都会と少女
47 恐怖
代わり映えしない毎日など飽きるだけ。
ほんの少しの出来事でも、いつもと違う何かが始まればそれもまた楽しく、住む街や土地
、家や環境が変われば変わるほど見えない世界は見えてくるものだ。
久々に嗅いだ潮の香りは、私の新しい日々の始まりにとても相応しい。
スヴェンと護衛三人と、私で向かった先は騎士の街ハウシュタット。前回訪れたときより暑さを増した街の中では、日焼けをしていない私の肌の白さがやけに目立つ。海に接したこの街の人々は少なからず日に照らせれ小麦色の肌になりかけているのに、家や庭に引きこもっていた私の肌は病的に白く見えた。
ガタゴトと揺れる荷馬車の向かう先は勿論領主邸で、荷台に大量に乗っている保存食と亜人のトレードを今回も行う。トレードと言っても実際はこちらも代金を支払う訳だし、物の売買と言った方が正しいのだろう。
カール達には旅路の途中に亜人の売買をする事を説明してあるし、前回のような態度を取られる事もないはずだ。彼らが心の奥底でその行為を良しとしていなくても、流石はシルバーランクの冒険者、そこまで突っ込んだ言葉は言わない。自分が何の為に雇われているかをきちんと理解してくれているようだ。
大きな門の前で守衛に名を告げ敷地内に入ると、色とりどりの花が私達を迎い入れた。以前来た時とは違う花々が咲き誇り、整備された庭園には心地よい風が吹き季節の移り変わりを感じられた。
領主邸の大きな扉の前へ荷馬車を止めると従者達は荷台から荷物を降ろし始め、私やスヴェン達は屋敷の奥へと案内される。
今回からは護衛である三人も初めからついて来てもらい、今後も彼らがお伴しますと言う顔合わせも兼ねさせた。
私の背丈よりも大きな扉を従者が開くとそこに立っているのはガリレオ・バーベイル。この屋敷の持ち主であり私達の取引相手だ。
「待ち焦がれていたよ」
ほっと溜息をついた領主に私たちは頭を下げ荷物の受け渡しを開始する。
とは言っても納品した商品の数等の確認は領主の従者がしてくれるので、暫しのティータイムが開始される訳だが。
用意された椅子に私とスヴェンは腰をかけ護衛三人はその後ろに立ち、そしてスヴェンは軽く三人を領主へと紹介した。それに伴い彼らは深くお辞儀をし、領主もそれに応え頷いた。
「代わる代わる護衛を雇うよりその方がいいだろう。 こちらとしても認識しやすくて助かる」
私の隣ではスヴェンと領主が商品について話し合い、私はテーブルの上に用意されたティーカップに注がれる紅茶らしきものを眺めながら、スヴェンと領主の話を黙って聞く。
無駄な口を挟まないようスヴェンに言いつけられている為に、私は用意されたお茶とお茶菓子を食べる事しか出来ないのだ。
パクリと私専用に用意されたのだろうお菓子を口にしてみれば口内に広がるのは甘ったるい、甘さだけしか感じることのないもので用意された渋めのお茶によく合う。
そのお茶、色合いからして紅茶にも似ているものにも砂糖とミルクがつけられていたが、それらがない方が好みである。甘さのない紅茶は実に美味しく感じられた程だ。
チラチラと何度かスヴェンに視線を向けるとそれに先に気づいたのは対面していた領主で、軽く咳払いをした後に今回も亜人を用意させたのだがと切り出した。
「前回のよりも多めに用意したのだが、訳ありのものもある。 先に確認してもらい気に入ったのをお売りしよう」
その言葉とともに椅子から立ち上がった領主に続き私も意気揚々と立ち上がり、私を呆れ顔で見ているスヴェンの腕を引く。
さあ早くと言わんばかりの私の行動に苦虫を噛み潰したような顔をしたスヴェンだが、領主の手前で私を叩くなんてヘマはしなかった。
客間を出てから右へ左へ。
