第64話 影の勇者との最終ゲーム③
「チェストーッ!」
王田は容赦なく、俺の頭上を目掛けて木刀を振るう。
素早く身体を反転させ背を向けた。
左足を軸に横回転しながら高く飛び跳ね、そのまま右足を大きく振るう。
それは走ってくる相手へ浴びせるカウンターの一撃。
――ローリングソバット!
シンに教えてもらった大技であり必殺技だ。
ガッ!
「ぐあっ!」
放たれた足底が、王田の顔面にヒットする。
実戦じゃ当然初使用であるが、タイミングがバッチリ決まった。
王田は吹き飛ばされ床にドサッと倒れる。
それ以上、起き上がる様子はない。
俺は奴が手放した木刀を隅っこ側へと蹴り上げた。
「ふぅ……終わったか」
深い溜息を吐ながら、
これでようやく、糞ゲームに決着がついたようだ。
「そうだ、愛紗!?」
俺は愛紗の下へ駆け寄る。
「愛紗! 愛紗! 目を覚ましてくれよぉ!」
そのまま愛紗の頭を抱え呼び掛ける。
俺の声に反応して、瞼が痙攣する。
「う、うん……」
艶っぽい声と共に、愛紗の瞳がゆっくりと開かれていく。
「サ、サキくん……?」
「ああ、そうだ……大丈夫か?」
「うん、よくわからないけど……大丈夫だよ」
「良かったぁ……」
俺は思わず、愛紗の華奢な体を両腕で抱きしめる。
「サ、サキくん!?」
「本当に良かったよ……愛紗」
「……うん、心配してくれてありがとう」
愛紗も俺の背中に両腕を回してくれる。
不安と安心の余りに思わずしてしまった初めての抱擁。
俺は……今、愛紗がとても大切な存在だと感じている。
守ることができて、本当に良かったと思っている。
俺の胸が高鳴る。
お互いに密着することで、愛紗の吐息と鼓動が伝わり、俺自身の心拍数が上昇していく。
なんだろう? どんな感じなんだろう? 俺はどうなってしまったんだろう?
そんな自問自答が始まる。
一気に緊張が解けたのか、脳の思考が麻痺して真っ白になっていく。
ずっと抑えていた何かが、少しずつ溶け落ちている。
俺は……愛紗のこと……?
そう思いながらも、つい麗花や詩音の顔が浮かんでしまう。
わからない……自分の気持ちがわからない……。
俺が迷走している中、
「――王田くん!?」
突如、耳元で愛紗はその名を叫んだ。
振り返ると、後ろの方で王田が立ち上がっていた。
ふらつく足取りで近づいてくる。
奴の手には、さっき自分で放り投げた筈の『スタンガン』が握られている。
「……まだ、やる気なのか?」
「み、認めない……神西 幸之! 僕はお前なんか認めないぞ!」
口から溜まった血液を吐き捨て、王田は叫ぶ。
どうやら、顎の骨が折れているようだ。
俺は愛紗から離れて立ち上がる。
ガク――ッ。
「あれ?」
勝手に片膝が折れ、座り込んでしまった。
気づけば両足が痙攣している。
連戦続きで疲労してしまったのか!?
だ、駄目だ……立ち上がれない。
このままじゃ、やられてしまうぞ。
「サキくん、逃げてぇ!」
愛紗が叫ぶも、今の俺にはその余力すらない。
「神西ィィィッ!」
王田はスタンガンの電流をバチバチと流し、こちらへ向けてくる。
クソッ! ここまで来て……ここまで来て!
「――勇星さん!」
突如、どこからか男の声が響く。
入口付近からだ。
「……シン君?」
王田がその名を呟く。
俺は視線を送ると友達になった『浅野 湊』がいた。
「シン……どうしてここに?」
「『情報屋の傭兵』……風瀬から連絡があったんだ。火野の指示で俺に知らせておけってな……愚痴を漏らすように教えてくれたよ」
リョウが?
どうやら耀平から連絡を受けて、シンにも知らせるように指示したようだ。
王田から唯一信頼を得ていたシンなら、こいつを止められると思ったのだろう。
「……シン君、なんの真似だ? キミは手を出さずに傍観するって言ってたじゃないか?」
「勇星さん……サキとのタイマンなら、俺だってこうして来たりはしないですよ。でも、あんなに想っていた南野さんを人質にしてサキを誘き出し、しかもチンピラを雇ってダメージや体力を奪うなんて、フェアな勝負だと言えますか!?」
シンの言葉に、王田は鼻で笑う。
「フン! キミだって散々汚い真似してきただろ!? 全部僕の指示だけどな!」
「……そうです。全ては勇星さんのため……俺は今でも、あんたには感謝している。この気持ち変わらない。けど、サキとはフェアに戦ってほしい。じゃないと意味がないんじゃないですか!?」
「うるさい! 僕は認めない! そんな奴に南野さんを渡さない!」
「王田ぁ、いい加減にしろよ!」
俺は震える両足に力を入れ、這い上がるようになんとか立ち上がる。
すぐに力が抜け、バランスを崩しそうになるも、シンが駆け付け支えてくれた。
「神西……」
「王田……テメェは一度でも愛紗に、その想いを伝えたことがあるのか? ないから、セフレばっか作ってたんだろ? 結局、他の女子を身代わりや道具としてしか見てなかったんだろうが!? そんなんで、愛紗の心が奪えるわけねぇだろうが!?」
「お前にだけは言われたくない! どっちつかずのお前如きに!」
「そうだ……結局俺も答えが出せてない。でも愛紗を抱きしめてわかったんだ……俺は愛紗が何より大切だ。だから守りたい! 麗花や詩音も同じだ! だから彼女達に危害が及ぶようなら、俺が全力で守る! そう決めたんだ!」
これが今の俺が唯一出せる答え。
いや最初から、そのつもりで必死に頑張ってきた。
だから本当の答えが出るまで、このスタンスを変えるつもりはない。
「サキくん……」
愛紗が涙を流しながら呟く。
こんな優柔不断の俺を見てどう思ってくれているのだろう?
「……わたしは嬉しいよ。サキくんの気持ち……誰よりも深くて優しくて誠実で……わたしも今すぐ答えは求めてないよ。みんなとの今の関係を大切にしたいと思っているからね」
どこまでも優しく温かい純粋な想い。
「愛紗……ありがとう」
俺は心から、彼女に感謝する。
カッーン。
王田はスタンガンを床に落とし響かせる。。
そのまま崩れ落ち、両膝をついた。
「王田?」
「――僕の完敗のようだ。いや初めから負けていたのかもしれないな」
「勇星さん……」
「まさか南野さん達だけでなく、シン君もそこまで取り込まれていたとはね……流石は『寝取りの神西』だよ」
ん? 負けを認めた理由、なんか可笑しくね?
「けど……そのナチュラルな魅力が神西……キミには溢れているのだろう。そこは認めるよ」
「王田……」
「神西 幸之……キミこそ真の勇者だ――」
それからタイミングを見計らったかのように、パトカーがサイレンを鳴らして到着した。
数人の警官が来て、王田に手錠を掛ける。
女性警官もいて、愛紗を保護していた。
彼女はスタンガンの影響で立ち上がれないようだ。
このまま病院へ搬送されるらしい。
「南野さん、ごめんなさい……」
王田は哀しそうに呟き、そのまま警官達に連行された。
──────────────────
※次話で「影の勇者との最終ゲーム」編が終わります。
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