第100話
シェリーはまだ混乱から立ち直れないイーリスクロムに近づいて行き、封筒を差し出す。
「陛下、早くアンディウム師団長を医局に連れて行ったほうが良いのでは?治せるところは治しましたが、体力の消耗は激しいでしょうから、休ませてください。あと、この封筒を第6師団長の奥様に渡るようにしてください。」
「これ、僕がしなければいけなことかな?」
シェリーは一国の国王をパシリに使おうとしているのだ。
「・・・しなくても良いですが、わたしが直接渡すと師団長さんがうるさいですから、それとアイラという少女の件はどうしますか?」
「この状況で話し合えるとでも思っているのかな?」
「いいえ。しかし、明日の朝には炎国に報告をしなければなりませんので。」
「はぁ。」
イーリスクロムは回らない頭で考えるが先程の事があまりにも衝撃的で何も考えられない。
「5日。5日の時間が欲しい。その間に聖女候補の件は解決させる。」
「わかりました。それではわたしは帰っていいですよね。」
「ああ。」
その言葉を聞いたシェリーはオリバーの元に行き
「帰ります。転移してください。」
「人使いが荒いな。」
と文句をいいながらも転移の陣を施し、シェリーとオリバー。そして、シェリーのツガイたちがその場から消えた。
転移をしたシェリーは見慣れたリビングの風景にホッとした。オリバーがそのままリビングから出ていこうとしているのを引き止め、部屋の結界を直して欲しいと頼んだが、無駄だと一蹴されてしまった。
炎王宛の手紙でも書こうかとシェリーもリビングから出ようとしたとき
「ご主人様。」
と今まで存在の気配すらなかったスーウェンがシェリーを引き止めた。シェリーは足を止め、スーウェンを見る。床に両膝を付いたままうなだれるスーウェンの姿があった。
「ご主人。エルフはいらない存在ですか?」
シェリーは答えない。シェリーにエルフの存在価値を問われても困る質問だ。
「神に見放されてしまったエルフなど、この世界に必要ないのでしょうか。」
重い質問だ。あの謎の生命体からの言葉が、彼らが神として崇める存在からの言葉がスーウェンの上に重くのしかかっているのだろう。
「わたしに問われても困ります。あの謎の生命体の意思なんてわたしは知りません。そもそも、あれを神として崇めようと決めたのはエルフ族なのでしょ?ラース公国では女神ナディアを崇める神殿があるように。」
「女神ナディア・・・神は一柱ではないと言うのですか?」
「ラース公国に出入りしていたのなら気付いたはずですが?」
ラース国民は女神ナディアを信仰している。その証拠に神殿は国内各地にあるが、エルフが信仰している教会は公都グリードしか存在しない。それも、ミゲルロディア・ラース大公の第1公妃がエルフ族だったので急遽造られたにすぎない。
マルス帝国は白き神を信仰しているが、人族主義のマルス帝国にエルフの祭司は存在しない。
これから行かなければならない炎国はまた別の神を信仰している。大陸の南方に行けばまた別の神を信仰している国がある。一柱しか神が存在しないと思っているスーウェンがおかしいのだ。
「エルフ族はこれからどうしていけばいいのか。神の加護を失うなんて。」
「普通に生きていけば良いのでは?加護がなくても生きていけますよ。」
シェリーは付き放つ。そのシェリーの言葉を聞いたスーウェンが更に落ち込んでいく。シェリーはため息を吐き。
「先程、イーリスクロム陛下に第6師団長さんの奥様宛の手紙を託しました。」
いきなりシェリーは全く違う話をはじめた。
「あの赤い呪いと青い呪いを作り出したのはその奥様だと話ましたよね。はっきり言って、あそこまでの呪いは腕のいい魔術師で聖魔術を使える人物でないと解呪が難しいモノになっています。ですから、作った本人にその呪いを解除する物を作るように手紙に書きました。その解除する物を教会で無料で配る様にしてください。この大陸で一番多くの人たちが信仰している教会ならできますよね。」
スーウェンは顔を上げシェリーを見つめる。
「はい。できます。聖女様のお言葉のとおりにさせていただきます。」
そして、スーウェンは
カイルside
シェリーは炎王に手紙を書くからと言って部屋に戻り、リビングに残されたのはカイルとグレイとオルクスだった。
「おい、グレイ。話に聞いていたより、強烈過ぎるじゃないか。」
オルクスがグレイから聞いた白き高位なる存在について言っているのであろう。
「俺も見たことがあるのは一回だけで、それも遠目からだったから、あれほどの力は感じなかったんだ。」
「なんで、シェリーとオリバーは普通にいられたんだ?あんなのが側にいたらまともに呼吸すらできないじゃないか。」
「シェリーが本体が来るよりマシなだけで、それに耐えきれるか、わからないってことは本人が来たんじゃないってことだろ?」
あの、力に耐えきれるかどうかといえば、巨大な力に対して息を潜めて通り過ぎるのを待つことには耐えきれるかもしれない。しかし、あのエルフたちの様に直接、神力を向けられれたら、耐えきれるかはわからない。シェリーに近づいてきた白き高位なる存在に対しカイルは一歩も動けなかった己に不甲斐なさを感じ、前回同様に地に膝を付け頭を垂れるしかない圧倒的な存在に己の番に触れられたことに怒りすら感じる。
「おい、カイル。寒いからイライラするのはやめてくれないか。」
グレイに言われて、魔力が漏れ出ていたことに気が付き、息を吐く。敵わない存在と比べても仕方がないことだが、番の側にすら立てないのは悔しいかぎりだ。
唯一シェリーの側で立っていられたオリバーなら何か知っているのだろうか。
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