83 正の字


 




 いつもよりずっと早い時間帯、私は沢山の荷物を持って街へと足を踏み入れた。

 普段は太陽が高く昇ってからしか来ることのない街中は、私が思っていたよりも活気溢れるものであった。


 今から街の外へ行くであろう冒険者達やそれに伴い早朝から開いている雑貨屋。保存食やその他必需品を買いにくるのだろうか、雑貨屋にはそういった者達がチラホラとみられる。

 食材を扱う店も多く開いており朝市のような雰囲気を肌に感じ、私はそのうちの一軒に立ち寄りとある物を購入した。

 それは今後必要になるであろうもので、孤児達にも必要になるもの。

 否、むしろ私は使う予定ない故に、あの場では孤児達にしか必要はないだろう。


「おっはよー! お弁当売りに来たよー」


 ややテンションを高めに孤児達の元へ向かえば彼らは口々に私へと言葉を発する。

 今日は来るの早くない? だとか、お弁当より朝ごはんじゃ、だとか。

 そんな面倒なことを聞いて来る子供らの視線を躱し、私はテーブルの上にドンと大きな籠を置く。

 それは勿論今朝作ったばかりのお弁当が入っている籠であり、今日の私の収入源だ。


「本当は露店を出す予定だったんだけど用事ができてね、今日はここに持って来た。ちなみに一つ二十ダイム。それ以下には下げられん!」


 買う奴は並べと声を荒げてみると残念ながら直ぐに並んだのは一番稼いでいるであろう三人のみで、他の子らはよそよそしく目をそらす。

 それは私にとってたかが二十ダイムであったとしても、彼らにとってはされど二十ダイム。

 今まで金銭のやり取りをしてこなかった、稼げなかった奴らにとっては大金。昨日の五ダイムよりもはるかに高い値段なのだ。

 きっとこの中にはその二十ダイムすら手元にない者が多いのだろう。


 だからこそ私は考えた。

 いや思い出した。

 昔昔の以前の記憶の、天引き弁当のことを!


「この中には手持ちの金が足りない奴が多いだろう? だから支払いは後からかお前達がもらう依頼金から引くことも可能だよ。勿論私は代金をちょろまかしはしないけど、気になる奴らはいるよね? だから、黒板を買ってきましたー! これに名前と"正の字"を書いて、後払いになる分をみんなで管理しまーす!」


 デデデン、と効果音を口にして取り出したのは先程買ったばかりの黒板とチョーク。

 それっぽいものがあればいいなと思い目に付いたのがコレだった。

 これなら書いて消せるし、何回だって使える代物。紙は毎回用意すると高くつくし、これの方が使い勝手がいいだろう。


「名前ってーー。俺たち、字、かけねぇよ」


「なら教えるよー。昔私が使ってた本とかあるし、これを機に名前ぐらい読み書きできるようにしてみれば? 多分もっと大きくなって仕事を探すとき、読み書きできるのは武器になる。減るもんじゃないしやってみな」


 黒板に"正の字"の見本を書き、それで五、を認識させる。ついでに足し引きも覚えられそうだし一石二鳥だろう。


「あ、それと。もし誰かこれを書き直してズルした場合、私はもうお弁当もお菓子もご飯も作らないからねぇ。みんなが馬鹿でも私にはわかるよ。だからズルはなし!」


「わかってるよ! ズルはなしね!」


「そうそう、ズルはなしねぇ」


 私も買えるのと嬉しそうに笑うロジーの頭を撫で、私はニヤリとほくそ笑んだ。

 ここにいる全員が手を組んで書き換えをしないという保証はない。けれども私は彼らほど馬鹿じゃないし、もし仮にそんな不正を起したら本当にそのまま手を引くつもりではいる。

 だがしかし、いまや私は孤児達にとって必要不可欠のものとなりつつあるのだ。

 仕事しかり食事しかり、そして今度は文字を学ぶ事さえもできるようになる。

 だというのに誰か一人が私を欺こうとしたらそのうちの一つ、食事はなくなる。

 そうする事で金銭のやり取りも学べず、またカモ生活に戻るわけだ。

 そうなりたくないのならば互いに互いを監視せざるを得ない。誰かが馬鹿なことをやらないように、見張らなければならない。

 つまるところ私にとって不利益な状況に陥ることはまずないだろう。


「それと、この中でまだ仕事に呼ばれない奴らもいるだろう? そいつらは私のところで雇ってやるから弁当代と相殺な。簡単な畑作りとか苗植えだから。時間も他に仕事してる奴らより短いし、お金は出せないけど意見あるやついる?」


「ーーちなみにどんなことすんの?」


「とりあえず今したいのはバタータの苗植え。保存食用に干し芋作りたいし、上手く行ったら分けてやってもいいよ? 冬場の食料は重要でしょ?」


「いっぱいくれる?」


「それは君らの働き次第だよ」


 働かざる者食うべからず。それが鉄則。

 バタータで美味しい干し芋が出来たら私の隠しおやつは増えるし、干し芋だけじゃないお菓子作りもできる。赤い芋だし、赤芋タルト、なんてのもなかなか良いだろう。勿論砂糖をいっぱい使ったやつ!


 うっかり想像しているとじゅるりと唾液が垂れ、それを見たロジー達ちびっ子は我先にと手を上げて猛アピールをする。

 私出来ます!やりたいです!お菓子欲しいです!

 なんて現金なサインだろう。


「それじゃ、後払いの説明は終わったし、今日の分欲しい子は出て来なさい! 時間は無限ではないのだよ!」


 早くおいでと手招きをすれば一人また一人と列が出来ていく。

 その度に私は黒板へと名前と"一"の字を書き、そして今日の仕事を終えたのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る