広く長い廊下を進みたどり着いたのは何時ぞやも訪れた広い一室。
従者の一人が扉を開くとそこにいたのは計六名の亜人達だ。
一人はレドのような大きな耳と尻尾を持つ獣人で、もう一人は背中から片羽根だけを持つ鳥のような亜人。
残りは四人は虎のように丸い耳と細長い尻尾を持っており、うち二人は赤子のように小さい。どうやら親子のようだ。
領主が言っていた訳ありとはこの幼子達だろうと視線を領主に向けると、そうだと言うように頷いた。
だがしかし、どうやら私と領主は意思疎通など出来なかったのである。
「ーー前のように人に近い亜人が良いと思っていたのだがそう上手くはいかぬ。 見てくれが悪いがコレでも良いだろうか?」
「え? あ、いいと思います」
むしろ獣人大歓迎ですと心の中で答え、近づいて見てもいいかと言葉を続けた。
「足枷もつけてあるし大丈夫だろう。 だがあまり近づき過ぎぬようにな」
その言葉に頷き、ティモを引き連れて少しずつ彼らに近づいていく。
よく見ると領主が言ったようにその足には足枷と重りが付けられており、俊敏に動くことは無理だろう。
最初に虎の親子に近づき身体に負傷があるかを確認すると特に目立った傷な見当たらない。幼子にも魔石が用いられた首輪がつけてあるが特に問題はなさそうに見える。
次に鳥の羽根を持つ亜人だが、彼の体には数多の怪我がみられた。飛べないように羽根をもぎ取られるもその傷口は治療などされてなく、くじゅぐじゅと膿んでいる。肉つきもこの中では一番貧相で細い足は今にも折れそうだ。早めに庭に連れて帰りきちんとした食事を摂らせた方が良いだろう。
最後に残ったのはレドのような狼に似た獣人。
鳥の亜人とは違い、その身体には適度な筋肉もついている。
その見た目からかどうも私の脳内にチラつくの愛しワンコの姿で、甘い考えが意識を緩めていく。
あまり近づかないようにと言われていたのにもかかわらず私の足は少しずつ彼に近づき、そして悪い方向へと事を進めてしまったのだ。
「リズっ!」
焦るスヴェンの声と後ろに強く引かれる私の体。
視線の先にはギラつく黄ばんだ牙と生臭く大きく開かれた口。
瞬間に飛び散るのは赤い鮮血。
「へ? なんでーー」
盛大に床に尻餅をつきビリビリと尻が痛むがそれどころではない。
右手で濡れた頬を拭えば、そこにつくのは他者の返り血だった。
どうやら私があまりにも近づき過ぎために重りのつけられた足でも容易に届き、噛み殺せる範囲に身を置いていたようだ。
ティモが体を瞬時に引いてくれたために噛み殺される事はなく、代わりに殺されたのは目の前で赤く染まって横たわる獣人。
ティモの右手には鮮血が滴った一本の剣が握られており、大丈夫かと何事もなかったかのようにティモは私に左手を伸ばした。
未だにヒューヒューと切られた喉を鳴らしている獣人を目の前に私はとある言葉を言いかけるも、その言葉と吐き気を飲み込み、伸ばされた手を掴んで、笑って、お礼を告げた。
「ーーティモさんのおかげで助かったよ、ありがとう」
”どうして殺したの”
なんて聞く意味すらない。
ティモは護衛で、私は守る対象。
だから殺した。
ただそれだけ。
私がその言葉を言える立場になんていないのだ。
「ーー領主様、申し訳ありません。 私の不注意で一体、ダメにしてしまいました」
笑って笑って笑って。
なるべく不安も恐怖も見せずにただ笑って領主に頭を下げ、お詫びの言葉を並べる。
領主は少し間を開けて、此方こそもっと厳重な拘束をしておけばと良かったと私の肩に手を置いた。
馬鹿で浅はかな私のせいで獣人が一人死んだというのに、私は自分の保身のために笑うしかなかったのだ。
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