65話 切り札

 二つのハルバードを操るグレムリンクイーン。

 おまけに魔法を打ち消す厄介な魔族化を搭載。

 長期戦になるにつれ、俺たちは追い込まれていく。

 そこで俺は勝負をかけることにした。


「リゼルヴァ、ドクンちゃん! 一瞬だけ俺を守ってくれ!」


「任せろ!」


「いいよー」


 修羅場のわりにドクンちゃん返事軽いな。

 両足の包帯に意識を集中し機をうかがう。

 リゼルヴァが一方を弾き、もう一方が振りかぶられたタイミングで――


「今だ!」


「”ファイアボルト”!」

 

「”アイスエッジ”!」


 合図と同時、俺が一気に距離を詰め、二人が魔法を発動。

 目玉の一つがファイアボルト打ち消した。

 そしてもう一つがアイスエッジを捉え――ていない!?


 クイーンの肩に氷の矢が突き立つ。

 打ち消されるはずの魔法だ。

 代わりに俺の視界が奪われた。

 やられた、『ブラインド』をかけやがった。

 攻勢をかける気配を読んで、主力の俺を封じに来たのだ。


 真っ暗な視界の中で、目に焼きつけていた光景を再現する。

 自分の位置、クイーンの位置、標的の位置……。

 動き回るクイーンと違って標的の『アレ』は大きく移動しない。

 大まかな位置され覚えていれば……!


「フジミ!」


 リゼルヴァの叫びと、直後に金属音。

 俺めがけて振り下ろされた刃をリゼルヴァが反らしたようだ。

 しかし完全に軌道を変えることはできなかった。


「ぐおっ!?」


 続く衝撃と消失感。

 足の感覚がなくなり、浮遊感を覚える。

 硬質な何かが腰から下を抉っていった。。

 どうやら下半身を吹き飛ばされたらしい。


 マズイな。

 今の俺は空中。

 さっきまでと姿勢は変わってしまった。

 しかも徐々に高度が下がっていく。

 これでは標的の位置がわからない……!


 ―—いや、行ける!


 焦りそうになる心を抑え、想像力を働かせる。

 直前の視界をもとに目標を修正。

 左手でアイスブランドを構え、目が見えぬままに落下していく。


「そこだ!」 


 そして地面に這うであろう標的めがけて突き込む。

 伝わる刃先の触感。

 やわらかい何か貫く感覚の後、固い地面に刃先がぶつかった。

 想定通り、のはずだ。


 開ける視界。

 『ブラインド』の効果時間が終了したのだ。

 眼前には赤黒いハラワタ、それを貫くアイスブランド。

 

 成功だ。

 掴んだチャンスを勝利へ変えてやる。


「”フロストバイト”!!」


 手からアイスブランドへ。

 アイスブランドからハラワタヘ。

 ハラワタからクイーンへと、冷気の奔流が駆けぬける。


「グ、ガァァァァ!」


 内側から凍らされる激痛に絶叫があがった。

 バチバチと爆ぜるような音は血と臓器が固まる断末魔だ。

 

 ……そして訪れる静寂。


「や、やったか……?」


 剣にぶら下がった俺が顔を上げると、そこには完全に停止したクイーンがいた。

 振り下ろされたハルバードが俺の眼前まで達していた。

 あとほんの少し凍るのが遅ければ、俺の頭は粉砕されていただろう。


 頭部と脚の目玉も、俺を睨みつけたままシャーベットになっている。

 この状態はスケルトン化できるのか?

 原型は留めているけど。


「マスター生きてるー? ……あれっ、なんて言ったらいいのかしら」


「また死に永らえたようだな、不死者」


 ドクンちゃんを乗せたホルンがパカパカやってきた。

 君たちの援護のおかげで助かりましたよ、ありがとう。


「あぁ、おかげさまでな。リゼルヴァは?」


 下半身がないので首だけを回転させて辺りを見る。

 するとそこには変わり果てたリザードマンの勇士がいた。


「お前、そんな姿になって……!」


 地面にそびえたつ一本の尻尾。

 細い先端を下にして、太い根元を天に向けている。

 カラーコーンを逆さにした状態、といえば分かりやすいか。


 すっぱり切られたような断面はピンク色の組織を晒していた。

 尻尾全体に霜を帯びており、完全に冷凍肉になっている。

 どうやらクイーンを凍らせた余波が辺りを濡らす血液にまで及んだらしい。

 血液に巻き込まれ、リゼルヴァの尻尾も凍った……そんなところだろう。 


 その赤い鱗は紛れもなくリゼルヴァのものだ。

 リザードマン本体はどこへ行ったのだろう。


「クイーンに斬り飛ばされたか……無念だったろうに」


「勝手に殺すな」


「あら生きてたのね」


 声の方向を見ると、離れて座り込むリゼルヴァがいた。

 尻尾は半ばで断たれている。

 出血はないようだ。


「クイーンというよりフジミに殺されるところだったぞ。身代わりを立てなければ私まで凍りついていた」


「ごめんごめん、そこまで考える余裕なくて」


 なんせアイスブランド経由で『フロストバイト』を打ち込むのもアドリブだったからさ。

 氷属性の剣なら行けるんじゃね、っていう発想だった。


「とはいえどうにか勝ったな……長かった……」


「あぁ、私も限界だ」


「アタシもー」


「フン、不甲斐ないやつらだ」


 ホルンはいい感じに走ってただけだろ。

 などと言い返す気力もなく、俺は剣にぶらさがっていた。


「安心したら腹減ってきた……リゼルヴァの冷凍尻尾、食べていい?」


「好きにしろ……って、なんだと!?」


 この際だから正直に言おう。

 俺はリザードマンを食べてみたかった。

 アンデッドの本能なのか、生きとし生けるものの『お味』が気になってしかたないのだ。

 しかしさすがに「ちょっと味見させて」などと意味深なことを言えるはずもなく。

 虎視眈々と機会をうかがっていたのである。


「おっ、お前は私をそういう目で見てたのか……?」


「そうとも言うな」


 困惑するリゼルヴァ。

 なんだか違う意味合いにとられた気がしないでもないけど、疲れているからスルー。

 本人の許諾を得たので遠慮なく頂ます。

 剣から降りると尻尾シャーベットをかじり出す。

 

「うーん、ひんやりとした舌触りの中にエキゾチックなフレーバーが”ザ・夏”ってかんじー」


「感想を述べるな! それに食べるならそこのクイーンでもよいだろう!? わ、わざわざ私を食べるなど……」


「魔族化しちゃってるからヤダ。寄生虫みたいで」


 肉を食べると回復が早まる気がするんだよね。

 やっぱり疲れたときはお肉ですわ。


「アタシはクイーン食べるねー」


「ドクンちゃん悪食ー」


「見ているだけで吐きそうだ……」


 キリモミしながらクイーンの内部へ侵入し、内側から食べ進めている。

 何度も言うけど食べ方が残忍。

 ホルンがひいているよ。


 殲滅戦からの激闘を制した俺たち。

 なぜか慌てふためくリゼルヴァをよそに、俺たちは体を休めるのだった。

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