋
時は有栖川ホテルでの懇親会へと戻る。
茂木恋は回想を終えると、パサパサとしたローストビーフを飲み込んだ。
チラリとスマホを見てみると、そろそろ約束の時間であった。
「そろそろ白雪さん達来るかも……あ、来た来た」
茂木恋は会場に入ってくる3人の女の子達を見つけて手を振った。
3人とも言われた通り、普段の制服姿での登場である。
食事会に誘われてきてみたら大人達の懇親会でしたという、半ばドッキリ企画のような状況に晒された彼女達の反応は様々であった。
水上かえでは目を輝かせ小躍りしそうなテンションであったが、残りの白雪有紗と藤田奈緒は少々警戒気味である。
「彼女達がレンの恋人ですの?」
「あ、絵美里ちゃんはまだ会ったことなかったのか。そうだよ。あの3人が俺の彼女達。1番背が高いのが藤田奈緒さん、白髪ロングのが白雪有紗さん、なんか妙にテンション高いのが水上かえでさん」
「どうしましょう、私今すぐ彼女達をしばき倒したくなっていますわ」
「ちょっとちょっと!!!! こんなところで騒ぎを起こさないでよ!?」
「分かっていますわ。彼女達は本気でレンの事を好きなのでしょう? 有象無象の女どもよりレンの魅力に気づいている分だけ徳を積んでいるというものですわ。寛大な心で対応いたしますの」
「俺にはそんなご利益ありません」
無駄口を叩いていると、彼女達は足早に茂木恋の元までやってきた。
彼女達は茂木恋の隣にいる少女を見て、目を丸くする。
彼女達は一様に、茂木恋を誘拐したというのだから恐ろしい人物を想像したのであろう。
しかし蓋を開けてみれば、彼を誘拐した張本人はまるで西洋人形のように愛くるしい女の子であったのである。
フワフワの金髪に小さい体躯。まるで湖面のように透き通ったライトブルーの瞳は、およそこの世のものとは思えぬ代物であろう。
赤いドレスを身に纏った彼女は『かわいい』が具現化したようなものであり、精神を病んでしまった彼女達が目指す先にいるようなものであった。
特に、地雷系ファッションを好む白雪有紗と水上かえでは彼女の可愛さに釘付けだった。
「何をジロジロと見ていますの?」
「うわ! お嬢様言葉使いだよね? 本当にお嬢様なの? それともお姫様?」
「恋様を誘拐したと聞いたものですから不良生徒を想像したのですが、いやはや人はここまで可愛くなれるのですね。ついぞ、想像もできませんでした」
「そうですわね。私はとっても可愛いですわ。それと、お姫様ではありませんの。お嬢様ではあるかもしれませんが」
褒められて悪い気はしないようで、有栖川絵美里は照れながらそう返した。
ドレスをちょいと摘んで弄っているのをみるに、犬の尻尾の如く嬉しさを抑え切れていなかった。
「ええっと、一応自己紹介でもしようか」
「そうですわね。では、まずレンから」
「いや、俺は全員と顔見知りだしする必要なくない!? じゃ、じゃあ一応……茂木恋です。こちらの3人の彼氏です。あと、こっちの女の子の彼氏になる予定です」
「茂木くん……知らないうちにまた彼女を増やしたの?」
「本当にごめん……色々あってこんなことに」
茂木恋は頭を下げる。
ここが懇親会会場で、周りに大人達がいなかったならば、彼はすぐにでも土下座をするべきであろう。この土下座野郎。韻を踏んでしまった。
茂木恋の謎の自己紹介が終わったところで有栖川絵美里が一歩前に出る。
「私は有栖川絵美里ですわ。レンの昔からの友人……あるいは心の恋人ですの。先日はレンを拘束してしまい、ご心配をおかけいたしましたわ」
「……恋様のご友人?」
「そうですわ。レンとはインターネットで知り合いましたの。レンの中学時代の……」
「ちょちょいのちょーい!!!! そう! そうなんだよ! 絵美里ちゃんはSNSで中学の頃からの知り合いだったんだよね! たまたま最近引っ越してきたみたいでさ! それでちょっと盛り上がっちゃった絵美里ちゃんが、俺を誘拐したって話なんだよ。納得してくれたかな、白雪さん」
食い気味に茂木恋はそう言った。
あそこから先、有栖川絵美里に喋らせていたらいらぬ情報が投下されていたところであろう。
中学時代の恥ずかしい過去など、今の彼女達に知られたいと思わないのが普通であるし、この手の弱みを握ると面倒なストーカーお姉ちゃんを茂木恋は抱えているのである。
