第338話

 長い沈黙の後、ミゲルロディアは口を開いた。


「あの勇者の血を引く者を跡継ぎと見なすのは。国をあそこまで荒らした者の血を残すのは許せなかった」


 ミゲルロディアは何かを耐えるように言葉を紡いだ。


「いや、番狂いの事を責めているわけではない。番を失った苦しみは理解できる。その後だ。なぜ、そのままに放置をした!あの様に国土を汚染されれば、いくら金を積まれても人など暮らしてはいけない!神々が認めた聖人なのだ。そのすべは如何様にもあったはずだ!」


 今まで我慢していたモノを吐き出すかのようにミゲルロディアは怒りを顕にした。


「なのに国土の浄化を行ったのは幼い君だ。なぜ、親の罪を幼い君が償わなければならなかったのだ?」


 親の罪。その言葉にシェリーは不快感を示す。シェリー自身あの勇者であるナオフミと聖女であったビアンカを血の繋がった親だとはイヤイヤ認識してはいるが、家族だとは認識していない。だから、親の罪を償ったと言われると、些か不快感が沸き立つ。


「ビアンカにも言ったことがある。聖女としてお前がやるべきではないのかと、しかし、あれは今はその気にはなれないと言ったのだ。そして、ラースの目を持つ者が生まれたから、跡継ぎにしろと言ってきたのだ。あれの身勝手は以前からだったが、あの時ほど腹が立った事はなかった」


 ラースの目を持つ者が生まれた。恐らくあの双子の子供のことだろう。シェリーが一度ラース公国を訪れ、主要都市の浄化を行ったのが5年前。時期的には合う。


 ミゲルロディアは聖女であったビアンカに言ってはいたようだ。国土の浄化を。

 しかし、ビアンカはその要望に答えることはなかったと。


「それで、私に国に戻らせてどうするのだ?あのどうしようもない国土を治めろと?」


 今まで溜めていたモノを口に出し、己を連れ戻そうとするシェリーを見る。

 

 どうしようもない国土。


 しかし、ミゲルロディアに仕えていたセルヴァンはミゲルロディアだからこそ、ラース公国を治められていた、と言っていたのだ。

 どうしようもない国土と言いながらも、国を愛していたのだろう。いや、大公としての責任か、若しくはラースとしても意地か。


 シェリーは大公の座に戻るのを否定するミゲルロディアを見る。


「ナディア様にお伺いは立てています。『私とラースが愛した国を私たちの子供が豊かにしていってくれるのがいいわ。それが闇を纏っていても構わないわ』とのお言葉をいただきました」


 その言葉にミゲルロディアの眉がピクリと動く。


「ナディア様は本気で言っておられるのか」


「本気でしょうね。ナディア様の全てはラース様のためですから」


「はぁ。確かにそういう御方だ。しかし、あの国土はどうするつもりだ?君が浄化してくれでもしてくれるのか?」


 やはり、国を治める者としては、あの焦土化した土地のままでは問題があるのだろう。


「残念ながら、私はよっぽどの事がない限り、ラース公国の浄化に手を出しません。そう、神からの啓示が無い限り」


 そのシェリーの言葉に落胆のため息がミゲルロディアから吐き出される。しかし、シェリーはそのまま言葉を続ける。


「今、勇者をイアール山脈に行かせています。本当ならその間、母に国土の浄化をしてもらいたかったのですが、それが終われば国土の浄化をしてもらってください」


 シェリーの親である勇者と聖女の現状の報告とそれ以後の事を言ったが、その言葉にミゲルロディアが眉を潜める。


「イアール山脈?なぜその様な所に?」


 ミゲルロディアからすれば最もな疑問だ。国境である山脈になぜ勇者を行かせているのか。


「山脈に、いえ、シーラン王国の方にまで黒い魔物が増殖しておりましたので、駆逐をしてもらってます。それから、母には3年以内に国土を浄化するように言っています。聖女の力は私が受け継ぎましたので、以前ほどの力はありませんが、3年もあればできるでしょう」


 シェリーは一旦言葉を止めて、ミゲルロディアの黒く濁った目を見て口を開く。


「再び魔王がこの地に出現します。これは神からの啓示で受けていることです。そして、私が知る限り2度の悪魔の出現をラース公国で確認しています。魔王出現まで10年は持たないでしょう」


 その言葉にミゲルロディアはクツクツと笑った。笑うべきところは何も無かったはずだが、クツクツと笑っている。


「そうか。そうか。これは、思っても無いことを聞かされた。それはウィルでは重荷だろう。で、この人を辞めた私を引っ張り出したいのか」


「ええ、それが最も良い未来です」


 シェリーはアリスの言葉を口にするが、それはシェリーにとってベストな未来であり、ラース公国にとって最良の未来かと言えるとは思えない。なぜなら、シェリーの目の前にいるのは魔人ミゲルロディアなのだから。

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