86 ガバガバの常識


 



 むしゃりむしゃりとマンガ肉を頬張るスヴェンの横で、私は同じ肉を作り続けていた。

 マンガ肉に使う骨はあまりに余ったファングのもので、肉はこれまたファングの肉をミンチにしたハンバーグ。

 少々手の込んだものだがスヴェンの要求を叶えるついでに作ってみたもので、たまにならこんな物もいいかなと、商業ギルドの前の小道でつくってみたのである。

 味付けももちろん妥協なしに香辛料をたっぷり使い、なおかつジューシーに肉多めの肉汁マシマシの出来上がり。時折それがきになるのであろう人が声を掛けてくることもあったが、まだ、販売時間ではない事と孤児優先、孤児達への販売が終わって余ったらと告げると残念そうに立ち去っていった。

 もしかしたら民間への弁当販売もそこそこ売れるのかもしれない。


「あ、スヴェンさん、火が消えました! つけてー!」

「ん!」


 ぼぉっと消えてしまった魔石コンロを再度スヴェンにつけてもらい、ひたすら残りの個数を焼いていく。

 コンロは私だけじゃ使えない代物だから、これが人気出たら孤児達の誰かに頼むのもいいだろう。

 次の肉へとそっと手を伸ばすスヴェンを叩きつけ、私はのんびりと昼の時間を待った。




 ゴーンゴーンと昼を告げる鐘がなったのはそれから一時間以上経った頃。

 周りも人口も徐々に増え始めたのとともに、私の肉を指をくわえて見ている大人達も増えてきた。けれども優先順位は孤児であり他人じゃない。中には孤児に売るならと喧嘩を売ってきた輩もいたが、そこは用心棒のスヴェンのひと睨みで去っていく程度。スヴェンもスヴェンであまりは食べられると知ってる故に、他の人間に奪われたくなくて必死だ。


「あ、リズねぇーちゃん! お弁当ください!」

「ホイさ。 今日は骨つき肉と白パン、ドライフルーツで二十ダイム! 後払いにしとく?」

「お願いします!」


 ニカッと笑う本日の孤児一号、ヘレナに少し温めた肉を渡し、黒板は名前と"一"を書いていく。これは後から孤児達の家の黒板にも書くための私のメモ帳代わりで、彼にも見えるように露店の隅に置く。私がインチキしてないよという証明なのだ。

 どうぞと肉を手渡すとヘレナは嬉しそうに笑い、そしてすぐさまかぶりつく。


「ーーっ美味しい! お肉、美味しい!」

「そりゃどうも」


 君のお陰で大人の口からヨダレが垂れてるよ。なんて言えないが、頬を手を添えて食べるヘレナの顔は満面の笑みだ。

 こっちもお食べとパンを差し出せばそれにもかぶりつき、美味しい美味しいと連呼した。


 それからはヘレナを始めとし、続々と孤児達が私の元へとお弁当を買いに訪れた。といっても半数以上は後払いで、支払いができるのはそこそこ大きな孤児達のみ。

 彼らは船上掃除の時から私とともに働きに出ていた子らで、わりと良い仕事にもつけているのだ。


 お昼の金がなって一時程経てば、私が覚えている限りの仕事を紹介した孤児達へのお弁当配布は終了。

 その時点で残りの肉は四つ。

 二つは私とスヴェンのものとして、味見用に売りつけても問題ないかもしれない。


「スヴェン、あのさーー」

「リズエッタ! ちょっといいか!?」


 スヴェンに一応断りを入れておこうとしたその時、人混みから私を呼ぶ声が聞こえた。

 それはかつて私の頭を殴った船乗りオスカーで、その右手には見知った顔の孤児、ヤンの手が繋がれている。

 一体どうしたものかと首を傾げてみると、オスカーは思いもよらない言葉を言い放ったのだ。


「こいつをくれっ!」

「ーーっ人身販売はしません! アホかっ!?」


 ヤンの手を引き己の背中に隠し、キリッとオスカーを睨みつけるとスヴェンも私を守るように前に立つ。

 その様子を間近でみたオスカーは驚きながら首を横に振り、必死に誤解だと叫んだ。


「違う! 誤解だ! おやっさんがそいつを船員にって言ってんだよ! 一応お前に話し通せって言われてっからよぉ!」

「んなら早くいってくださいよっ! そんな言い方じゃ誤解するじゃないですかもう!」


 スヴェンの手を引き視線を合わせ、頷きヤンを前に突き出す。そしてちょうど余っていたマンガ肉を二人に渡して、話くらい聞きましょうと露店を後にした。



 肉をかじりながらどこかへ向かっているであろうオスカーの後を追う。最中、どうしてヤンを船員にしたかったかを聞かされたが、ぶっちゃけ私には関係ない事だった。

 単にヤンが働き者で、真面目で、これなら雇っても良いかな、とただそれだけ。

 そんな事なら私に話を通さなくてもと良いと思ってスヴェンを方を見てみると、オスカーの話を頷いて聞いていた。


「スヴェンスヴェン。 これって必要な事なの?」

「当たり前だろう?」


 小声で質問を投げかければスヴェンは分かりやすく私に説明をしてくれる。

 要はヤンは私が雇用している人間で、それを無視して引き抜きはできない。もしそれを勝手やろうものなら元の雇用主、つまりは私に対してヤン自身が違約金を払うパターンがあるようだ。

 私はヤンや孤児達に対して契約書も何も交わしてはいないが、一般的に仕事を辞めるということは他の他者を雇うという事。それを雇用主を挟まず自分勝手に決めることは容認出来ない事柄であるとして違約金を要求しても問題ない。というのがこの世界の常識、らしい。

 つまりは仕事やーめた。ばっくれてやろうぜ!

 が通用しない世界なのである。


 しかしまぁ、そこをついて雇用者を騙し、金を奪い取ろうとする悪い人間もいるようだが、バレたらバレたらそれ以上の罰金を支払う事もあるようだ。

 だがしかしこれが通用するのは割と稼いでいる商会以上で、殆どの商人(下町のお手伝いレベルや、それほど稼ぎのない商売主)はこの決まりすら知らないものが多いとか。


 なんともガバガバ"常識"といえよう。



「そンなこと知らんかったわー!」

「んな事だと俺は思ってたよ。 リズはいつも考えなしだもんな」


 ニヤリと笑うスヴェンに馬鹿にするなよ腹を小突き、私は肉を齧りひたすら歩く。

 チラチラとこちらを気にするそぶりをするヤンにニッコリと笑ってやり、私はどうしたものかと考えていた。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る