これはどうしても止めねばならぬ案件だった。
茂木恋の必死さを感じ取り、白雪有紗は首を縦に振った。
「納得いたしました。私は白雪有紗といいます。恋様と同じ委員会に所属する高校1年生です。よろしくお願いします、絵美里さん」
「こちらこそよろしくですわ、アリサ」
「私は水上かえでです。茂木くんとは中学の頃一緒だった。今は別々の高校に通ってるけど、よくマックで一緒に勉強してたりするよ。よろしくお願いします」
「よろしくですわ、カエデ。あなたは中々の切れ者のようですわね」
「それほどでもないよ。メールの相手が茂木くんじゃないってわかって驚かそうとしただけだから」
水上かえでは表情を変えずにそう言った。
彼女はメールの一件でもっとも攻撃的な反応をしていたが、有栖川絵美里の行動にそこまで怒りを覚えているわけではなかったようであった。
「私は藤田奈緒だよ〜。絵美里ちゃんは弟くんのお友達みたいだから、お姉ちゃんのことは親しみを込めて『お姉ちゃん』って呼んでもいいんだゾ♪ よろしくね」
「あたなの噂はレンから聞いていますわ。お手柔らかにお願いしますわね、ナオ」
自己紹介が済むと、白雪有紗と水上かえでがすぐさま有栖川絵美里に駆け寄る。
この世ならざる可愛さを前にした彼女達は、すぐにでもその可愛さに触れたかったのである。
半ば不審者と化した2人のメンヘラ少女達は、両手を熊の手にして今にも襲い掛かろうとしていた。
3人でイチャイチャとしている隙に、藤田奈緒が茂木恋の方を叩く。
「弟くん、災難だったね。でも、まさか弟くんを監禁したのが引っ越してきたばかりの女の子だなんて、お姉ちゃん知らなかったゾ♪」
「奈緒さん。今回は本当にありがとうございました。奈緒さんがいなかったら、俺も強気に交渉できませんでしたよ」
「もー、弟くんを助けるのはお姉ちゃんとして当然なんだよ! だから恩に感じる必要なんて微塵もないんだゾ♪ もし何かお詫びがしたいんだったら、一緒に装備集め手伝ってね♪」
「もちろんですよ! 今夜一緒にやりましょう」
藤田奈緒に食事用の皿を渡しながら、彼はそう言った。
有栖川絵美里に拘束されている間、彼には実は外部との連絡手段があった。
それは彼がやっているゲーム──グラブルだった。
このゲームではフレンドにメッセージを送る機能がついており、その機能を使って茂木恋は藤田奈緒に助けを呼ぶことができたのである。
妙にメッセージ返信のレスポンスが良かったことが茂木恋にとっては少し気がかりではあったらしいが、単に藤田奈緒がグラブルの通知設定をしていただけであってそれ以上やましいことはなかった模様。茂木恋はヒロインを疑いすぎである。
未だに白雪有紗達はキャッキャウフフと絡み合ってる──具体的には彼女達の指が有栖川絵美里の髪に絡まっているので、茂木恋は思い出したかのようにいう。
「そういえば奈緒さん、少し緊張してます? 奈緒さんもこういうパーティーみたいなのは初めてだったり」
「うん、お姉ちゃんこんなところ来るの初めてなの〜。それに、お金持ちの他人がいっぱいいると緊張しちゃうの。お姉ちゃんのお家はどちらかといえば貧乏だから……」
「あ、それなら心配ないですよ。なんか俺も最初勘違いしてたんですけど、今日集まってるのはお金持ちってわけじゃないみたいですよ。あっちでイチャイチャしてる絵美里ちゃんは本当に……それもかなりのお金持ちですけど、他の人たちはショッピングモールに出店してる人たちみたいです」
「えー、そうなんだ! でもお姉ちゃんの家より絶対お金持ちだよ〜」
「それを言ったら俺の家だってそうですよ。まあでも、俺ら寄りのお金持ちってことですね」
なんとも微妙な返しをする茂木恋。
この場で集まった5人の少年少女達の年収ランキングは、有栖川絵美里の家がダントツ、次点で開業医の水上家、その下に白雪家、藤田家、茂木家が横並びといった具合になっている。
なんなら有栖川絵美里のお小遣いが下3つの世帯年収を越えているのだがそれは極秘事項となっている。
もはやお小遣いではない。お大遣いである。読み方は不明。
茂木恋は家の収入について考えていると、あることを思い出した。
藤田奈緒の家のことである。
「奈緒さんの家って商店街にあるじゃないですか」
「うん、そうだよ♪ それがどうしたの?」
