第691話

 転移で着いたところは、薄暗い場所だった。空が雪雲に覆われているのかと、シェリーは上に視線を向けるが、そこは雪雲というよりも、黒い雲に覆われていた。


 その空を見てシェリーは転移が成功したことに、大きくため息を吐き出す。そう、マップ機能で転移してきたのだ。

 三度目の正直という感じなのだろう。


 モルテ王を連れて、空中落下という事態をさけられたのだ。


「もう少し下でもいいってこと」

「シェリー。でも結果的によかったよね」


 転移をしてきたところは、小高く丘になっている場所だったのだ。カイルが結果的によかったと言ったのは、本当に地面を目指して高度の設定をして転移をすると、土の中に転移されることになっていたということ。


「何の話をしている?」


 勿論、モルテ王からすれば、話の内容は意味がわからないものだ。まさか位置はわかっても、高度が適当だったとは思いもよらないだろう。


「この世界の高さの基準が、空島だという話です」


 シェリーは答えて、崖になっているところから降りる。しかしその答えでもモルテ王は首を傾げていた。


「全く意味がわからない」

「一度、転移で空島の高度から落ちたということだ」


 そんなモルテ王にカイルが一言いって、シェリーの後に続くように、地面に降り立つ。


「空島から……」


 そんなモルテ王のつぶやきを聞きながら、シェリーは丘の周りを歩きだした。ここがモルテ王が千年前に空島を落とすために、投げた残骸が丘になったところで間違いはない。


 問題はどこから掘り出すかだ。


 丘と言っても標高100メルメートルはある。普通に山と言っていい高さだ。

 ということは周囲は1キロメルkmほどある。無策に山を掘り進めると無駄に山を削ることになる。


 しかし、どうやって山を削るつもりなのだろうか。


 シェリーは戦闘に関しては色々スキルを作って特化しているが、穴を掘るということには対応しているとは思えない。


「この辺りが一番近いですかね」


 シェリーは丘の一点をさして言った。そしてシェリーは鞄から一輪の青い花を取り出す。青い薔薇のように見えなくもないが、花弁が水のように揺らめいていた。


 その緑の茎をぶすっと地面に刺した。


「土の神。グラニート様。ここをズバッと切り分けてください」


 神頼みだった。

 それもかなり高圧的に、シェリーは言っている。


「お礼はこの水を生み出す花です。これ以上の礼はしません」

『いやぁ〜。これだけのものを移動させるのに、これっぽっちで……』

「ありません。さっさとここを切り裂いてください」


 誰もいない空間にシェリーは、クソ虫でも見る視線を向けながら言っている。シェリーは土の神に何かされたのだろうか。かなり、ぞんざいな言い方だ。


 そして神の声が聞こえた時点で、カイルがシェリーを抱え込んでいる。いつもどおりの行動だ。


「また神か」


 そしてシェリーたちの後ろにいたモルテ王は呆れている。


『よいか?神の力を簡単に使うものではないのぅ』


 土の神は存外まとものようだ。


「ぐちぐち言っていないで、さっさとやってください」

『いや〜せめて酒を〜』

「酒を与えるとそのまま消え去るので、駄目です。水でやってください」


 水を生み出す花を対価として差し出したのは、酒の代わりだったようだ。それも土の神グラニートは対価だけ持って、去っていくタイプだったようだ。それはシェリーもぞんざいな扱いになるだろう。


『酒〜。ほら、フォルテが異界の酒が美味かったと……』

「異界の酒は炎王と取引してください。そうですか……成功報酬で、これもつけようと思いましたが、他の方に頼みます」


 シェリーは鞄から白い実を取り出す。大きさは小指の先ほどの丸い木の実だ。

 すると突然、目の前の土の壁が避けた。いや、大きなトンネルが出来た。二人ほどが並んで歩けるほどの大きさはある。

 それも流石、神の仕事なのだけあって、綺麗に土が整えられていた。


「酒の実かぁ。確かにエーゼルの花とセットだね」


 カイルにはシェリーが取り出した白い実が何かわかったようだ。

 酒の実と水を生み出す花。これは己で酒を作れと言っているようなもの。

 土の神に対しての扱いがかなり酷い。


 シェリーは水を生み出す花の側の地面に白い実を埋め込んだ。ゴリッと。


 すると花と木の実は土の中に消えていく。土の神が対価を受け取ったのだろう。


「神という存在はこうも簡単に、願いを叶えてくれるものなのか?」

「それはシェリーが聖女だからだね」


 その聖女のシェリーはというと、カイルの腕を叩いている。


「カイルさん。私を下ろしてください」


 シェリーは土の神が、丘を切り裂いた先に行きたいようだ。

 しかし、カイルはシェリーを下ろさないままトンネルの中に進み出す。明り取りの光の魔法をつけて、トンネル内を照らす。


 ただ、トンネルの中も淡い光で満たされていた。流石、神が作り出したトンネルというものだった。


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