「近くにショッピングモールとかできて売り上げが落ちたりってやっぱりあるんですか?」
「えっと……ううん。お姉ちゃんのところはそんなに変わってないと思うよ〜商店街の人たちが買いに来てくれるから」
「あ、もう固定客がいる感じなんですね。それなら安心です」
商店街内でお金が回るということは良くある話であるが、藤田奈緒のところもそうであったらしい。
この調子ならば、同じ黒田商店街に散髪屋を構える田中太郎の家も大丈夫であろう。
話を小耳に挟んだ有栖川絵美里が、暴走気味の2人のワシワシをかいくぐってやってきた。
「あら、あなたあそこの商店街の娘でしたの。そういえば、あなたのところの商店街はどうなっていますの?」
「ど、どうなってる……って?」
「黒服によると、モール建設時に近隣の理解を得るためにあそこの商店街に出店者の募集をしたらしいのですわ。でも一店舗も出店希望者がいなかったそうですの。このまま商店街にいても未来はないというのに、私には理解できませんわ」
「そんな話お姉ちゃん知らなかった! でも、たぶんうちは大丈夫だよ〜心配してくれてありがとう、絵美里ちゃん!」
「……ん? 藤田さんのお家とは、まさか……藤田書店なのでしょうか?」
白雪有紗が恐る恐る疑問を口にする。
本来であれば茂木恋経由で知っていてもおかしくない情報であるが、彼は彼女候補達が接触しないようにそこら辺の情報は徹底して伏せていたのである。
彼女の質問に藤田奈緒が一瞬固まった。
「そ、そうだよ〜。有紗ちゃんってもしかして商店街の近くに住んでるのかな?」
「ええ……近くというか……私の家も商店街でお店をしています。『White Snow』というケーキ屋さんをご存知ではありませんか?」
「「White Snow !」」
これに反応したのは、茂木恋と水上かえでの2人だった。
彼らはその単語に聞き覚えがあったのである。
つい先日、話題に出たばかりであった。
「あそこのお店、白雪さんの家だったんだ。今度茂木くんと一緒に行こうとかいう話をしていたんだよ」
「そうそう。まさか、こんな身近に関係者がいたなんてね。そうだ、今度みんなで白雪さんの家に行ってもいい? 勿論、絵美里ちゃんも一緒で」
「私は構いませんわよ。甘いものは好物ですの。ちなみにプリンはありまして?」
「は、はい……プリンならメニューに入っております」
「そうと聞いてはプリンハンターの血がたぎるというものですわ。レン、予定が決まり次第すぐに連絡を入れて欲しいですわ」
「了解」
果たして白雪家のプリンは有栖川絵美里の口に合うのか、その話はまた今度である。
その後、予定はいつにしようかなどと、ワイワイと話をしながら少年少女は食事を取る。
有栖川絵美里以外、立食でのパーティーに参加したことなどなかったため、多少慣れない部分があったが、徐々に会場に溶け込んで楽しめたようであった。
茂木恋はといえば……白雪有紗が藤田奈緒と同じ商店街出身であるということを知り、思考を巡らせていた。
「(白雪さんも奈緒さんも商店街に家がある。そういえば田中の家も商店街だ。そして、3人ともどういうわけか小学校中学校のことを話したがらない。商店街ぐるみで何かかくしごとをしているのか……? それに、白雪さんと奈緒さんは……病んでしまった原因が同じかもしれない)」
何か危ない橋を渡ろうとしているということは、感覚的に茂木恋はわかっていた。
しかし、それでも聞かずにはいられなかった。
水上かえでが有栖川絵美里と話をしているのを見計らって、彼女達2人に声をかけた。
彼女達も薄々感づいていたのか、2人の間に緊張が走る。
「白雪さん、奈緒さん。少し話があるんだけどいいかな」
「恋様、なんでしょう?」
「んー? どうしたの弟くん?」
「2人とも商店街出身じゃないですか。そして、2人とも小学校と中学校のこと……正確には奈緒さんは話したがっているわけじゃないですけど、奈緒さんのお父さんは話たがっていませんでした。何か秘密があるんですか?」
やはり禁句なのか、彼女達は話したがらない。
しかしながら、今の質問で2人になんの変化もなかったわけではない。
彼女達は顔を見合わせ、どこか安堵している様子であった。
その安堵は、互いに約束を守っていることを確認できた故の安堵であった。
茂木恋は、やはり彼女達は秘密を共有していると確信した。
そしてその確信が、次の言葉を放つための後押しになるのだった。
「これは完全に俺の妄想かもしれません。違うなら否定してください。奈緒さんの弟が死んだ理由……いじめじゃないですか?」
「……っ!? ど、どうしてそう思うの……かな?」
「白雪さんが中学時代不登校だった理由がそうだからです」
「恋様……! どうして今それを…………藤田さん?」
白雪有紗は首を傾げる。
対して、藤田奈緒は目を見開いていた。
白雪有紗の過去を知り、藤田奈緒はその全てを悟ったのである。
いつも明るく元気なお姉ちゃんは、俯き小刻みに震えていた。
手に持つプラスチックのフォークが今にも折れそうだった。
藤田奈緒は顔を上げると、泣いているのか笑っているのか……その中間のような表情で喋りだす。
「弟くん……今日はこんな素敵な場所にお姉ちゃんを連れてきてくれて本当にありがとう♪ お姉ちゃんはまだ高校生だけど……なんだかちょっと大人になった気分だゾ♪」
「それはよかったです。俺が誘拐された甲斐がありました」
「弟くんは大人になったらしたいことってある? お姉ちゃんはいっぱいあるよ♪ 好きなだけケーキを食べたいし、弟くんと海外旅行にも行きたい。それと…………選挙の投票とかも、してみたいゾ♪」
「選挙ですか」
「そうだよ〜だってあそこは大人しか入れないんだよ? お姉ちゃんすっごく気になっちゃう! こっそり入れちゃう18禁コーナーとは違うんだゾ、弟くん?」
「た、た、た、確かにそうかもしれませんね! 俺は別にそういうエロい本やら動画やらが売られている場所には入ったことはないですけど、確かに選挙には興味ありますねぇ!」
茂木恋のエロ本事情はすでにお姉ちゃんに把握されているので、何を繕っているのだという話だが、これは白雪有紗に対して繕っているのである。
白雪有紗は、藤田奈緒の話をおとなしく聞いていた。
「選挙にも種類があるんだよね。議員には種類があるって、中学校のころ習ったよね〜」
「あ、習いましたね。地方議会議員と国会議員でしたっけ。もっと詳しくいうなら、市議会議員、県議会議員、衆議院議員、参議院議員とかになりますね。まあうちは自治体が市なのでこうですけど」
「そうそう! いっぱい種類があって混乱しちゃうけど……お姉ちゃんは市議会議員だけは……ちゃんと調べた方がいいと思うゾ♪」
「それはどうしてですか?」
「だって、私たちの生活に1番直結する人を選ぶ選挙だから」
突然口調を変えた藤田奈緒に、茂木恋はどきっとさせられる。
彼女は精一杯普通の会話の皮を被らせて、秘密を打ち明けようとしていた。
茂木恋は、それに気づかないほど馬鹿ではない。
全ての謎は、茂木恋の市の議員が握っていると彼は確信した。
一連の会話が終わった後、藤田奈緒は、白髪の少女に弱々しく笑いかけた。
「有紗ちゃん、今のはセーフ?」
「……はい。今の会話で、私が何か報告するようなことは……一切ありません」
「それは良かったよ〜有紗ちゃんありがとう!」
「しかし、問題はあります」
冷たく彼女はそう言い放つ。
彼女達は互いに互いを監視し合う立場にある。
問題があると言われ、藤田奈緒の心臓の鼓動が一気に早まる。
今彼女は首元にナイフを突きつけられているような状況であった。
「問題は2つあります。1つ目として藤田さん、あなたはこの話に恋様を巻き込むべきではなかったと思います。私はこれまで……何度か恋様にこの事について聞かれましたが、毎回核心に近い話は避けておりました」
「そ、そうなんだ。有紗ちゃんはしっかりものだね」
「そして、2つ目の問題点、それは……恋様は鈍感であらせられます。今のだけでは真意が伝わらないかもしれません」
「有紗ちゃんそれってまさか……待って!」
止めたところでもう遅い。
それに、彼女が真実を口にしたところで、今この場に関係者は藤田奈緒以外いるはずがないのである。
何故なら、黒田商店街は駅前に併設のショッピングモールへの出店を全面的に断ったのだから。
この場に集まる大人達の中に、関係者がいるはずもなかった。
「
明らかになった真実に、藤田奈緒は覚悟を決めるのであった。
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